青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は。 ノーベル物理学賞に赤崎・天野・中村氏 青色LED発明 (写真=共同) :日本経済新聞

ノーベル賞の赤崎勇氏、不可能だった「青色LED」実現した逆転方法

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

なんと、日本人が3人揃って受賞したこのニュースは日本中を明るくしましたね。 ほんとうにおめでたいですね。 なぜ、3人揃って受賞なのか? それはこの3人が青色LEDを発明・開発をした人物だから。 どのように3人が青色LEDにかかわったのかを調べてみました。 LED(発光ダイオード)は、電気を通すと光を出す半導体で、電球や蛍光灯より消費電力が少なく寿命が長いといったすぐれた特性を持っています。 このLEDは意外と歴史が古く、発光原理は1907年に発見され、1963年に暗めの赤色と黄緑色のLEDが登場し、1990年代以前から、赤・黄緑・橙色などのLEDは実用化されていました。 しかしこれだけの色では表現する色に限界があり、白色を必要とする照明用などには利用できませんでした。 つまり、照明器具などに実用化するためには、赤、緑、青の光の3原色が必要となり、3原色のうち、青色は明るい光を出すことが困難で、20世紀中に明るい青色LEDを開発するのは困難だと考えられていました。 しかし、LEDを作るには、半導体に不純物を入れて電気的にプラスの性質にしたp型の結晶が必要だが、窒化ガリウムではp型はできないという理論があった。 しかし名古屋大教授に転身後、品質の低い結晶を毎日顕微鏡で眺めていると、ごく小さい、きれいな部分を見つけ、結晶成長という学問の原点に戻り、当時大学院生だった天野浩氏とゼロから新しい方法に取り組み、1985年、作製が困難とされていた透明な結晶を作ることに成功した。 その後1989年、2人はこの結晶を用いて、LEDに必要なプラスの性質を持つ「p型半導体」と、マイナスの性質を持つ「n型半導体」の2種類の半導体を作製、青色LEDを世界で初めて開発しました。 青色LEDの実用化 窒化ガリウムの結晶化は赤崎勇氏が成功していたが、時間経過とともに基板が発熱し上昇気流が起こり、きれいな窒化ガリウムの結晶ができなくなってしまう課題が残っていた。 そこで、米フロリダ州立大に1年間留学して「有機金属化学気相成長法(MOCVD)」を習得した中村修二氏が、ガスを基板の上と横から吹き付ける「ツーフローMOCVD」装置を開発し、窒化ガリウムの高品質結晶を作製し、青色LEDの実用化に大きな決め手となった。 そして、中村修二氏が勤務する日亜化学工業が1993年に世界初の製品化を発表した。 つまり、赤崎勇教授(名城大学)、天野浩教授(名古屋大学)が基礎を固めて、中村修二教授(米カリフォルニア大学サンタバーバラ校)が実用化に貢献したということですね。 中村修二の裁判 中村修二教授は日亜化学工業時代、青色LEDの開発に対する報奨金(2万円)に対して不満を持ち、訴訟を起こしたことでも有名ですね。 裁判は一審で200億円の支払いが認められたが、日亜化学工業側が約8億4000万円を中村修二氏に支払うことで和解が成立した。 裁判で勝ち取ったお金は寄付したとのことです。 セアカゴケグモの生態 セアカゴケグモが9月10日、広島県内の山陽自動車道のサービスエリアで、60匹 カップヌードルベジータ発売決定 日清食品の「カップヌードル」シリーズの新商品、「カップヌードルベジ 羽柴誠三秀吉こと三上誠三死亡 三上誠三氏が4月11日、お亡くなりになりました。 死因は肝硬変 ビール税率引き下げ ビール離れが進んでいると聞きますが、それでもビールファンはまだまだ沢山います。 イカリングLEDとは? イカリングLEDとは、自動車の丸型ヘッドライト内に組み込むリング形ライトで 正露丸糖衣Sとセイロガン糖衣A 正露丸(せいろがん)にお世話になった人も多いでしょうね。 私は正 フィリップモリスジャパンが値上げ フィリップモリスジャパンがタバコの値上げをするようです。 ペンタックス645Z(PENTAX 645Z リコーイメージング)という一眼レフカメラデジタルカメラ 山陰海岸ジオパークが世界ジオパークとして認定 平成26年9月23日(日本時間)、カナダ・ストーンハ ピザキャット!店 大手ピザチェーンピザハットが猫たちが全力で業務に挑戦する「ピザキャット!店」を8.

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青色LEDがノーベル賞に値する理由

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

青色LEDとは? LEDを使用した照明は、白熱電球などよりも少ない電力で明るく光ることが知られています。 そもそも、LEDとは「発光ダイオード」という一方向に電圧を加えたときに発光する半導体の素子のことです。 以下では、その中でも青色LEDについて詳しく解説していきます。 発光ダイオードとは?その特徴は? 電流を流すと光を発する半導体素子のことを LED(light emitting diode)、 発光ダイオードといいますが、電気信号を直接光信号に変える機能があるため、高輝度で他の電球に比べて 発光量あたりの消費電力も少なくすみます。 電気代の節約や、省電力な点が地球温暖化対策につながるため、街中のイルミネーションや信号機などいろいろなところで取り入れられています。 従来LEDが発光できる色は、赤やオレンジが主流でした。 その後、緑や青色といった色に発光するLEDも登場します。 内部にガラス質を持っていないために振動に強く、金属劣化や断線がない限り寿命も長いため屋外の装飾用サインなどにも利用されています。 日本人が開発、ノーベル賞を受賞 2014年、青色LEDの発明と実用化に貢献したとして、 赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3名がノーベル物理学賞を受賞しました。 彼らの研究によって作られた青色LEDは、寿命が蛍光灯の4倍で、消費電力は従来の電球と比べて10分の1となっています。 1986年にまず、赤崎勇氏と天野浩氏をはじめとする研究チームが青色LEDに必要な 高品質結晶の生成技術の発明に成功し、これを元に、1993年に中村修二氏が世界で初の実用的な高輝度を発する、 青色LEDを発明するに至りました。 青色LEDはなぜノーベル賞を受賞した? 前述した通り、青色LEDを開発した日本人3名は2014年にノーベル賞を受賞しました。 青色LEDの開発がノーベル賞を受賞できた理由を解説していきます。 白色LEDが可能に LEDは一般家庭でも、照明として利用されているように、珍しいものではありません。 ではなぜこれほどまでに青色LEDが注目され、ノーベル賞の受賞に至ったのでしょうか。 公式の授与理由として、スウェーデン王立科学アカデミーは以下のように発表してます。 数多の科学者が挑戦してもなお、青色LEDの発明は30年もの間成し遂げられませんでした。 これが成功したことにより、人類は新しい方法で白光をつくり出せるようになりました。 結果として、 より寿命が長く効率的な代替光源が入手できました。 ノーベル賞の公式サイトでは、 白熱電球は20世紀を、LEDランプは21世紀を灯していくと表現しており、LEDランプの今後の社会への貢献が期待されています。 青色LEDの必要性、開発はなぜ困難を伴うのか? そもそも、LEDの歴史は今から100年以上も前の1906年に始まりました。 この時は、イギリスの科学者ヘンリー・ジョセフ・ラウンド氏が炭化ケイ素に電流を流すと黄色く光ることを確認したというものでした。 その後、アメリカの科学者ニック・ホロニアック氏が 赤色LEDを発明します。 そしてさらに、 黄、橙、黄緑などの各色LEDが誕生していきました。 白い光を生み出すには、光の三原色である赤、青、緑が必要です。 その後世界中の科学者たちが、白色を実現するための青色LEDの研究に必死になりました。 日本でも同じような取り組みが行われてきました。 1964年、 赤崎勇氏は、国内には東京大学にしかないといわれていた珍しい実験装置が備えられていた松下電器産業が新設した研究所にて、青色LEDの主要な材料となる「 窒化ガリウム」と出会い、青色LEDの開発に邁進します。 世界でも青色LED実現のために窒化ガリウムに目がつけられていましたが、窒化ガリウムは繊細で扱いが非常に困難でした。 そのため、多くの研究者が中止したり他の研究に転向していきました。 赤崎氏の研究環境も例外ではなく、失敗を繰り返す毎日だったと言います。 成功の兆しは見えず、社内からは批判を浴び、組織のトップからはやめるようにとの命令を受けました。 しかしそれでも「好きなことをやる」と心に決めていた赤崎氏は研究をやめようとは思わず、1981年に研究所に辞表を提出、元いた名古屋大学に戻り研究続行します。 そして、当時名古屋大学院生だった 天野浩氏と出会いました。 赤崎氏は天野氏に対し事細かな指示出しはせず、研究の目的や目標を共有するだけにとどめ、研究のための環境を整えるなどのサポートに努めていました。 環境の整備として、より細かな研究が必要な場合には、赤崎氏は名古屋大学にはない精度の高い計測装置が揃っていたNTT武蔵野研究開発センターに問い合わせ、インターンシップ制度を利用し天野氏を受け入れてもらうよう依頼していたそうです。 天野氏は研究に没頭し、与えられた研究の機会を無駄にすることはありませんでした。 構内への立ち入りが大学当局から禁じられた元旦以外は研究室での実験を重ね、 実験回数は2年間で1,500回以上にも上りました。 ある日、いつも通り実験を始めようとしていましたが、機械の調子が良くなく、天野氏は独断で機械が不具合のまま実験を続行しました。 実はこれが契機となり、ついに青色LED開発の突破口を開くことになります。 中村氏は「高輝度」青色LEDを開発 そして、赤崎氏・天野氏によって開発された青色LEDを製品化にこぎつけたのが 中村修二氏です。 それまでは実用化できるレベルの 高輝度な青色LEDの開発は21世紀になると言われていました。 しかし、中村氏は 窒化ガリウムの大きな結晶を作製するために必要な技術を開発しました。 このおかげで、20世紀のうちに青色LEDの製品化が実現したのです。 青色LEDの業界利用動向 ここまで青色LEDの歴史について見てきました。 ここからは今後の青色LEDの動向について見ていきます。 スマートフォンやデジタルサイネージに利用 青色LEDが発明されたことによって実現できるようになった色の代表は「 白」です。 光の三原色、赤、青、緑を混ぜることでできる「白」の実現に青は必須の色です。 よって現在、広く使われるようになった 白い光のLEDも、青色LEDの発明なしには実現できなかったと言えます。 LED照明は、従来の白熱灯に比べて消費電力は格段に小さく、寿命も長いです。 こうした特徴から、現代の生活には欠かせない スマートフォンなど携帯電話のバックライトにも使用されています。 現在のスマホの小型・軽量化は、青色LEDの発明があったからこそ可能となったものです。 また、街中で見かける信号や 道路交通表示板、屋外ビジョンなどにもLEDは使用されています。 LED研究の今後は? 現在でも天野氏は、発光ダイオードの研究を進め、さらなる効率化を目指していると言います。 具体的には、現在50%程度の発光効率である発光ダイオードを、限りなく 100%に近づけることと、 黄色発光ダイオードの研究を進め、 人類が作れる究極の光源を開発することです。 また赤﨑研究室出身で、天野氏の2年後輩にあたる 上山智氏が代表を務める エルシード株式会社は、天野教授の研究成果をもとに委託開発テーマである「 LEDモスアイ構造製造技術」に取り組み、LEDの光出力を大幅に向上させています。 エルシード株式会社は、国立研究開発法人科学技術振興機構による大学発ベンチャー創出事業「 モノリシック型高出力高演色性大型白色LEDの開発」を通じて2006年に設立されたベンチャー企業です。 このように赤﨑氏から始まったLEDに関する研究は、若い研究者に引き継がれ、大きな実績に結び付いています。 デジタルサイネージに不可欠な青色LEDは日本人研究者が実現 ここまで見てきたように、デジタルサイネージや携帯の液晶画面に使われる 青色LEDは 日本人研究者により生み出され、今では私たちの生活には不可欠なものとなっています。 ノーベル物理学賞を受賞した 赤崎氏、天野氏、中村氏による研究は私たちの生活に大きく関わり、特に青色を開発したことは革新的な出来事だと言えるでしょう。

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青色発光ダイオード(LED)開発によるノーベル物理学賞の受賞

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

受賞理由は『 明るく省エネルギーの白色光を可能にした効率的な青色LEDの開発 』です。 おめでとうございます! パソコン修理業者として常々パソコンの光源に使われているLEDランプを眺めたり触ったりしているので なんだか身近な物が評価されたようでとても嬉しいです。 2004年にはSONYさんが液晶テレビのバックライトとして初めてLEDを採用、 2008年頃からノートパソコンの液晶にもLEDバックライトが使われ始めました。 テレビにLEDバックライトが使われ始めて9年、パソコンに使われ始めてからはほんの5年程度です。 明るい場所でも見やすい信号機、車やバイクのライト、駅や空港の電光掲示板、 鮮やかでカラフルなイルミネーションにもLEDが使われています。 ノートパソコンや液晶テレビ、携帯電話やスマホを薄く軽く出来たのもLEDの功績が大きいですね。 色々なものがLEDによって便利に、かつ環境にやさしく省エネになっています。 青色LEDは、一般的に需要の多い白色LEDを作るために欠かせないものです。 こうして少し注目していただくと、青色LEDの開発が どれほど人類にとって有益なものだったかお分かりいただけるかと思います。 今回のノーベル物理学賞の授賞理由 三人への授賞についてスウェーデン王立科学アカデミーの選考委員は以下のように語っています。 彼らの発明は革命的だった。 白熱電球は20世紀を照らした。 21世紀はLEDランプによって輝くだろう。 (中略) 赤と緑のダイオードはずっと以前から存在していたが、青色LEDを考案することは見果てぬ夢だった。 そしてそれは30年の歳月を経て進歩し続けている。 (中略) 誰もが失敗してきた中で彼らは成功した。 LEDランプの登場により私たちは今、古い光源より長期的で効率的な代替案を手に入れたのだ。 また別の選考委員いわく、 賞はアルフレッド・ノーベルの最期の希いに沿ったものであり、 遺言に定められた『人類にとって、この上なく幸福を与える助けとなった』人物へ付与されるべきである。 (中略) 世界の消費電力のおよそ4分の1が照明に使われており、 多くの国の政府が化石燃料からの排出量を削減するためLEDへの切り替えを促進している。 LEDは必要とする電力が大変低いので、局所的な太陽光発電との接続も容易い。 これにより電力網をもたない世界中の15億人以上が恩恵を受けるだろう。 (中略) 私はアルフレッド・ノーベルがこの賞の授与を喜んでくれるものと心から思う。 青色LEDの開発は、この世のほとんどの人の利益になるものだ。 ノーベルさんが遺した言葉に忠実であろうとする選考委員の人たちの姿勢が伺えますね。 ノーベル賞の設立 上でもご紹介したように、ノーベル賞とは 『 人類にとって、この上なく幸福を与える助けとなった 』人物へと与えられる賞です。 ダイナマイトの開発で巨万の富を築いたアルフレッド・ノーベルの遺言に従って、 彼の莫大な遺産を基にノーベル財団が設立・運営されています。 ダイナマイトを始めとする『 爆薬(ニトログリセリン)の安全な取り扱いと効率的な起爆 』を 見出したノーベルさんは「 これでこの国の固い地盤でも安全に効率的に土木工事を進められる! 」と、 人の役に立つものだと思っての開発だったようです。 しかし皆さんご存知のとおり、残念ながらその発見は主に兵器として利用されるようになります。 弟がニトログリセリンの取り扱いに失敗した事故で亡くなったとき、 安全に爆薬を扱うためだったものが、意図した方向と真逆の方向で使われたとき、 それが戦争で多くの人命を奪い続けたとき、 武器の商いで財を成し、『死の商人』と呼ばれたとき、 晩年に狭心症を患い、特効薬としてニトログリセリンの錠剤を服用していたとき。 その時々にノーベルさんはどんな気持ちだったのでしょうか。 死の間際、子供の居なかったノーベルさんは 自分の研究アシスタントだったラグナル・ソールマン(Ragnar Sohlman)と ルドルフ・リリェクイスト(Rudolf Lilljequist)を遺言執行者として指名しました。 二人の科学者はその遺志に応えるべく、ノーベルさんの親戚による 不服申し立て(莫大な財産を丸ごと貰う気満々だったんでしょうね)に散々邪魔され、 とてつもない苦労をしながらも、何年もかけてノーベル財団設立委員会を結成し、賞設立の準備を行いました。 ちなみにラグナルさんのお孫さんであるマイケルさんが 現在のノーベル財団のエグゼクティブ・プロデューサー(管理代表者)です。 お土産はやっぱりメダルチョコ? ノーベル賞の受賞者や関係者、来賓や観光客、 皆さんが揃って買い求めるものはやはり受賞メダル型のチョコレートのようです。 お手ごろ価格(10個入り約1,000円)で、小分けにして配りやすく、 尚且つ「 ノーベル賞授賞式のおみやげだよー! 」というのが伝わりやすいですし、 貰ったほうもとっても嬉しいお土産ですね。 私もスウェーデンに行くことがあれば絶対にお土産はこれだ!と思っています。 本物の受賞メダルは、賞によって多少デザインに違いがあるらしいのですが 基本的に表面にはノーベルさんの横顔の肖像が描かれており、 裏面は物理学賞と化学賞だと、自然の女神のベールを 科学の女神がそっと外して横顔を覗いているという意匠になっています。 メダルチョコのデザインは、ノーベルさんの横顔を描いたもの(ノーベル博物館で販売)と 晩餐会の会場であるストックホルム市庁舎を描いたもの(市庁舎で販売)の2種類があります。 ノーベル博物館 スウェーデンの首都ストックホルムの旧市街地ガムラスタンにノーベル博物館があります。 2001年にノーベル賞100周年を記念して建設されました。 には大変ありがたいことに日本語ページがあるのですが、案内図には謎がいっぱい。 『 泡箱の部屋 』って何だろう…。 案内には「泡のごとく創造性を沸き立たせてくれる空間」とあるのですが、 私のイメージ映像では泡風呂に埋もれた正方形の部屋になってどうしようもありません。 自分の創造性の無さにがっかりです。 ショップではメダルチョコはもちろん、晩餐会に使用されているものと同じ食器が販売されています。 椅子の裏にはこっそり歴代受賞者の人たちのサインが。 早稲田大学の早稲田キャンパスにある大隈講堂もこの市庁舎の影響を受けたと言われています。 晩餐会は国王陛下や王室の方々をはじめ、受賞者やその家族、関係者、 その他抽選で選ばれた学生や国民など、1300人もの人達が参加する大宴会です。 スウェーデンの国旗は、濃い水色に黄金の十字架という意匠です。 そして大階段の向かい、赤レンガで組み上げられた壁には 階段を降りる際に視線をふらつかせず、凛と降りてこられるように 目線を固定するための星のレリーフが彫られているんだそうです。 いくら片腕をパートナーの男性に預けていると言っても、 視線を向かいの壁のレリーフに合わせて逸らさず、足元も見ずに 優雅に微笑みながら長いドレスの裾をさばいて階段を降りるとか私には絶対に無理です。 昔の貴族の女性や、現代の招待客の女性の皆さんも大変だ… と、ドレスの貴婦人の苦労をしのんで、メディアで晩餐会の様子が放映されたら 星のレリーフを探してみようと思っています。

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