だから僕は音楽をやめた 歌詞。 だから僕は音楽を辞めた 歌詞分析|詩人ちゃん|note

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だから僕は音楽をやめた 歌詞

2019年4月5日発売、ヨルシカで 「だから僕は音楽をやめた」。 壮大な映画の最終回のような物語性のある一曲です。 音楽をやめた主人公の、最後の叫び。 希望と絶望。 人によって様々な解釈があって当然だろうと思います! 間違ってるんだよ わかってるんだ あんたら人間も 本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ 正しい答えが言えないのだって防衛本能だ どうでもいいや あんたのせいだ 僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ 本当だ 本当なんだ 昔はそうだった ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 曲を解説するにあたり、先に終盤の歌詞を切り取っておきます。 この曲は、 主人公の過去の信念と、現在の冷め切った心情の葛藤の歌に他なりません。 「昔の自分」というのは、 売れることなんて微塵も気にせず、ただ「本当」や「愛」や「世界」のことを歌っていた自分。 「君」はそうした「本当」や「愛」を描く上で、その象徴として扱われています。 そして 「今の自分」は、当然その逆。 売れることこそが全てで「本当」とか「愛」とか「世界」とか「音楽」とかもうどうでもいい。 この世界の目に見えないものに対する絶対的な失望感。 そして前提として、 「君」という人物とは離れ離れの状態です。 詳しくは後述しますが、これを踏まえたうえで物語は進行していきます。 「だから僕は音楽をやめた」。 MVから察するに、彼は音楽をやめると同時に、人生すらも幕を閉じてしまいました。 当然その背景には、音楽、および人生をやめなければならなくなった明確な理由があるはずです。 理由を読み解くために、1番の歌詞からゆっくり見ていきます。 考えたってわからないし 青空の下、君を待った 風が吹いた正午、昼下がりを抜け出す想像 ねぇ、これからどうなるんだろうね 進め方教わらないんだよ 君の目を見た 何も言えず僕は歩いた ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 愛とかこれからのことを考えたって仕方がない。 答えを知りたい僕は君を待った。 「考えたってわからない」。 これは勿論、先述の歌詞で登場した「本当」や「愛」、「世界」「苦しさ」「人生」を指しています。 世の中の様々な人が必死に考えるそうした答えのない概念。 そんなもの考えたってわからない。 「君の目を見た 何も言えず僕は歩いた」 君の目を見たときに、何も言えない状況とはどんな状況でしょうか。 その人物とまっすぐ向かい合えないとき、つまり後ろめたい気持ちがある時。 主人公は「君」という人物の想いとは相反する言動を、この詩を書いている時点ではとっているようです。 また、主人公は考えたってわからないから「君」を待っています。 よってここで、 「君」という人物がその答えを教えてくれる存在であることが伺えます。 「愛」や「世界」や「人生」の答えが「君」という存在であると。 考えたってわからないし 青春なんてつまらないし 辞めた筈のピアノ、机を弾く癖が抜けない ねぇ、将来何してるだろうね 音楽はしてないといいね 困らないでよ ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 続きの歌詞。 先ほど同様、愛とか人生とかの答えを考えたってもう仕方がないし、青春だってつまらない。 完全に冷め切ってしまった主人公の心情が読み取れます。 「ねぇ、将来何してるだろうね」以降も恨み節。 さも他人事のように音楽を諦めています。 心の中に一つ線を引いても どうしても消えなかった 今更なんだから なぁ、もう思い出すな ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna どうしても消えないものは「音楽」という存在であり、「本当」や「愛」を追い求めてしまう心。 そして自分に必死に言い聞かせる。 「もう思い出すな」。 考えたってわからないからです。 無理やり音楽を忘れようとする主人公。 音楽をやめなければならない理由があることがうかがえます。 そしていよいよサビへ。 間違ってるんだよ わかってないよ、あんたら人間も 本当も愛も世界も苦しさも人生もどうでもいいよ 正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ 考えたんだ あんたのせいだ ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 攻撃的な歌詞が印象的。 ここで特筆すべきは、 「あんたら人間も」 と書かれているところ。 当然「自分も」間違っているというわけです。 人間は不安な心を鎮めるために、愛とか人生の正解を探そうとする。 でもそんなのは自分を守るためにやってるだけで、実際は どうでもいいことなんだ。 強い口調で、現在の主人公の価値観を主張しているわけです。 「考えたんだ あんたのせいだ」。 「あんた」は紛れもなく「君」のことです。 愛とか正義とかの象徴だった「君」がいなくなってから、主人公はその抽象的な概念について改めて考えさせられた。 そしてわかったのが、 「考えたって仕方がない」ということだったようです。 続けます! 考えたってわからないが、本当に年老いたくないんだ いつか死んだらって思うだけで胸が空っぽになるんだ 将来何してるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 2番は、ひたすら2番のサビに向けた心境吐露。 追い求めたって答えはないし、将来に期待したって何か変わるわけでもない。 でも死にたくはない。 どこにも逃げ場のない、生きる苦しさが歌われます。 幸せな顔した人が憎いのはどう割り切ったらいいんだ 満たされない頭の奥の化け物みたいな劣等感 ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 2番のサビにつながる大切なパート。 ここでの「幸せな顔した人」は昔の、「君」が存在した頃の自分に重なる部分があります。 「愛」とか「人生」とか、そんな取り留めのないもの追い求める人物。 今の主人公は、それが無意味で間違いであるという事実に気づいてしまっています。 なのに、 それに気づかず呑気に「愛」とかを追い求めている人のほうが自分より幸せそうにしている。 主人公にとって受け入れがたい状況です。 処理しきれない苦しさを背負わされている。 これを踏まえて、2番のサビに入ります。 間違ってないよ なぁ、何だかんだあんたら人間だ 愛も救いも優しさも根拠がないなんて気味が悪いよ ラブソングなんかが痛いのだって防衛本能だ どうでもいいか あんたのせいだ ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna これが主人公の本音なのだろうと思います。 「愛も救いも優しさも根拠がないなんて気味が悪い」。 根拠はないけど、そうしたものに全く依存せずに暮らすことはどうしようもなく不安なことです。 今の主人公がそうであるように。 だから、 ありもしないそれらを追い求めて安心しようとするのは防衛本能なんだ。 愛とかを追い求めるなんて間違っている。 そう気が付いてしまった主人公ですが、やはり捨てきれない人間としての希望は抱えているようです。 でも、 「どうでもいいか あんたのせいだ」。 間違いではないかもしれないけど、結局今の主人公にはそんなことはどうでもいい。 ここからは、主人公の達観した諦めの境地が語られることとなります。 考えたってわからないし 生きてるだけでも苦しいし 音楽とか儲からないし 歌詞とか適当でもいいよ どうでもいいんだ 間違ってないだろ 間違ってないよな ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 当然、昔は全く逆の考え方をしていました。 でも、「君」という存在が消えた今、 そんなものはどうでもいい。 だって、「愛」を追い求めたって結局答えにはたどり着けないから。 ここでの「間違ってないよな」の歌い方が非常に印象的。 今にもかき消されそうな、今にも泣きだしそうな、必死に自分に言い聞かせているような、そんな声で歌われています。 つまり、 まだ主人公は、音楽を諦めたくはないんです。 「歌詞とか適当でもいい」だなんて思いたくはないし、希望を追い求めることだって間違ってなんかいない。 でも、どれだけ考えたってなにも解決しなかった。 だから、 必死にそれを諦めようとしているんです。 間違ってるんだよ わかってるんだ あんたら人間も 本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ 正しい答えが言えないのだって防衛本能だ どうでもいいや あんたのせいだ ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna ここでも一番同様、「あんたら人間」も「過去の自分」も間違っていると歌います。 これまでのどの歌詞よりも力を込めて。 そして 「正しい答えが言えないのだって防衛本能だ」という歌詞が心を抉ります。 「わからない」ではなく、「言えない」。 愛や優しさの答えなんて本当はとうにわかっているはずなんです。 ここでの 「正しい答え」は、主人公が気が付いてしまった 「そんなもの実際には存在しない」、あるいは 「そこに希望などない」といった、受け入れたくない現実ではないでしょうか。 それを受け入れてしまえば、主人公同様苦しい人生を送らないといけない。 だから誰も正しい答えなんて言えやしないんです。 主人公は「君」がいたころ、そんな現実を考える必要なんてなかった。 「君」が希望であり、愛であり、人生だったからです。 答えは君が教えてくれた。 でも君はもういなくなってしまった。 いくら必死に、その全てを信じて「君」を描き続けたって、見えないものを追い続けたって、次第に「君」を忘れていってしまった。 「君」がいない今、「愛」も「正しさ」も「優しさ」も根拠なんてない虚像だったのだと気が付いてしまった。 「あんたのせい」で。 これが主人公が「音楽」という希望から逃げ出してしまった理由でしょう。 気づいてしまったんです。 気づいてはいけない現実に。 僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ 本当だ 本当なんだ 昔はそうだった ヨルシカ 「だから僕は音楽をやめた」 作詞 n-buna 昔はただ、何度でも「君」を書いていたんです。 「君」が僕の全てであり、希望であり、音楽そのものであったからです。 昔はそうだった。 でも今は違う。 もう「君」のことを忘れつつある。 その存在を見失いつつある。 「君」も「本当」も「愛」も追い求めたってたどり着けやしない、という事実に気づいてしまったし、もう歌詞なんてどうでもいいし、だったらいっそ売れることの方が大切なんじゃないかと思えてしまった。 考えたってもうわからないから。 「君」と楽しんでいた音楽とか、昔の信念なんてものは塵のように思えてしまった。 もう全部がどうだっていい。 だから僕は音楽を辞めた 他の楽曲との繋がり ここまでの解説で、「君を失った」とか「君を忘れてしまった」とか歌詞にないことを書いてきたわけですがそれにもちゃんと理由があります。 この曲は一連のストーリーのあるコンセプトアルバム「僕は音楽をやめた」の最終盤にあたるのです。 ここではその考え方に則って、既にMVが公開されている 「藍二乗」「パレード」との関係性を改めて考察しておきたいと思います。 藍二乗 ここでは、「人生は妥協の連続なんだ」と言いつつも、 ただまっすぐに「君」を描き続ける主人公の姿が描かれています。 「君」の名は「エルマ」。 「君だけが僕の音楽なんだ」。 主人公にとっての音楽そのものが「エルマ」です。 人生は妥協の連続だ。 そんなことわかりきっていたって、「エルマ」だけは主人公の光だった。 かつて描いた夢がいつか時効になってしまうことを感じつつも、まだ希望を捨ててはいない。 「君」だけを描き続ける人生に美しさを見出している。 昔の主人公の信念が見える一曲です。 「春の空に花泳ぐ」と「桜」を暗示しておくことで、後にこの主人公の思いが散っていってしまうことを実は示していたのかな…なんて思ったり。 パレード ここでは、 なんとか「君」を、「君のいない今の温度」を忘れまいと歌う主人公の姿が描かれています。 「君の指先には多分神様が住んでいる」「君の書く詩を ただ真似るだけの日々を」。 昔歌詞を書いていたのは「エルマ」でした。 だけどもう「エルマ」はいない。 もう少しだけでもいいから、「君」を忘れないでいられるように。 なんとか君の描いた「愛」や「本当」を歌おうと、その存在を確かめようと、君がいるはずの「心」で君の書く歌詞を真似て、だけど「君」のいない 「一人ぼっちのパレードを」。 だけど、それでも、主人公は「君」を忘れてしまった。 その存在はもういなくなり、いくら追い求めたって辿り着けない答えを知ってしまった。 「君だけが僕の音楽なんだ」。 でも「君」はもういない。 僕の心にも「君」はもういない。 だから僕は音楽をやめた 「最後の希望」か「遺恨」か ある音楽紹介サイトでこのような見出しを見かけました。 この曲は果たして「光」なのか「絶望」なのか。 ものすごく興味深いテーマです。 主人公は確かに「音楽をやめた」。 いや、やめるために、この曲を世界に残しました。 もちろん最後のサビで読み取れるように、愛なんか幻想だって叫んではいます。 しかしそれはあくまで意思表示であって、 2番の歌詞はそうではない。 しかも主人公は「音楽をやめる」という選択をとった。 これからは今の信念を、「絶望」を歌にしてもいいはずなのに、「音楽」というものから身を置いた。 主人公は「音楽」という世界を「君」がいたころのまま、希望にあふれた状態のまま残したんです。 ある意味で彼は、 「音楽」という世界に最後の望みを託したのではないか…そう思えてなりません。 再び同じ題材で夏にも新曲が発売されるようなので、そちらを待ちたいと思います! 追記 アルバム「エルマ」が発売されました。 改めて「だから僕は音楽をやめた」についてもこちらの記事で考察しておりますので是非ご覧ください…! ご購入はこちらから.

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だから僕は音楽を辞めた 歌詞「ヨルシカ」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

だから僕は音楽をやめた 歌詞

それまでは、リードトラックの「だから僕は音楽を辞めた」しか聴いていませんでした それでアルバムを通しで聴いたら 「めっちゃええやん!!!」となったので、 記事を書いている次第です。 ヨルシカについて ヨルシカは2017年に結成し、2019年にメジャーデビューした2人組のグループです。 メンバーは n-buna ナブナ suis スイ の2人で、 n-bunaさんが全楽曲の作詞作曲・編曲を、suisさんが全楽曲のボーカルを担当しています。 n-bunaさんは ボーカロイドプロデューサーとして「ウミユリ海底譚」などの楽曲で注目された人物で、 suisさんをボーカルとして迎えて結成されたグループです。 楽曲の特徴としては、 ギターの歪んだ音色が爽やかなギターポップと、 繊細なピアノの旋律が絡み合った楽曲が特徴的で、夏をイメージさせるサウンドが多い印象です。 また、文学的な歌詞も特徴的で、 それを昇華したのが今回紹介する「だから僕は音楽を辞めた」だと思います。 「だから僕は音楽を辞めた」について 次に、このアルバム全体についてに説明したいと思います。 まず 「だから僕は音楽を辞めた」っていうタイトルが非常にセンセーショナルですよね。 目を引きます。 元々ヨルシカは文学的な歌詞が特徴的ですが、今回は物語として1つのアルバムを製作。 物語は 「エルマ」への純粋な想いから音楽の夢を追っていた主人公。 しかし「エルマ」と決別した主人公は、 忘れられない「エルマ」への想い、売れない現状や苦しい生活、才能に対する絶望から 描いていた夢は色褪せてしまい、 音楽からの 決別を決意する という 挫折をテーマにしたストーリーです。 芸術に対する夢と挫折は結構普遍的なテーマですよね。 例えば小説だと国語の教科書にも使われている 「山月記」 詩人になろうとしたが挫折した役人が虎に変身した話 や、 最近の映画だと 「ラ・ラ・ランド」 こちらは夢を叶えましたが、恋は叶わなかったパターンですね などがありますね。 音楽だと、少し古いですが中島みゆきの 「ばいばいどくおぶざべい」は 音楽に対する挫折を歌った歌ですね。 アルバムを聴いていると小説を読んでいる気分になります。 物語がしっかりしているので、 このアルバムをコンセプトにした映画とかできそうだなあとか思いました。 こういう物語風になっているアルバムを 「コンセプト・アルバム」と言ったりするのですが、 こういうアルバムは他にあったりしますね。 挫折って誰にでもある経験だと思うのですが、 芸術に対する挫折って何か圧倒的ですよね。 大学時代の音楽に対する挫折 圧倒的自分語り ささやかですが、僕にも同じような経験がありました ここから自分語りです、すみません…。 僕は大学時代から、サークルで趣味として音楽をしています。 最初は純粋に楽しい、好きだという気持ちで音楽を始めましたが、 段々「努力しても大会に出られない」「有名になれない」のような承認欲求が生まれてしまい、 次第にその承認欲求に純粋な気持ちが汚されていきました。 好きで始めた音楽なのに、音楽が嫌いになってしまったこともありました。 アマチュアとして趣味でやっていた僕ですら 「理想と現実の狭間で音楽が腐っていく」という経験をして辛かったので、 このアルバムに登場する主人公に共感するし、その挫折は測りしれません。 プロを目指すことの覚悟 また、僕は身近でプロを目指したものの挫折した人を何人も見てきたので、 その面でもこのアルバムの主人公の気持ちが気持ちが痛いほど刺さります。 夢を追っている人や挫折した人の話を聞くと、 自分の夢をいかに信じられるかというところに帰結する気がします。 誰よりも音楽が好きだという気持ちがないとプロにはなれないなと感じました。 そんな志を持っている人を尊敬するし敵わないと思いますね。 なんだか「ラ・ラ・ランド」の後半に歌われる「Audition The Fools Who Dreams 」を思い出しました。 音楽の原動力に対する違いと主人公の悲劇 ただ、僕とこのアルバムの主人公とは少し違う点があります。 それは僕は音楽が好きだという想いと音楽に対する恩返しを原動力にしていたのに対し、 このアルバムの主人公は「エルマ」に対する想いを全ての原動力として音楽をしていた、 という点です。 このアルバムの主人公は「エルマ」のために音楽を製作し、 「エルマ」を音楽として表現していました。 「君の指先の中にはたぶん神様が住んでいる」 「君の書く詩を ただ真似る日々を」 -ヨルシカ 「パレード」 作詞・作曲:n-bunaより引用 の歌詞などから、 おそらく「エルマ」の書いた詩に音楽を付けていたと考えられます。 当初は「エルマ」さえいれば何もいらない、 「売れることこそがどうでも良かった」 -ヨルシカ 「だから僕は音楽を辞めた」 作詞・作曲:n-bunaより引用 主人公。 しかし、「エルマ」と決別した主人公は「自分の音楽」を製作することができなくなり、 「所詮売れないなら全部が無駄だ」 -ヨルシカ 「藍二乗」 作詞・作曲:n-bunaより引用 と考えるようになります。 その結果、音楽を辞めることを決意することになります。 主人公にとって、「エルマ」を音楽に対する原動力としていた部分が悲劇を生んだと僕は思います。 人に対する想いって強いんですけど、同時に変化してしまう脆さがあると思うんですよね。 僕は音楽そのものが好きだという想いがあったため、 夢ではありませんが 音楽を辞めていません。 音楽そのものに対する想いがあれば夢を追い続けることができたのかもしれませんが、 音楽と「エルマ」を同一視していた主人公はそれができなかったのだと感じました。 あと、音楽を辞めた心情を音楽に乗せているのが悲痛です。 辛い…。 アルバムの構成も良い このアルバム、独特な構成も主人公の悲痛な思いをより伝えることに成功していると感じます。 このアルバムは物語となっておりますが、時系列で並べている構成ではありません。 これによって、「物語を追っていく」という側面よりも、 「音楽を辞めることを決意した主人公の心情を追っていく」という側面が強くなり、 より主人公の絶望にフォーカスされるようになっているのではないかと感じました。 2回目は逆に聴くことで、最初に聴いた時と違う印象になるのも良いですね。 曲調も良い 曲調面でも、このアルバムは前述の ヨルシカらしい特徴が活かされていて非常に良いと感じました。 全編に渡ってギターのさわやかなリフとピアノの繊細な旋律が絡み合う、 ギターポップ的な楽曲が多いですね。 そこにポップス的な透明感と浮遊感のあるsuisさんのボーカルが乗っかっていくスタイル。 これ自体は今までのヨルシカから続いているスタイルで、非常にヨルシカらしいと言えますね。 ただ、 このアルバムではギターの歪んだ音とピアノの旋律の対比が 理想と現実の狭間で揺れる心情を表現しているように聞こえます。 特に細かいパッセージのピアノ 前半の曲に多く取り入れられています に主人公の脆さを感じてしまいます。 おすすめ楽曲 本作は前述の通り、1つのアルバムで物語を語る「コンセプト・アルバム」なので、 初めは通しで聴いて、2回目に逆順に聴いていただくのが一番いいかなと思います。 なので、あくまで敢えておすすめ楽曲をあげるとするなら、という気持ちで読んでいただけると幸いです。 だから僕は音楽を辞めた このアルバムのエンディングナンバーで、表題曲です。 音楽を辞めることの心情と、忘れられない「エルマ」への想いが炸裂したナンバーです。 ピアノの疾走感のあるパッセージに胸が締め付けられます。 ラスサビからのsuisさんのギリギリ感のあるボーカルも悲痛で素晴らしいです。 藍二乗 アルバムの2曲目で、疾走感のあるギターナンバー。 「藍二乗」はi 虚数 の二乗で、マイナスになってしまうことも示しています。 エルマがいないなら音楽なんか何もかも無駄なんだ、という絶望が示されています。 1曲目はインストなので、このアルバムで初めて聴くボーカル曲がこれなのですが、 曲順は時系列と逆になっているため、絶望度が高めなんですよね…笑 なので、初めて聴くと少し面食らいます笑 まとめ まとめると以下のようになります!.

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【歌詞解釈】ヨルシカ「だから僕は音楽をやめた」/ エイミーの最後の叫びを紐解く

だから僕は音楽をやめた 歌詞

楽曲名「だから僕は音楽を辞めた」とは 「だから僕は音楽を辞めた」は ヨルシカの1st Full Albumと同名。 複数の楽曲を解釈したことで明らかになりましたが、アルバム内の楽曲、いやもしかするとヨルシカの楽曲全てが、ひとつの世界観で繋がっているのです。 別楽曲の歌詞で エルマ、君なんだよ 君だけが僕の音楽なんだ とあったことから、主人公にとってエルマ 女性 と音楽は同意義であり、人生の全てであることが明らかになりました。 つまり 「音楽を辞めた」 という本楽曲のタイトルからは• エルマの喪失• エルマのことを謳う 想う のを辞めた といった事例が推測される。 更に別楽曲の歌詞で 歳取れば君の顔も忘れてしまうからさ 乾かないように想い出を とあることや空に手紙を送るMVの情景から エルマとはもう会えない状態にある という可能性が示唆されました。 今回は「藍二乗」「パレード」の解釈を前提に考察を進めていきたいと思います。 この二曲は今回紹介する 「だから僕は音楽を辞めた」を深めていくうえで重要となるため、先に内容を把握しておくことをおすすめします。 では、MVの解説に移ります。 MVの意味・解釈 登場人物は 「主人公」と 「エルマ」 3:05からの映像で、 前半の映像に映っていたエルマは 「いない存在」 であったことが分かります。 1:06で一瞬「エルマ」と出てくるのは 喪失したエルマに対する想い が本楽曲で叫ばれていることの裏付けであり、気持ちだけに留まらず、心から名前が滲み出たからと推測される。 一瞬しか映らないのは、あまり考えないように自らを強制しているから。 そして各所に映される情景が「藍二乗」など別楽曲との繋がりを明確にしていく。 本楽曲にはどんな想いが 綴られているのでしょうか。 本題の歌詞に迫っていきます。 歌詞 考えたってわからないし 青空の下、君を待った 風が吹いた正午、 昼下がりを抜け出す想像 ねぇ、これからどうなるんだろうね 進め方教わらないんだよ 君の目を見た 何も言えず僕は歩いた 考えたってわからないし 青春なんてつまらないし 辞めた筈のピアノ、 机を弾く癖が抜けない ねぇ、将来何してるだろうね 音楽はしてないといいね 困らないでよ 心の中に一つ線を引いても どうしても消えなかった 今更なんだから なぁ、もう思い出すな 間違ってるんだよ わかってないよ、あんたら人間も 本当も愛も世界も苦しさも 人生もどうでもいいよ 正しいかどうか知りたいのだって 防衛本能だ 考えたんだ あんたのせいだ 考えたってわからないが、 本当に年老いたくないんだ いつか死んだらって思うだけで 胸が空っぽになるんだ 将来何してるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ 幸せな顔した人が憎いのは どう割り切ったらいいんだ 満たされない頭の奥の 化け物みたいな劣等感 間違ってないよ なぁ、何だかんだあんたら人間だ 愛も救いも優しさも 根拠がないなんて気味が悪いよ ラブソングなんかが痛いのだって 防衛本能だ どうでもいいか あんたのせいだ 考えたってわからないし 生きてるだけでも苦しいし 音楽とか儲からないし 歌詞とか適当でもいいよ どうでもいいんだ 間違ってないだろ 間違ってないよな 間違ってるんだよ わかってるんだ あんたら人間も 本当も愛も救いも優しさも 人生もどうでもいいんだ 正しい答えが言えないのだって 防衛本能だ どうでもいいや あんたのせいだ 僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ 本当だ 本当なんだ 昔はそうだった だから僕は音楽を辞めた スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 1番 考えたってわからないし 青空の下、君を待った 風が吹いた正午、 昼下がりを抜け出す想像 ねぇ、これからどうなるんだろうね 進め方教わらないんだよ 君の目を見た 何も言えず僕は歩いた 「これからどうなるんだろう」 とエルマを失った主人公は苦悩している。 そして、君 エルマ の幻想を見る。 苦悩しているからエルマに救われたいけど、エルマは既に居ないから何も言えない。 一人ぼっちで君を想う 待つ 正午。 考えたってわからないし 青春なんてつまらないし 辞めた筈のピアノ、 机を弾く癖が抜けない ねぇ、将来何してるだろうね 音楽はしてないといいね 困らないでよ エルマといるとき 主人公はピアノ 作曲 をしていた。 「パレード」の歌詞で明らかになったが エルマは物書き 作詞 であった。 しかし、エルマがいなくなったから、主人公も真似をして作詞をしようとする パレード参照 音楽はエルマを想い出す要素になるから 音楽はしてないといいね とある。 想い出したくないのは、自暴自棄になってしまうくらい、エルマの喪失は耐え難いものであったから。 心の中に一つ線を引いても どうしても消えなかった 今更なんだから なぁ、もう思い出すな 心に折り合いを付けようとしても• エルマを忘れることができない• 音楽を辞めることができない 「エルマ」も「エルマと作る音楽」も望んだって戻ってこないと分かっているのに、どちらも消えてくれない。 未練がくすぶる。 だから 「なぁ、もう思い出すな」 と無理やり抑え込もうとしている。 サビ1 間違ってるんだよ わかってないよ、あんたら人間も 本当も愛も世界も苦しさも 人生もどうでもいいよ 正しいかどうか知りたいのだって 防衛本能だ 考えたんだ あんたのせいだ 自分以外の人間を見て 「あんたらはわかっていない」 と卑下している。 周囲の人間は異質だと言い聞かせているうちに、自分が周りの人間と相容れない存在になっていることに気付く。 そこでふと思う。 「あんた エルマ のせいだ」• あんたのせいで愛が分からなくなる• あんたのせいで世界が様変わりした• あんたのせいで苦しい それほどエルマは全てだった。 歳取れば君の顔も忘れてしまうからさ とあるように本命はこっち。 年老いたくない真の理由は エルマを忘れたくないから。 エルマの喪失感から自分を見失ってしまい、本当に苦しいから忘れ去ろうとするが本心ではないのです。 幸せな顔した人が憎いのは どう割り切ったらいいんだ 満たされない頭の奥の 化け物みたいな劣等感 悲しみのどん底にいるから、 幸せそうに暮らす人々を妬んでいる。 不毛なことだと分かっているのに、割り切れない。 不幸な自分と幸福そうな他人を対比して、計り知れない劣等感を感じている。 サビ2 間違ってないよ なぁ、何だかんだあんたら人間だ 愛も救いも優しさも 根拠がないなんて気味が悪いよ ラブソングなんかが痛いのだって 防衛本能だ どうでもいいか あんたのせいだ ラブソングなんていくら聴いても、エルマが戻ってくるわけではないし、むしろ幸せそうな人達がより幸せに見えてくだけだから、 ラブソングなんかが痛いとある。 耳が痛いとラブソングを遠ざけることで 自分を守っている 防衛本能 やはり何度考えてもあんたのせい。 忘れようと何度も試みているのです。 スポンサーリンク 3番 考えたってわからないし 生きてるだけでも苦しいし 音楽とか儲からないし 歌詞とか適当でもいいよ どうでもいいんだ 間違ってないだろ 間違ってないよな 何もかもが分からないのも 生きるだけで苦しいのも エルマがいなくなったから。 しかし、音楽にのめり込んだのも 楽しいと想えたのも エルマがいたから。 しかしそんな音楽ですらできなくなった。 「音楽なんてどうでもいいよ」 と投げやりに言う自分に対して 間違ってないよな と恐る恐る自分に問いかけている。 音楽を否定するということは、今までのエルマとの想い出も否定することになってしまうから 「間違ってないよな」というのはエルマに問いかけている側面もある。 本当は 「どうでもよくない」と引き止めて欲しいのかも知れません。 ラストサビ 間違ってるんだよ わかってるんだ あんたら人間も 本当も愛も救いも優しさも 人生もどうでもいいんだ 正しい答えが言えないのだって 防衛本能だ どうでもいいや あんたのせいだ 僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな想いだ 何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかったんだ 本当だ 本当なんだ 昔はそうだった だから僕は音楽を辞めた 昔は音楽活動が楽しくてしょうがなかった。 売れる売れないなんてどうでもよくて、エルマと音楽を作ることこそが本当に全てだった。 しかし、エルマがいなくなったいま、価値観が変わってしまった。 エルマを失ってもなお、ズルズルと続けてきた音楽活動だったが、昔の自分との動機の違いを悟った主人公は自分に絶望する。 そして、音楽を辞める。 ラストサビ前にMVではエルマが消える。 これは• 自分の中からエルマが消えたこと。 エルマとともに無邪気に音楽を作っていた頃とは、別の想いで音楽を作っている自分に気付いたこと。 を表しているのではないでしょうか。 「だから僕は音楽を辞めた」 感想 点と点が結ばれて、いくつもの線が浮かび上がってきましたね。 深すぎる。 毎度そうですがヨルシカの楽曲は歌詞を読み解いた後に聴き返すと、胸がキュッと締め付けられます。 n-bunaさんの独特な世界観• suisさんの心に浸透してくる歌声 やはり中毒性がすごいですね。 そして個人的にラストサビ前の 「間違ってないよな」 の涙が絡むような歌声がたまりませんでした。 「だから僕は音楽を辞めた」 アルバム内の他楽曲にも注目ですね。

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