さあ 行く ん だ その 顔 を 上げ て。 さあ行くんだ その顔を上げて。

さあ行くんだ、その顔を上げて: 音遊館 てくてく日誌 +++鹿児島市のピアノ教室ブログへようこそ!+++

さあ 行く ん だ その 顔 を 上げ て

6月のミニコンに向けて、主催者団体からお知らせが届き、 本番に向けて色々なことが始動する気配が漂う月末です。 今のところ、開催する方向で検討されているとのことですが、中止もありうるとのこと。 リハも直前の1回限りで、本番で用意される座席は、従来の半数以下の20席だそうです。 ちなみに公式チャンネルで、1曲だけ動画配信される予定です。 大きなホールの客席を埋めるのも大変だと思うけれど 逆にものすごく少ない人数制限があっても、それはそれで大変なのかもしれないなあと思う昼下がり。 今回は、皆様にお声をかけるのは控えておこうと思います。 コロナが落ち着いたら、また、いろんな公演のお知らせをさせてくださいね。 さて、なんだかんだで4カ月ぶりの公演なので (自分で企画してイベントをするのはクリスマス会以来かしら…) 感覚が色々と錆びついている気もするのですが、 取り急ぎ、発生した案件を箇条書き。 【週35時間/毎日平均・5時間】を目標 今のところは、こんな具合かな。 改めて考えると、たった30分のステージに、びっくりするほど果てしない労力と時間をつぎ込むんですね…。 まあね。 ちっちゃな子のコンクールだって、たった何十秒かに何カ月もの時間をかけて用意するわけで。 今思うと、そういうことの積み重ねって、 こういう世界で生きていくための練習をしてきたのかもしれないなあ… さて、練習自体は、おおむね計画通り、気分よく進んでいるのですが、 ふんわりと漂う、ちょっとした悩みとしては。 実は、今回のミニコンはコロナ仕様ということで、MCはしない予定だったのです。 するにしても、あらかじめ音声を録音して、外部スピーカーを持ち込んで、曲間で再生しながら演奏しようかな、なんて思ったりもしていて。 曲目解説が必要だったらプログラムに書こうかなあ、とも思っていて そう、なんとなくですが、マスクをして演奏するつもりだったんですね(笑) ところが、届いたお知らせによると 【動画配信で、市民の皆様にメッセージを】という要望が書かれていたので、ちょっぴりびっくり。 「え? 1曲だけしゃべるのって変じゃない…?」 「だとすれば、せめてグループ分けして4〜6回くらいMCしないとダメじゃない?」 と、今更ながら、演奏時間27分ぶんのプログラムを組んだことを後悔しています。 ・どれか1曲を抜くか ・MCを1曲15秒以内にまとめるか ・どこかの曲でちょっとテンポをいじるか ・繰り返しをカットして短縮バージョンで演奏するか………うん。 何か考えなきゃ! 動画配信の希望曲(だけはカット不可だよね、きっと)を何にするかも、まだ決めていないので、 どの曲が 打倒コロナ感 が漂っているのか(笑) 演奏時間の把握や配信の不可を調べたり、 そういうことを吟味しつつ、早いうちに方針を固めねば。 肩の上に漬物石のような重みを感じる日々ですが、なんとか顔を上げて前へ進んでいきたいです。 6月は、教室で毎年恒例のポイントイベントを開催しようかな、と思っていたのですが、 演奏活動のほうの仕事量が増えてくる予感なので、来月開催はちょっと難しそうです。。。 去年みたいに、8月頃の開催でいいかなあ 楽しみにしてくれていたみんな、もうちょっと待っていてほし〜な〜! なんといっても、本番には体調が一番大事 梅雨の時期も体力づくりを欠かさず、身体を壊さないように。 市民の皆様に美味しい音楽をお届けできるように、頑張ります! ツイッター はずいぶん前からお休みしています。 ご了承ください。 14 21 6 1 2 1 12 1 1 1 1 2 5 1 1 1 1 5 2 17 6 8 7 3 12 3 2 9 3 7 11 7 5 4 12 12 13 3 2 6 14 22 15 12 16 18 10 11 9 16 14 7 8 6 5 4 10 20 13 11 16 13 15 1 9 7 14 14 5 12 8 1 17 12 18 17 9 7 14 5 2 5 3 2 15 14 21 22 20 4.

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さあ行くんだ、その顔を上げて。 / 福岡市都市景観賞 WEBマガジン FUBA [フーバ]

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) 新幹線は、ほかの何ものにも代えがたい「独特の立ち位置」を持っていると、 言えるのではないでしょうか!? 「独特の立ち位置」……。 それは、単に「快適でスピーディーな交通手段」としてはもちろんですが、 政治家の皆さんが必死になって頑張っている 「地域づくりのコンテンツ」としてだったり、 開業から数十年を経た今でも、死亡事故ゼロを維持している 「国としてのプライド」だったり。 そして少々強引ですが、 すっごいスピードで街を通り過ぎていく「景観を眺める装置」としても、 これって、独特の存在だよなと思わずにいられません。 新幹線N700系「さくら」。 薄い水色がカッコイイ! なぜに思ってしまったか…。 それは、僕の幼少時代の記憶にあります。 トキは、80年代前半(3歳ころから中学校に入るまでの期間)。 私の夏の決まりごとといえば、 祖母に連れられていく親戚の家までの冒険。 今思えば、未就学児(幼児・乳児)無料という 国鉄の料金設定を巧みに利用した、 うるさい子どもの厄介払いだったのでしょうが、 その後、30年超を経た今でも、鮮やかな記憶として残っていることからも、 ナカムラ少年に与えた影響って、かなりのものがあったのだと思います。 小学校に入学する頃には、 山陽新幹線の駅名をすべて暗記し読み上げていたと、 祖母が生前、よく自慢しておりました(祖母的には、もはや神童です)。 100キロを超えるスピードでビュッと来て、 何分か駅に停まってビュッと立ち去る。 工場がたくさんあるから「徳山」だとか、 山の中に入ったから「岩国」じゃないかとか。 平野になってビルが多いから「広島(岡山も)」だなあとか。 産業やら自然やら、それぞれの土地風土やら。 もちろん、子どもならではの勝手な解釈がほとんどですが、 一瞬で切り替わる景色だからこそ、 眼に映る現実にも、それらの空気感にさえも、 各都市の差異を見つけていたように思います。 唐突ですが、「シムシティ」というゲームがありますが、 その楽しみ方の感覚って、なんだか似ている気がします。 プレイヤーが市長となって、市民が住む街を繁栄させていくシュミレーションゲーム そんな、都市を都市と意識し始める子どもの時代に、 ナカムラ少年の心にグサっと刺さったのが、 まちのど真ん中にデンと鎮座する「お城」の存在です。 極端に言うと、お城がない町なんて眼中にない…。 というくらいに、 最終的には「お城男子」が、出来上がってしまったのでした。 車窓から見えるお城は、 川の向こうだったり、ビルの隙間だったり。 どこのどいつも、一瞬の刹那な出会いなのですが、 なんだか、その町のことが手に取るようにわかったような…。 そんな気がしたものです。 まちを見下ろすように、高いところを走る専用の高速路線。 そして、まちの音を遮断する、高い機密性の窓。 まるで新幹線って、 都市の雑踏を「高みの見物」してるような感じすらあります。 博多を出ると、小倉、岩国、広島、福山、そして姫路。 少年の中で評価すべき都市は、山陽路では上記のとおりです。 ということで、 先日、大阪に出張した際に、 少年時代を思い出して、「お城」を探してみました。 想像とぜんぜん違っていたり、 ビルが増えて見えにくくなっていたり。 当時の神童も、今ではただのオッさんなのですね…。 岩国なんて、行きも帰りも見つけられませんでしたし。 それでは、 見逃さないように。 西から順に行きますよ。

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ゴダイゴの代表曲『銀河鉄道999』 1979年発表の ゴダイゴの代表曲の一つ 『銀河鉄道999』。 映画版『銀河鉄道999』の主題歌です。 宇宙を旅する人気アニメ『銀河鉄道999』 『銀河鉄道999』は言わずと知れた名作SFアニメ。 原作は松本零士。 鉄郎がメーテルと共に銀河鉄道に乗って宇宙を旅する物語です。 ゴダイゴは1975年に結成されたバンド。 1985年に一旦解散していますが、2006年に再結成し活動を続けています。 『ガンダーラ』『モンキー・マジック』『ビューティフル・ネーム』などの大ヒット曲を持つ伝説的存在。 強烈なインパクトを持つラストシーン 『銀河鉄道999』はアニメ史に残る名曲。 それはこの映画を観たほとんどの人が、主題歌がかかるラストシーンの印象を強く覚えているからです。 映画ラストで描かれる鉄郎とメーテルの別れ。 メーテルが999に乗り旅立つ。 鉄郎は 「メーテル!」と叫んで涙を流す。 999が空の彼方に消えた瞬間にこの曲が始まります。 鉄朗に声をかける!? これが希望を感じさせます。 涙を流す鉄郎に「さあ行くんだ」と主題歌が声をかけているんですね。 そしてこれが悲しい別れではなく「新しい風」「ふたたび始まるドラマ」であると言っています。 メーテルはもう思い出の存在だけれど、 遠くで鉄郎のことを思っているだろう。 そういう意味ですね。 そしてメーテルが999に乗る直前に鉄郎に別れのキスをします。 鉄郎にとっては、メーテルとの別れであるのと同時に、少年期との別れでもあることを、このラストの展開は物語っています。 少年から大人になることも含まれているんですね。 これを「別れも愛のひとつ」という言葉で端的に表現しています。 少年から大人へ。 メーテルは「地平線」の彼方に「消え」ていく。 そして鉄郎も別の「地平線」に向かって歩き出す。 その鉄郎の「瞳」は少年から「男」になっている。 少年の成長を表現しています。 「やすらぎよりも 素晴らしいものに」鉄郎は「気づいてしまった」。 ここで観客も「気づく」わけです。 「君」とは鉄郎のことであったのと同時に、映画を観ていた観客のことでもあったことに。 そして映画はもう終わるけれど「新しい」気持ちになって現実に戻れることに。 人生の挑戦を歌う 「君」とは「別れ」や「旅立ち」を経験したことのある全ての人を指しています。 「やすらぎよりも 素晴らしいもの」とは人生の挑戦を歌っているんですね。 慣れた場所を離れどこかへ旅立つこと、新しいことに挑戦すること。 それは困難で、つらいこともあるだろうけれど「やすらぎよりも 素晴らしい」と「君」はもう「気づいて」いるはずだと歌っているわけです。 直訳すると「銀河鉄道999は君を旅に連れていくだろう 終わらない旅へ 星々への旅へ」。 これは「終わらない」人生の「旅」のことでもあります。 だから延々と繰り返しているんですね。 この曲は映画の内容を踏まえているだけでなく、 人生の「旅立ち」への応援歌になっているのです。 だから多くの人に好かれているんですね。 TEXT:改訂木魚(じゃぶけん東京本部).

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