デーヴァ ダッタ かい 適正。 第1章

モンストの超絶デーヴァダッタが勝てません。ボス2までは行けたのですが、その...(2ページ目)

デーヴァ ダッタ かい 適正

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モンストの超絶デーヴァダッタが勝てません。ボス2までは行けたのですが、その...(2ページ目)

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結果はどうでしたか? 勝てていたら当方の回答無視してください 笑。 昨日、何度か試行錯誤で挑戦し、3回だけですが…(下手すぎ)クリア出来ました。 このWアビで使えるのは、アルビダ(ガチャしてないので、持ってない)とチンギス、次点として闇属性のティアラと不動くらいでしょうね。 他の同アビは、SSに難がありが多く、おそらく要らない感じでした。 手持ちだとチンギス、ティアラ、アーサー、おりょう、ヴェルを試した感想です。 クリアPTは、こんな感じでした。 華?ワンパンのハーレーが強い!!、地味に1体将命付いてて良かった。 フレ枠にアルビダがいない時の1回クリアPTがコレです。 華ワンパンのハーレーや多少DWを気を付ければ西郷が最強だと思います。 主さんの場合、正直アーサーが微妙な印象ですね。 ティアラは、華以外ならSS使えますし、防御UPが良い感じです。 お互い、運極目指して頑張りましょう。 不動運極途中でやめてたこと後悔してますよ 笑。

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【モンスト攻略】デーヴァダッタ【超絶】の適正キャラとギミックを紹介

デーヴァ ダッタ かい 適正

『バガヴァッド・ギーター』は、『ギーター・マハートミャ』(ギーターの賛美)に要約されて、すでに多くの人々に読まれている神の科学です。 そしてバガヴァッド・ギーターを読むにあたっては、次のことが必須条件とされています。 1.わからない所はシュリー・クリシュナの献身者に聞きながら、心をこめて綿密に読むこと。 2.個人的見解を加えずに、ありのままを理解するように努めること、この二つです。 一点の曇りもない理解の例は、『バガヴァッド・ギーター』のなかに明示されています。 それは、主なる神から直接に教えを聞いたアルジュナの場合です。 もし誰か幸いにも、ここから代々正統な弟子たちによって伝えられた『バガヴァッド・ギーター』を会得することができたならば、その人はヴェーダの全知識と世界中の全聖典を学習した以上の知恵を持ったことになります。 なぜなら、ギーターの内容には、古今東西の聖典に書いてあることはすべて含まれていて、その上、他のどの聖典にも出ていないことが、至る所にちりばめているからです。 これがギーターの特質で、不滅の権威なのです。 バガヴァーンである主クリシュナが、直接に語られたものだからです。 この地を、ダルマ・クシェートレ(宗教儀式が行われる所)と呼ぶのは、まことに意義が深いでしょう。 このクルクシェートラの戦場において、バガヴァーンがアルジュナの傍らにおられたのです。 アルジュナの敵、クル兄弟の父親、ドリタラーシュトラは、自分の息子たちは勝てないのではないかと、大いに心配していました。 ですから秘書のサンジャヤに質問したのです。 「私の息子たちと、パーンドゥの息子たちの様子はどんな具合かね?」と。 彼は、自分の息子たちと、弟パーンドゥの息子たちが、もうあとにひけない決戦のためクルクシェートラに集結していることをよく知っていました。 それなのに、このような質問をするのは、非常に意味深長です。 いとこ同志が譲歩しあって決戦を避けることは彼は望んでいません。 ですが自分の息子たちの運命を思うと不安でたまらないのです。 その原因は戦場がクルクシェートラだからです。 そこは礼拝の地であるとヴェーダにあります。 人間ばかりか天界の住人にとっても聖なる土地なのです。 そのことが戦争に何か影響を及ぼすのではないかと、ドリタラーシュトラは恐れていたのです。 アルジュナたちパーンドゥ兄弟は、生まれつき徳高く実に善良です。 したがってこの戦場の風は、彼らにとって有利に吹くでしょう。 サンジャヤはヴャーサ聖者の弟子で、師の恵みによって彼は天眼天耳通でした。 つまり居ながらにして遠い戦場の様子が手にとるようにわかったのです。 パーンドゥ兄弟とドリタラーシュトラの息子たちは、祖父を同じくする家族なのですが、ここで、はからずもドリタラーシュトラの心が暴露されています。 彼は自分の息子たちだけをクル家の相続人と決めて、弟パーンドゥの息子たちには王家の財産を分け与えていません。 甥、パーンドゥ兄弟と、伯父ドリタラーシュトラとの関係がどういうものか、容易に想像がつくでしょう。 稲田では、余計な植物はすべてぬき稲だけにします。 まさにそのように、この宗教的土地に宗教の父である主シュリークリシュナが現れて、ふさわしくない植物、つまりドゥルヨーダナを長兄とするドリタラーシュトラの息子たちは根こそぎになり、一方まったく宗教的な人間であるパーンドゥの息子たち、ユディシュティラを長兄とする五人兄弟が主なる神によってその地位が確立安定する。 このような成り行きがはじめから予想できます。 歴史上、、ヴェーダ学上のことは別にしても、これがサンスクリット原文に、ダルマクシェートレー・クルクシェートレー(聖なる地、または正義の行われる地、クルクシェートレーにおいて)と、書いてあるゆえんです。 ドリタラーシュトラ王は生まれついての盲目でした。 その上不幸なことに、彼は心の眼、精神的な眼まで衰えていました。 ですが息子たちが自分と同じように宗教に無知無関心であり、したがって生まれつき信心深いパーンドゥ兄弟を理解し、彼らと妥協することなど、到底出来ないと本能的に知っていたのです。 ただとにかく、自分の子を案じるあまり、戦場の土地柄が心配でした。 秘書のサンジャヤには、王の心理が手にとるようにわかります。 それで彼は、王の気持ちをひきたてて元気付けようと思い、王子ドゥルヨーダナが何か聖地の影響などを受けず、全く敵方と妥協する気などない、ということをまず王に伝えました。 王子は敵の布陣を眺めると直に味方の最高司令官ドローナ軍師のもとにかけつけ、形勢を報告します。 つまり彼はかなりの政治家であった、とも言えるでしょう。 内心を言動に表さないのが、外交にたけた政治家の本領なのに、パーンドゥ方の布陣を見た彼は心中の恐怖を隠し抑えることができませんでした。 生まれつきかけひきのうまいドゥルヨーダナは、偉大なブラーフマナの司令官ドローナの誤りを指摘したかった。 かつてのドローナとドルパダ王との間に政治的紛争がありました。 ドルパダ王はアルジュナの妻、ドラウパディーの父親です。 この争いの結果、ドルパダは非常な苦行をして、神々を供養しました。 そのおかげとして、彼はドローナを殺すことのできる息子を授かりました。 ドローナはそれをよく知っていました。 ですがそのドルパダの息子、ドリシュタデュムナが彼の門下生となった時、惜しみなく兵法の技術や秘伝を教えました。 それほどドローナは公平無私なブラーフマナなのです。 いま、クルクシェートラの戦場において、ドリシュタデュムナはパーンドゥ方に味方し、ドローナに教わった兵法を生かして、堅牢無比の見事な軍人をしいています。 いずれ自分の敵になることがわかっている人間に気前よく兵法を教えたドローナの過ちを指摘して、ドゥルヨーダナは軍師に向かい、用心警戒を怠らぬようにと申し入れます。 かさねてドローナの愛弟子であるパーンドゥ兄弟、殊に最も優秀な学生だったアルジュナに対して、戦闘に際し手心を加えないようにと、念を押しました。 この戦争で優しい気持ちなど起こしたら、それこそ味方の破滅です、と彼は強調します。 ここでドゥルヨーダナは、両軍の強さを比較しています。 彼は味方の軍勢の強さは計り知れないと思ってます。 全インドで最も経験豊かな将軍、ビーシュマが指揮をとっているからです。 一方パーンドゥ軍は経験においてははるかに劣るビーマが、指揮をとっています。 ビーシュマの前では吹けば飛ぶような存在だ、と彼は思っています。 ですが彼は以前からビーマに対して嫉妬と警戒心を抱いており、もし自分が死ぬ場合は必ずビーマによって息の根を止められるのだという、確信のようなものを持っていました。 また同時にビーシュマがついている限り、絶対に負けない、と信じ切ってもいました。 とにかくビーシュマはビーマとは比べ物にならぬほど、あらゆる点で優れているのですから。 結局この戦いには必ず勝つ。 武勇においても軍略においてもk、最高指揮官としてのビーシュマがいかにすぐれているか、これをたたえた後で、他の人たちが「では自分はさほど重要ではないのかな?」思わせないために、ドゥルヨーダナはいつもの外交的辞令を用いたのです。 ビーシュマは疑いもなく天下無双の英雄ですが、何分にもお年を召しているので、各将がそれぞれの持ち場から全面的にこの老元帥を保護し補佐して下さいと励ましています。 ビーシュマ祖父は戦闘に加わるかもしれない。 敵はその隙を狙ってくるでしょう。 そこで大事なのは、敵に陣形を崩されないよう、各自の持ち場を守っていただくことです。 ドゥルヨーダナは、ビーシュマがついていればこそ、クル方は勝つことができるのだと、はっきり自覚していました。 この戦争で、彼はビーシュマとドローナが百パーセント自分を支持してくれているものと確信しています。 なぜかと言えば、先年、王族将軍たちが大勢集まった席で、アルジュナの妻ドラウパディに自分たちが恥をかかせたとき、この二人は彼女の悲痛な訴えに対して一言も返事しなかったではないか。 この二人の英雄がパーンドゥ兄弟に対してある種の愛情を持っていることは彼もよく知っていますが、この際、そんな愛情や同情は一切ふりすてて戦場に臨んだものと、ドゥルヨーダナは希望的観測をしています。 ビーシュマの吹いたほら貝は普通のものだが、クリシュナとアルジュナが持っているほら貝は、並のものではない。 神秘的、超越的なものがある。 このほら貝が鳴ると、敵対者には勝利の希望は皆無だ、ということを示す。 ほかならぬクリシュナが、パーンドゥ兄弟についているのだから……。 勝利は常にパーンドゥ兄弟のごとく、主なるクリシュナとともにある者の上にあり。 主クリシュナが在す(おわす)ところ、必ず幸運の女神あり。 ヴィシュヌ、あるいは主クリシュナによってだされたほら貝の音は、アルジュナに勝利と幸運を約束している。 この節では主クリシュナをフリシーケーシャという名で呼んでいます。 すべての感覚は彼のもの、彼に属しているからです。 生物はそれぞれに神の一部分ですから、生物の感覚もまた、神の感覚の一部分です。 マーヤーヴァーディー(絶対真理が人であることを認めない人たち)は、生物の感覚について説明できないものだから、常に「生物には感覚がないのだ。 個我はないのだ」と言いたがります。 とんでもない。 あらゆる生物のハートには主なる神がいて、彼らの感覚を、管理しておられます。 ですが一般の場合はそれぞれの生物に任せていますが、神を信じ愛している者に対しては、その感覚を、神自ら直接に指導し支配します。 このクルクシェートラの戦場において、主は直接にアルジュナの感覚を支配しますので、この特殊な別名フリシーケーシャを用いています。 主クリシュナは、地球に来られてからのさまざまな活動によって、いろいろな名前、愛称、別称で呼ばれます。 例えばマドゥスーダナ・・・マドゥという名の悪魔を滅ぼしたからゴーヴィンダ・・・牛と感覚を喜ばせる者ヴァースデーヴァ・・・ヴァスデーヴァの息子として生まれたのでヴァスデーヴァの息子デーヴァキーナンダナ・・・デーヴァキーを母として受けたヤショダーナンダナ・・・子供時代、ヴリンダーヴァンでヤショーダーを養母として、遊び戯れたパールタサラティ・・・プリターの子、友アルジュナの御者として、戦場で働いたフリシーケーシャ・・・クルクシェートラの戦場で、アルジュナを指導した アルジュナもここではダナンジャヤという別名で表されているが、これは、彼が兄王がさまざまな供犠を執り行った際に財物を用意して助けた、というところからきた愛称です。 同じくビーマもヴリコーダラになっていますが、これは彼が悪魔ヒディンバを殺すという怪力が出せるほど、ものを沢山食べることができたのがその名の由来です。 こうして、パーンドゥ方では、主クリシュナから始まって、兄弟一人一人がそれぞれ特徴のあるタイプのほら貝を朗々と吹き鳴らしました。 これによって将兵は大いに元気づけられました。 ところが相手方には、そうした頼りがいのある人もなく、まして主クリシュナ、至高の指導者がついていません。 したがって幸運の女神もついていません。 ゆえにパーンドゥ方の敵は負けるに決まっている、このことをほら貝の響きは高らかに告げていました。 これまでの叙述で、主クリシュナから直接に訓令を受けているパーンドゥ兄弟の思いがけない軍事力を知って、ドリタラーシュトラの息子たちが、すでになんとなく意気阻喪していることがわかります。 この節で言っているように、アルジュナの軍旗に描かれている紋章は、ハヌマーンです。 これがまた、勝利の印です。 なぜかといえばラーマ対ラーヴァナ戦のとき、ハヌマーンは主ラーマに協力し、ついに主ラーマは勝利を得たからです。 そして今や、ラーマとハヌマーンは、アルジュナを助けるために彼の戦車に乗っています。 主クリシュナはラーマそのかたであり、主ラーマのあるところには必ず、主の永遠の従者ハヌマーンと主の永遠の妻シーター、幸運の女神もまたあるのです。 したがってアルジュナはいかなる敵をも恐れる必要はありません。 そしてとりわけ感覚の支配者である主クリシュナが自ら現れて彼に指示を与えて下さるのです。 戦争遂行にあたってアルジュナは、あらゆるよき助言の数々を思うさま用いられます。 主なる神は主の永遠の献身者のためにこれほどめでたい条件を用意して勝利を約束して下さったのです。 神を信じ愛しているものたちに向かって、決して間違いなく最上の方法で愛情を注いで下さいます。 だからここで、常に誤りなく正しい方、と呼んでいるのです。 御者の役目をかって出ているので、アルジュナの要求どおりに戦車を動かさなくてはいけません。 この点においてもご自分の意見をはさまずに、ためらいなくアルジュナの言うとおりになさいます。 この意味でも、決して誤りのない方、なのです。 献身者の御者としての役目を引き受けたからには、御者になりきっています。 ですが、どんな環境にあっても、あくまで彼はバガヴァーンであり、あらゆる感覚の主人公フリシーケーシャなのです。 主と主の従者との関係は、まことに甘く、また超越的、神秘的なものです。 従者は常に主への奉仕を心がけています。 そして同時同様に、主なる神もまた、つねに献身者へサービスする機会を探していらっしゃいます。 要求し命令する立場より、純粋な献身者たちに頼られて、彼らが万事好都合になるのをみるほうが,主にとってはずっと楽しい。 あらゆるものの主人公だから、すべてのものは自分の命令下にある。 彼の上にいて彼に命令するものの主人公だから、すべてのものは自分の命令下にあります。 彼の上にいて彼に命令するものはいません。 ですが神は純粋な献身者が自分に何か頼んでいるのを知ると超越的な楽しみをあじわうのです。 この節でアルジュナはグダケーシャと呼ばれています。 グダーカーとは、眠りのこと、眠りを克服した人をグダーケーシャと呼びます。 眠りはまた、無知という意味を持っています。 つまり、アルジュナはクリシュナとの友人関係によって、眠りと無知の両方を克服したのです。 クリシュナの偉大な献身者として、彼は一瞬の間もクリシュナを忘れていることはできません。 それが献身者というものの本領だからです。 寝てもさめてもクリシュナの献身者はクリシュナの名と姿と資性能力と遊戯を想っています。 こうしてクリシュナを常に想うことによって、クリシュナの献身者は眠りと無知を二つともに征服することができます。 このことをクリシュナ意識、またはサマーティといいます。 各生物の感覚と心を監督するフリシーケーシャとして、クリシュナはアルジュナの頼み、両軍の中央に駒を進める意図がよく理解できました。 だから彼の言うとおりにしてから次のように言われました。 あらゆる生物のスーパーソウルとしての主クリシュナはアルジュナの心の動きをおみとおしです。 ここでフリシーケーシャという称号をつかうのは、神はすべての事物を知り給う、ことを示すためです。 それからプリターの子、これにも深い意味があります。 アルジュナはクリシュナの父ヴァスデーヴァの姉であるプリター(クンティーの別名)が生んだ子供です。 アルジュナの御者を引き受けたのには、このことも理由の一つだということを友としてアルジュナに知ってほしい、だからプリターの子よ、と呼ばれたのです。 さてアルジュナはクル方の陣を見てどうするつもりだったのか、そこにとどまって戦わないつもりだったのでしょうか?クリシュナは伯母プリターの息子ともあろうものが、決してそんなぶざまなことはしないと確信されています。 アルジュナの心の変化は主のこの親しげな冗談によって予言されています。 ところが高い教育を受け様々な教養を身につけて、外見は実に立派な人物のように見えても、献身者でない人は、人間として最も大切なもの、精神的な性質に欠けています。 自分の肉親や親戚の人たち、また多勢の友人たちがこの戦場に集まってお互い同士で戦おうとしている情景を見て、アルジュナの胸は悲しさ情けなさで張り裂けそうになりました。 自分の部下たちについてははじめから気の毒に思っていましたが、彼は敵方の将兵に対しても同情しています。 かわいそうに彼らはまもなく死ぬのだ、親も妻子もいるだろうに、、、。 それで彼の手足はガタガタふるえ、口はカラカラになりました。 それに敵も味方も戦意に燃えている、このことにも彼は少なからず驚いてしまいました。 実際に同族が、アルジュナと血がつながっている人々が、彼と戦うために出てきています。 これはアルジュナのような親切な献身者にとってあまりのことでした。 ここには書いてませんが、手足がふるえ口が渇いただけではなく、おそらく彼は悲痛な叫び声をあげたことでしょう。 このような症状はアルジュナが弱いからではなく、優しい心、おもいやりの心を持っている証拠です。 神の純真な献身者が持つ特性の一つです。 ゆえにこう言われています。 精神的苦痛のためにアルジュナは立っていることもできなくなり、心の弱さのために正気を失いそうになりました。 物質的なものに対する過度の執着で、人間はこんなふうになります。 恐怖と精神の平静を失うことは物質的、外面的なことに気を使いすぎる人に起こります。 アルジュナは戦場での苦い不運ばかりを心に思い描いていました。 敵に打ち勝って勝利を得ても幸福にはなれないだろうと。 ここでニミッターニ・ヴィパリーターニという言葉は重要です。 人間は物事が自分の期待通りに運ばないというだけで、すぐ意気消沈したり生きがいをなくしたりします。 なぜ私はここにいるのだろうと考えます。 人はだれでも、自分と自分自身の幸福には関心をもっています。 が誰もスーパーソウルであるクリシュナには関心を持ちません。 アルジュナは主の意思によって真実の自利について無知であることを露呈しています。 真実の自利はヴィシュヌ、すなわちクリシュナに在る。 制約された魂は、この真理を忘れているから、肉体上の生老病死や障害に悩み苦しむのです。 真実の自利、自分の利益、幸福はヴィシュヌ(すなわちクリシュナ)にあります。 このことを知らない制約された魂は、血縁関係に執着し縛られます。 その状態の中での幸福を求めます。 そのことばかりに重みをおく結果、より快適なより豊かな環境の源をも忘れてしまう人もいる。 アルジュナは戦士としての道徳律まで忘れてしまいました。 次の2種類の人たち、クリシュナ自身の指示の下で戦場で勇ましく戦って討ち死にした軍人、世間を捨ててただ精神的な修養や研究に没頭した人々が死ぬと、太陽星界に行く、といわれています。 そこは強烈な目もくらむようなまばゆい世界です。 アルジュナは自分の親類はおろか敵さえ殺すに忍びない。 血縁の者を殺したりしたら、自分の人生にはもうひとかけらの幸福もなくなるのだ、と思いました。 だから戦いなくない。 腹の空いていない人が食事の準備をする気にならないのと同じことです。 今や彼はすべてを投げ出して、森へ入って隠棲しようと決心しました。 クシャトリヤとして彼は生活のために自分の領土を必要とします。 なぜならクシャトリヤは他の職業につくことを禁じられているからです。 しかし現在、彼は領地を持っていません。 唯一つ、それを獲る方法はいまここで従兄弟たちと戦って、彼が父から正統に相続した領地を取り戻すことなのです。 ですが殺し合いはしたくない。 それで彼は考えました。 自分は軍人でいるより、森へ行って瞑想して暮らすのに適した人間なのだ、と。 主は、牛と、生物すべての感覚にとって、実に歓喜の対象だからです。 この意味を持つ呼び名を使うことによって、アルジュナはどうすれば自分の気持ちが安まり、満足するかを、クリシュナに理解してほしかったのです。 ゴーヴィンダの方から私たちの感覚を楽しませるつもりはないが、私たちがゴーヴィンダを満足させようと努めたならば、自動的に気持ちが安まり、楽しくなります。 誰しも五官の楽しみは大いに歓迎するところ、そしてこちらの注文どおりに神様がそれを供給してくれることを望みます。 けれども主は、生物各自の分に応じただけのものを供給するのであって、決して欲しがるだけ与えはしません。 ところがこの反対の方法を用いると、その人自身が満足しようと思わずに、ゴーヴィンダを楽しませようと努めたならば、ゴーヴィンダの恩恵によって、その人の望みはすべてかなうのです。 仲間や周囲の人々、家族の一人ひとりにアルジュナがどれほど愛情を持っていたか、ここによく表れています。 だから戦う気になれない。 富裕であれば、その豊かさを友人や親類の人々に見せたいのが、人情というものです。 戦争に勝って莫大な財物を手に入れても、ここで親類や友人たちが戦死してしまったら、それをみせることも分け与えることもできないではないか、とアルジュナは思いました。 これが、物質的生活における典型的な計算、考え方です。 しかし物質を超えた世界では、こんな計算は通用しません。 在る献身者が主のお望みを満たしたいと切望し、主がそれをお認めになれば、その人はあらゆる種類の物質的精神的な便宜を主への奉仕のためにいとも豊かに享受することができます。 またもし、主がその必要をお認めにならなければ、その人は何一つうけることはできません。 アルジュナは自分の親類縁者を殺したくない、もしどうしても殺す必要があるのならクリシュナに殺していただきたい、と願っていました。 この時点では、彼は知りませんでした。 戦場で死ぬことになる人々は、すでにここへ来る前にクリシュナによって殺されている、アルジュナはただクリシュナの道具になるだけである、ということを。 この事実はギーターを読んでいくうちに明らかになります。 生まれつき信心深いアルジュナとしては、邪悪な従兄弟たちに仕返しをする気はありませんでした。 しかし、ここでドゥルヨーダナ兄弟を皆殺しにすることが、主の計画だったのです。 主の献身者に対して悪意をもってなしたことは、どんな小さなことでも、主はお見逃しなく、罰を下します。 主はご自分に対してなされたことなら、場合によっては大目に見て下さいますが、ご自分の献身者に対して害を行った者は、決してお許しになりません。 ゆえにアルジュナが彼らを赦したくても主はあの邪悪な者どもを断じて全滅なさるのです。 毒を盛った者、 2. 家に火をつけた者、 3. 致命的な武器で攻撃してきた者、 4. 財物を略奪する者、 5. 他人の土地を占領する者、 6. 妻を誘拐した者。 以上の侵略者は、直ちに殺すべし。 殺しても何の罪にも問われない。 ただし、これは普通一般の人々の間のことです。 世間並みの俗人の場合です。 アルジュナは高徳な聖人のごとき性格でした。 ですから相手に対しても、徳をもって扱いたい。 しかし、クシャトリヤ(政治家、武士階級)に「聖徳」は要求されていません。 一国の責任ある為政者は、臆病であってはなりません。 もちろん、慈悲深く言行も立派であるのが理想ですが、、、。 例えば、主ラーマの徳政を慕って、当時の人々はみなラーマ(ラーマ・ラージャ)の国に住みたがりました。 ですが主ラーマは決して臆病ではありませんでした。 侵略者ラーヴァナが主ラーマの妃、シーターを誘拐すると、主ラーマは前代未聞の厳格な訓戒を彼に与えました。 とはいえ、アルジュナの場合は、あまりにも特殊な状況なので同情の余地はあるでしょう。 つまり、祖父、師、友人たち、息子たち、孫たちが、互いに殺しあわなければならない戦場でした。 普通の侵略者たちに対するようなわけにはいきません。 その上、徳のある人は、他人を赦すのが常識のように思われています。 アルジュナのような気高い性格の人物にとって、前記の戒告命令は、どんな政治的非常事態よりも荷が重いのです。 彼は考えました。 政治的理由で血縁の者たちを殺すより、宗教的見地から彼らをゆるした方がいい、と。 こんな殺人業務は、はかない肉体的な幸、不幸に係わっているにすぎない。 たとえその仕事から、領土と財宝を得て、栄華を楽しむことが出来たとしても、そんなものはごく一時的なことです。 そんなつまらぬもののために肉親縁者を殺し、自分の命と永遠の幸福とを賭ける必要があるだろうか、と彼は考えました。 ここでアルジュナは、クリシュナのことをマーダヴァ、または幸運の女神(ラクシュミー)の夫と呼んでいますが、これもまた、この場に深い関係があります。 彼はクリシュナがラクシュミーの夫であることを指摘して注意をうながし結局は不幸になるような事件に自分を誘い込むべきではないと、言いたいのです。 しかしクリシュナは決してだれをも不幸になどしません。 特に自分を信じ愛している献身者を。 そうした取り決めがある以上、アルジュナは戦わないわけには行きません。 なぜなら彼はドゥルヨーダナ一族に挑戦されたのですから。 しかしこの点についてはドゥルヨーダナのとりまき以外の連中は詳しい事情を知らないのではないか、とアルジュナは考えていました。 ですが、悲惨な結末になることは彼の目に見えているから、この挑戦を受けることはできません。 その趣旨と結果が善である場合、人は義務や規則に従わなければいけませんが、そうでない場合はしたがう必要はない、といろいろ思い巡らした末にアルジュナは戦わないことに決めたのです。 祖先の霊に、定期的に水や食べ物を供えること、これは功徳の多い行事であると、諸処の宗規で定められています。 供物はまずヴィシュヌに供えて礼拝し、それから祖霊に供えます。 なぜなら、ヴィシュヌに供えた食べ物のお下がりを食べるとその人はあらゆる種類の罪深い言行から赦免されるからです。 祖先たちは様々なタイプの悪業の報いを受けて苦しんでいるかもしれません。 また場合によっては、立派に生まれ変わって通常の肉体を得ることができず、幽霊の状態でふらふらしている人もいるかもしれません。 そこへ、ヴィシュヌのプラサーダムを子孫が供えると祖先たちは望ましくない状態から解放されて楽になるのです。 こうした祖先供養は、家の慣習の一つになっていて、至上者の献身者でない人々は、この行事を必ずしなければなりません。 ですが至上主に服従した生活を送っている人は、そういうことはしなくていいのです。 献身奉仕そのものが、幾百千の先祖たちを苦しみから救い、向上させることができるからです。 シュリーマド・バーガヴァタム(11.5. 41)には次のように述べられています。 私の主張は私個人の意見ではなく、その筋の権威者から聞いたことに基づいている、とアルジュナは言っています。 その道の権威者から学ぶこと、これが正しい知識を得る方法です。 その知識についてはすでに徹底的に学びつくした権威者であると自他共に認めた正しい人の助力なしには、本当に知識を身につけることはできません。 死ぬ前に、今生で犯した罪業を洗い清める儀式を行わなければならない、というきまりがヴァルナーシュラマの体系のなかにあります。 いつも罪深い行いばかりしていたような人は、この規則に従わないと、つまり、プラーヤシュチッタ、と称する洗条式を行わないと、死んだあと必ず地獄に送り込まれ、悲惨な生活をすることになっています。

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