くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる。 くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る/正岡子規他春雨の短歌

教科書の短歌/中学校教材に収録の近代歌人の作品/正岡子規斎藤茂吉若山牧水石川啄木与謝野晶子

くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる

「くれなゐの」は枕詞ですから、「薔薇の芽」にかかって、それが二尺、60cmも伸びているのでしょう。 技法はそれくらいです。 ごちゃごちゃした解説に興味があれば添付のURLを参照してください。 私は薔薇を育てたことがあるので分かりますが、薔薇の花は真紅と言うか真に「紅色」です。 あの赤色は日本にはない、いかにも西洋から輸入したような色をしています。 私の薔薇の芽も幹も、枝も「薔薇の花」のような「紅の色」はしていませんでした。 正岡子規も「薔薇の花」の「真紅の色」を見ているとおもいますが、花の「紅」と芽や幹、枝の色を同じ「紅」と表するのは同意できない。 この点で同意できないので、この短歌にそれほど価値を見い出せない。 私は誰かが推奨したからと言って、それを受け売りするだけで、自分がどう感じたかに触れない小中学校の先生の虎の巻のような解説には違和感を通り越して反感さえを感じる。 小学6年生の先生用ガイドがのっています。 この手の先生用虎の巻は「こう感じないと異端ですよ」と押し付けているようで好きになれないがご参考です。

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くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の 針やはらかに春雨の降る(正岡子規)

くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる

2015年04月15日 冬に逆戻りのような寒い日が続いていましたが今は束の間の晴れです。 でもまた午後から雷雨と なるようですね。 春雨は桜を散らせてしまいましたが、薔薇にとっては成長を助ける恵みの雨。 ちょっと見ると数枚の葉と一緒に枝だけが土から伸びているだけですが、よくよく観察すれば 茎には赤みがさし、棘を触ればまだ生まれたての柔らかを感じます。 赤いラインが茎にすっと出ているところをみると赤い薔薇が咲くのかも・・茎はしっかりと 太目ですから花は大輪かな・・これから咲こうする花のシルエットが浮かび上がります。 ーどんなことにも兆しってあるものですよねー 実を結びそうな恋、待つことになりそうな恋、別れをともなう恋etc. その時はわからなくても、振り返れば「そういえば・・・あの時・・・」 ということって多いのではないでしょうか。 婚活のシーンも同じです。 「もう一度お会いしてみたい」とお互いが思うということは、 なにかしら未来を予測する兆しを感じたからなのですよ、きっと。 ~成就する恋~ 特別な努力をしているわけでもないのに、あれよあれよとデートしていた、 一緒にいると とても楽しくて明るい気持ちになる、 共感できることが多い、 またすぐに会いたくなるなど、 自他ともに認める ウキウキ感があれば、GOサインです。 深く考えないで楽しみ尽くすこと! 気持にブレーキをかけたり、無理にペースを落としたりしないで 前向きにどうぞ。 目の前にいる人を心から 信じられることが成就の兆しなのかなと思います。 どんなバラが咲くのでしょう 品種は同じでも やはり世界でひとつだけのバラです ~もう一歩の恋~ お見合い後によく聞くのが、 「どうしてあんな素敵な人が結婚相談所で婚活しているんだろう、 何か隠している癖でもあるのかも。。。 すごい遊び人だったりして」という台詞。 特に女子に多いこの思考パターン。 「気になるくらい気にいった」ということなんですけれど・・・ 自分だけをみてくれる 誠実な人であってほしいという願いがこの台詞に隠れています。 自虐的風になりすぎるのはよくない兆しかも・・・ 「恋愛は、その時一瞬が真実」とも言えますから、 「その先へGOできるときにGOしないと、 明日GOできるとは限らない」ということって大いにあるように思うのですが・・・どうですか? そう、 タイミングが重要なんです。 もちろん先へ進んだからって成功するとは言い切れませんが、 それでも、ここぞという時にちゃんとアクセルを踏める人であってほしいです。 ぐずぐずしているのは幸運をつかみそこねる兆しかも・・・ 自分の望みどおりの愛情表現をお相手に求めるのは酷ってもの。 お相手が、 ささやかでも好意を示して くれたら上手に乗ってあげてほしいと思います。 「求めるばかりの一方的」はもちろんダメです。 欲張りすぎるのは何ももらえなくなる兆しにつながるかも・・・ IMAの趣味のひとつ 植物画 渾身の力をこめて描きました! わたしのバラです ~終わる恋~ 「慎重すぎる」、「自信をもてない」、「タイミングをはかれない」、「どちらかが思いやりに欠ける」、 「相手に求めすぎる」、 そして 「 お相手を信じきれない=自分の気持ちに迷いが生じる」。 こんな心の状態の行き着く先は・・・・・別れかもしれません。。。 始まりにははじまりの、終わりにはおわりの兆しがあるものです。 良くない芽は摘み取ってしまいましょう。 お隣の御留山公園にもフレッシュな新芽が萌えています。 皆さんの恋に素敵な萌しがあるように、IMAは優しい雨をふらせたいと思います。 頑張ってね。 お隣のおとめ山の木々も 新緑の季節を迎えています |.

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くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の

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むーちゃんの プロフィール Pembroke Welsh Corgi 2002年2月8日 金 北海道旭川生まれ 北陸の金沢育ち 2011年5月1日 日 9歳の生涯を全うしました。 家族のみんなに愛されて、とても幸せな生涯でした。 アー君のプロフィール Pembroke Welsh Corgi 2011年4月30日生。 生まれも育ちも石川県金沢市。 2020年6月15日。 9歳と1ヶ月半の生涯を全うしました。 家族のみんなに愛されて、 とても幸せな生涯でした。 また会いたいね。 使用機材 その他、MFレンズ 犬のノーリード=『条例違反』 については をご覧ください 相互リンクいただいている ブログの皆様 NHK PM2. タイトルは、正岡子規の短歌の一部です。 『くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の 針やわらかに 春雨の降る』 この短歌の意味ですが、これまで自分にとってしっくりこなかった部分がありました。 それは、「針」という表現でした。 さて、2014年11月16日に我が家のミニバラの先端を撮影しました。 植木鉢の土の表面からこの先までの丈は約52cmあります。 見てビックリでした。 『紅色の針だ!一尺七寸伸びたミニ薔薇のつぼみの!しかもやわらかそうな針!』 以前から、正岡子規のこの短歌でひっかかっていた「針」という表現。 それが、今回、スッキリした気がします。 他にも、 『紅色の薔薇の芽が伸びて、二尺ほどの高さになった。 若い芽なのでやわらかくて、そこに春の雨が降り注いでいる。 』 つまり、薔薇の芽を針にたとえている?と受け取れるような解釈も多いようです。 多数派? でも、それって、ちょっと苦しくない? たしかに、赤いつぼみで赤い茎の薔薇はありますが、鮮やかな紅色というよりも、赤茶色系のように見えますし、、、。 また、 「針」はバラのとげの意で 伸びた新芽の柔らかいとげ という解釈も見受けられます。 たしかに、トゲは針なのです。 中には薔薇を育てたことのある方がいらして、1枚目の写真に写っている針に言及されている場合もあります。 でも、少数派かもしれません。 まあ、1本の薔薇を見ても、人それぞれで感じ方は違いますので、『~~でなければならない』というものではないとは思うのですがね。。。 ここで、うちのミニバラの成長を振り返ってみると、、、。 2014年3月4日撮影。 伸びていなくても、つぼみがつき、花もキレイに咲いていました。 2014年5月11日撮影です。 この頃は、まだ30cmも伸びていませんでした。 これを部分拡大すると、つぼみの下の茎には紅色の針がたくさん見られます。 しかし、つぼみには、ほんのわずかしか紅色の針はありませんでした。 部分拡大すると、数えるくらいしかないことがはっきりします。 でも、このあと、キレイに咲いていったのです。 それが、先日気がついたら50cm以上に伸びていました。 そして、1枚目のようにつぼみにもびっしりと紅色の針が見られました。 実は、他に短い枝もあるのですが、それは茎には針があってもつぼみには針がないのです。 つまり、薔薇がある程度伸びてきたので、つぼみにも針がびっしりと付くようになった? う〜む。 一定の大きさにまで成長する必要があるのかもしれません。 まあ、一尺七寸、、、四捨五入すれば、二尺かも。。。 だから、「二尺伸びたる薔薇」なのかもですね~。 薔薇はもっともっと伸びます。 壁一面に薔薇がびっしりというお宅もあります。 60cmは、若々しくて生命力の漲っている状態なのかもしれません。 現在は 『紅色の薔薇の芽が伸びて、二尺ほどの高さになった。 若い芽なのでやわらかくて、そこに春の雨が降り注いでいる。 』 というのが多数派の定説なのかもしれませんね〜。 でも、、、 『定説ヲブチヤブレ!』 これは高校時代の日本史のT先生の言葉です。 2007年の大江戸大学の入学式の総長式辞では、 「 私が皆さんに贈るメッセージは、『常識を疑う確かな力』を養ってほしいということです。 常識とは、このように考えこのように振舞うのが当然だと、多くの人々が共有する思考や行動の 型のことです。 社会には多くの常識が存在します。 常識に従って行動することは、1つ1つの局面 ごとにあらゆる事情を勘案して判断するのに比べれば、はるかに楽で便利なのです。 ですから、多 くの人々は常識に従って行動します。 しかし、常識が常に正しいとは限りません。 中には、不合理なこと、事実に反すること、人の 自由を縛ることなども含まれています。 不合理であるのに、権力や権威に誘導されて信じ込まされ ているといったこともあります。 また、かつては合理的だったのに、時代や状況が変化したために 不合理になるということもあります。 しかし、たとえ不合理でも、疑われない常識はそのまま生き 残ってしまいます。 誤った常識を覆すためには、まず常識を疑うことが不可欠なのです。 学問の世界にも常識は存在します。 皆さんが大学に入学して最初に教えられることは、それぞ れの学問分野の基礎や土台となる部分です。 その学問分野のいわば常識に相当します。 そして、学 問発展の歴史は、学問の根底にある常識を疑い、覆し、新たな常識を作り出してきた歴史でもある のです。 」 とうかがいました。 なお、上記の引用はからです。 むーちゃんパパ、これまでは、 「赤い薔薇が二尺伸びて、その薔薇の芽というかつぼみを針にたとえていたのかな?でも、なんか変。 」 と思っていたのです。 今回、スッキリして、 「二尺伸びた薔薇の芽の紅色のやわらかい針がとてもきれいだ!そこに降る春雨もまたやさしく柔らかく降り注いでいる。 」 そういう情景が目に浮かんだのでした。 正岡子規は、どういう種類の薔薇を見ていたのかわかりませんが、 もしかしたら、こういう情景をしっかりと見ていたのかも、、、。 そういう解釈も、あってもいいのでは、と思うのです。 う〜〜む。 謎はすべて解けた!? ここからは、ついでです。 これは、全体。 この薔薇の針ですが、先端部分の15cmぐらいまでは、やわらかい針なのです。 それが、根元に近づいていくにつれてどうなっていくか。。。 これはクリックで拡大します。 右側は若い枝です。 下の方に芽がいくつもついているのが見えますが、果たして「針」でしょうか?? むしろ、左側のトゲは、しっかり「針」? う~む。 薔薇のトゲって、成長するにつれて、尖って大きくなっていくのですね。 「まるで、人間みたい。 」 なんて言われないように、ま~るい人間になっていきたいものです。 これは、FXモードでノートリミング。 そして、DXモードでノートリミングです。 若々しくっていいですね。 (^v^) さあ、ゆっくりゆっくり頑張るのだワン〜。 ゆっくりゆっくり頑張るのだワン〜。 そうそう。 そうなのだワン〜。

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