タランティーノ。 これだけ見とけばOKなタランティーノ監督作品のおすすめランキングと関連作品13作品を一挙紹介

『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男』

タランティーノ

ここ数年、映像と音楽がマッチした映像作品が世界中で再び脚光を浴びている。 映画『LA LA LAND』の大ヒットを始め、日本でもアニメ『君の名は。 』がその主題歌とともに社会現象を起こしたのは記憶に新しい。 洗練された物語と、その空気感を作り出すいい音楽。 それがうまく繋がりあったとき、多くの人々に届くような作品が生まれるのだ。 以前から、音楽と映像がマッチした作品は多く存在してきた。 そのような名作を多数生み出しているのが、世界的映画監督クエンティン・タランティーノである。 彼の作品のほとんどは音楽と切り離せない。 彼は『レザボア・ドッグス』で1992年にデビューして以降、奇想天外で斬新な作品を世に送り出してきた。 そしてどの作品も、音楽へのこだわりが強く伺える。 タランティーノは映画音楽にオリジナルのスコアは滅多に作らず、自分が長年集め続けたレコードコレクションから、楽曲を選んで作中で使う。 その理由はタランティーノの創作の過程にある。 彼は脚本を書き始める前、自分のレコードコレクションの部屋を歩き回り、その中から気分に合わせたものを聴きながら構想を練るのだという。 脚本の中の言葉は音や歌から派生するんだ。 脚本を書き始める時、僕は真剣に音楽のことを考えるんだ。 音楽を聴きながらカンヌ国際映画祭にいるみんなが気に入っている様子を想像するんだよ。 構想段階から彼の作品には音楽がある。 だから、オリジナルのスコアよりも自分がインスピレーションを受けた楽曲を作中に使うのである。 彼の映画で印象的なのはオープニングの時に使用される音楽である。 物語が始まる前からその作品の世界に引き込まれてしまうような、魅力的な楽曲から彼の映画は始まる。 そんなタランティーノ作品の中から、印象的なオープニング音楽を5つ選んでみた。 1 「Little Green Back」ジョージ・ベイカー タランティーノのデビュー作『レザボア・ドッグス』に使用された楽曲。 オランダ出身のシンガーソングライターであるジョージ・ベイカーが1969年にリリースしたデビューシングル。 元々彼の代表作として知られていたが、映画に起用されたことにより20年もの時を経て再評価された。 6人の黒スーツの男たちが歩く姿とブルージーなこの楽曲はとても印象的であり、今でもドラマからバラエティまで様々な作品でパロディにされている。

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『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男』

タランティーノ

ここ数年、映像と音楽がマッチした映像作品が世界中で再び脚光を浴びている。 映画『LA LA LAND』の大ヒットを始め、日本でもアニメ『君の名は。 』がその主題歌とともに社会現象を起こしたのは記憶に新しい。 洗練された物語と、その空気感を作り出すいい音楽。 それがうまく繋がりあったとき、多くの人々に届くような作品が生まれるのだ。 以前から、音楽と映像がマッチした作品は多く存在してきた。 そのような名作を多数生み出しているのが、世界的映画監督クエンティン・タランティーノである。 彼の作品のほとんどは音楽と切り離せない。 彼は『レザボア・ドッグス』で1992年にデビューして以降、奇想天外で斬新な作品を世に送り出してきた。 そしてどの作品も、音楽へのこだわりが強く伺える。 タランティーノは映画音楽にオリジナルのスコアは滅多に作らず、自分が長年集め続けたレコードコレクションから、楽曲を選んで作中で使う。 その理由はタランティーノの創作の過程にある。 彼は脚本を書き始める前、自分のレコードコレクションの部屋を歩き回り、その中から気分に合わせたものを聴きながら構想を練るのだという。 脚本の中の言葉は音や歌から派生するんだ。 脚本を書き始める時、僕は真剣に音楽のことを考えるんだ。 音楽を聴きながらカンヌ国際映画祭にいるみんなが気に入っている様子を想像するんだよ。 構想段階から彼の作品には音楽がある。 だから、オリジナルのスコアよりも自分がインスピレーションを受けた楽曲を作中に使うのである。 彼の映画で印象的なのはオープニングの時に使用される音楽である。 物語が始まる前からその作品の世界に引き込まれてしまうような、魅力的な楽曲から彼の映画は始まる。 そんなタランティーノ作品の中から、印象的なオープニング音楽を5つ選んでみた。 1 「Little Green Back」ジョージ・ベイカー タランティーノのデビュー作『レザボア・ドッグス』に使用された楽曲。 オランダ出身のシンガーソングライターであるジョージ・ベイカーが1969年にリリースしたデビューシングル。 元々彼の代表作として知られていたが、映画に起用されたことにより20年もの時を経て再評価された。 6人の黒スーツの男たちが歩く姿とブルージーなこの楽曲はとても印象的であり、今でもドラマからバラエティまで様々な作品でパロディにされている。

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タランティーノとは

タランティーノ

[生]1963. ,ノックスビル アメリカ合衆国の映画監督,脚本家。 フルネーム Quentin Jerome Tarantino。 様式美あふれる暴力描写やウィットに富んだ会話,映画やポップカルチャーへの愛情に満ちた作品で知られる。 ビデオ店で働くかたわら執筆した脚本 2本が認められ,『トゥルー・ロマンス』True Romance(1993),オリバー・監督『ナチュラル・ボーン・キラーズ』Natural Born Killers(1994)の原案となった。 1992年『』Reservoir Dogsで映画監督としてデビュー。 1994年『』Pulp Fictionで監督としての名声を確立した。 犯罪に関する複数のエピソードが互いに交差して進むこの刺激的な作品で,パルムドールを獲得,脚本賞も受賞した。 『ジャッキー・ブラウン』Jackie Brown(1997)のあと,プロの殺し屋の復讐劇を描いた『』Kill Bill: Vol. 1(2003),『キル・ビル Vol. 2』Kill Bill: Vol. 2(2004)の,監督を手がけた。 低予算 へのオマージュとして制作した『グラインドハウス』Grindhouse(2007)は,タランティーノ監督の『デス・プルーフ』Death Proofと,ロバート・ロドリゲス監督の『プラネット・テラー』Planet Terrorの 2本立て。 『』Inglourious Basterds(2009)に続き,『ジャンゴ 繋がれざる者』Django Unchained(2012)を制作,この作品で 2度目のアカデミー賞脚本賞を受賞した。 脚本執筆,監督業に加え,俳優,プロデューサーも務める。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 米国の映画監督。 ロサンゼルス生れ。 高校中退後,レンタル・ビデオ店などで働きながら脚本執筆と俳優活動を行う。 自作の脚本を俳優のH. カイテルが気に入ったことから,ギャング映画《レザボア・ドッグズ》(1991年)で監督デビュー。 台詞の多い独特の脚本と巧みな構成,らに影響を受けたと自らいう強烈な残酷描写により評価を得る。 監督第2作《パルプ・フィクション》(1994年)ではカンヌ映画祭グラン・プリを受賞し,1990年代で最も注目される監督となる。 ほかにオムニバス作品《フォー・ルームス》(1995年)などを発表。 各作品には自らも出演している。 また自作脚本の映画化に,T. スコット監督《トゥルー・ロマンス》(1993年),O. ストーン監督《ナチュラル・ボーン・キラーズ》(1994年)がある。 テネシー州ノックスビル生まれ。 幼いころに両親は離婚。 母親は2歳の彼を連れてロサンゼルス郊外のサウス・ベイ地区に移住した。 少年時代からテレビ、映画、コミックに夢中になり、極度の学校嫌いだっため、仕事につくとの条件で母親の許しを得て高校を中退。 演技の勉強をしながら、まずポルノ映画館の案内係を務め、1984年からは、カリフォルニア南部マンハッタン・ビーチで最大規模のビデオ・レンタル店ビデオ・アーカイブズの店員となる。 店の同僚の多くはなんらかの形で映画にかかわる仕事を目ざしており、タランティーノは彼らの協力を得て自ら主演も務める初監督作品「マイ・ベストフレンズ・バースデイ」(1985~1987)に取り組むものの、ついに未完に終わる。 またこの時期に脚本作りにも励み、そのうちのいくつかは買い上げられたが、自分自身で監督する夢は果たせなかった。 ビデオ・アーカイブズでの5年間の勤務が彼に与えた影響は大きい。 彼も敬愛するジャン・リュック・ゴダールら1950年代末のフランス、ヌーベル・バーグの監督たちが、シネマテーク・フランセーズで過去の映画史上の名作を見つづける若者たちのなかから誕生し、スピルバーグやスコセッシら1970年代デビュー組のアメリカ映画の新鋭たちが大学で映画を学んでプロになった世代だったとすれば、1980年代なかばに映画製作への野心に燃える若者たちを象徴する空間こそ、膨大な所蔵量を誇る巨大なビデオ・レンタル店であった。 タランティーノや仲間にとって、ただ映画史上の名作だけが重要だったのではない。 むろんそうした作品にも敬意を払ったが、それまで「作品」として省みられることのなかった、場末の映画館でかかるカンフー映画やブラックスプロイテーション映画(Blaxplotation。 1970年代初めから黒人観客をおもなターゲットに製作された、黒人キャストが主役を演じる映画)なども、彼らにとって同程度に重要なものとみなされた。 そうした玉石混交を許容するばかりか、あえて積極的に肯定する映画史的教養こそ、ビデオ・レンタル店世代の特徴であり、タランティーノが後に監督する作品群を特異なものとするバックグウランドでもあった。 これはゴダールの初期作品『はなればなれに』(1963)に由来する名称で、2人の協力関係はその後長く継続される。 完成した『レザボア・ドッグス』(1992)は、タランティーノ自身も含む黒のスーツにサングラスという衣装の男性6人組による宝石強盗失敗の顛末 てんまつ を描くもので、これまで多数製作されてきたたぐいのオーソドックスな犯罪物語の外観ながら、肝心の強盗シーンを省略し、物語の本筋と無縁なおしゃべりを延々と登場人物たちに語らせ、さらには不条理なまでに異様な暴力描写を挿入するといった才気漲 みなぎ る内容で、とりわけヨーロッパの批評家たちから高い評価を受けた。 1994年のカンヌ国際映画祭に出品された第二作『パルプ・フィクション』(1994)は、グランプリ(パルム・ドール)に輝き、アメリカ国内で公開されてからも数多くの賞を受賞、アカデミー賞の脚本賞もエイバリーとともに獲得した。 三文犯罪小説仕立ての三つの物語を並行して語る斬新 ざんしん かつ大胆な構成が成功を収め、多くの亜流の作品を生み出すほど絶大な影響力のある映画となり、タランティーノは1990年代を象徴する新世代監督としての地位を不動のものとする。 引き続き、4話からなるオムニバス映画『フォー・ルームス』(1995)を共同製作すると同時に第4話(「ハリウッドから来た男」)の演出を担当。 その後、しばらく監督としては休業状態がつづいたが、久々の新作として『キル・ビル1』(2003)を、続いて『キル・ビル2』(2004)を発表。 復讐 ふくしゅう をめぐる物語が大団円を迎える第2部では、いわゆるマカロニ・ウェスタンに近い世界を再現、彼の創作のバックグラウンドをなす映画史的記憶がキッチュな一大叙事詩へと昇華された。 [北小路隆志] 資料 監督作品一覧マイ・ベストフレンズ・バースデイ My Best Friend's Birthday(1987) レザボア・ドッグス Reservoir Dogs(1992) パルプ・フィクション Pulp Fiction(1994) フォー・ルームス~「ハリウッドから来た男」 Four Rooms - The Man from Hollywood(1995) ジャッキー・ブラウン Jackie Brown(1997) キル・ビル Vol. 1 Kill Bill : Vol. 1(2003) キル・ビル Vol. 2 Kill Bill : Vol.

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