パン が なけれ ば お 菓子 を 食べれ ば いい じゃ ない 英語。 パンがなければご飯を食べればいいじゃない!

ケーキを食べればいいじゃない

パン が なけれ ば お 菓子 を 食べれ ば いい じゃ ない 英語

教えてください。 マリーアントワネットが、「パンがなければお菓子を食べたらいかが?」 という有名なせりふを残しましたが(実際にはアントワネットはこのような発言はしていないようですが、それはおいておいて。 )これは原文のフランス語ではどんなせりふなのでしょうか、または英語ではどのように訳されているのでしょうか? 前に、マークトゥエインの「サンフランシスコの夏は世界で一番寒い冬だ」をそのまま訳してアメリカ人に話したら、ニュアンスは伝わるけど、彼の文章ではないと指摘されました。 (原文は覚えていませんが) 意訳はとてもわかりやすいけれど、逆に原文を知らないと引用ができないので困っています。 ナポレオンの「我輩の辞書には不可能という文字はない」 も、原文は Impossible est ne pas France. みたいな感じですよね? フランス語ができないので、間違えはお許しを。 ) 来年の海外用のNewYearsCardに書きたいので是非、教えてください。 インターネットで調べましたが結局わからずじまいでしたので、知識人が集まるここに問い合わせをすることにしました。 フランス語は否定が先にきます。 英語とは逆です。 またFranceは英語ですね。 英語とフランス語は、それほど遠くない言語ですが、 前後や位置が変わるので厄介ですよね。 あと名言を使う際の注意ですが、日本で有名なものが 海外でも有名とは限りませんし、その逆もありますから 説明を足すことは不可欠です。 変な意味に誤解されますよ。 だから逆に言えば、原文がわからないときは、 いっそのこと相手も知らない日本の格言を自分なりに訳して 日本ではこう言うみたいな文章にしたほうが、 向こうとしても納得しやすいかもしれません。 誤解されて伝わったわけですから、誤解された厳しい口調が有名なセリフです。 真意に戻すとダメです。 また英語に直訳すると、 「If they have no bread, then let them eat cake」となります。 ただし! 英訳の場合は必ずしも定訳があるわけではないので むしろ日本語の訳文同様に、自由に作っていいのです。 それはさらに言えば、この言葉だけでは意味が通らないことも意味しているので さっきも言ったようにマリー・アントワネットがこうこういったという 説明なしには書けませんし、多分通じませんから注意してください。 A ベストアンサー こんばんは。 アンワネットが言い放った「迷言」として、後世まで語り継がれていますが、実際は違うらしいです。 彼女の驕慢・華美な生活ぶりはあまりにも有名ですが それを誇張したものだと言われています。 それと、死刑の前夜、一夜にして彼女の髪が白髪になったというエピソードもありますが、医学的にはそんなことあり得ないそうです。 いろんな意味で有名な人物には、そういった伝説(デマ?)は付き物なのでしょうね。 余談ですが、キリストが誕生する直前に、大きな光り輝く星が、3人の博士を導いたというのもありますが、天文学者ケプラーによると、キリスト生誕の年 (諸説ありますが)あたりに、惑星の大接近があったと。 それが、上述した星であり、その天体現象があった年(紀元前7年?)がキリスト生誕の年ではないかとケプラーは提唱しています。

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パンがなければお菓子をたべたらいかが?の英語訳

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美味しい方のバナナは、上手に熟し、乾燥し、無事にとっても美味しく蒸し上がりました。 写真は蒸し立てほやほや。 真っ白いバナナが真っ赤っか。 ところが二種類あるうちの もう一種類はやはり上手にできません。 どうやらもう一種は 石のようなバナナ(クワイヒン)とこちらで呼ばているようで、乾燥させたらその名の通り硬くなってしまいました。 まさに石のごとく。 青いバナナじゃないですよ! 黄色い熟れたバナナがカッチカチ。 「まさかこんなに硬くなるとは・・・このままでは食べれないなぁ〜」 と、さすがに断念しようとした時 ピーーーーーン と音がなりました。 「小麦がないなら、バナナを粉にしちゃえばいいじゃない」 逆にここまで硬くなってくれると、粉にしやすいってものです。 早速ソイソイタムタム(スライスして叩いて)してから粉砕マシーンに投入。 (粉砕マシーンというかただのフードプロセッサー。 しかもラオスに売ってる超安物なのでパワーは無いしいい加減なもの) ぼっこいマシーンがウィーーーーン!ガダンガタン!と唸りをあげます。 「あぁ、まともなの欲しい・・・」 と思いつつ、ウィー〜ーンガタンゴトンを繰り返し無事にバナナ粉完成!(回しすぎてちょっと熱を持ってしまったじゃないか!) ともあれ完成したので早速試食。 甘くてグルテンフリーな美味しい粉! 最初に言います。 これ結構美味しいです。 グルテンフリーだし、小麦アレルギー関係ないし。 砂糖入れなくても甘いし。 甘いの控えてるのにそれでも食べたい!って方にも特におすすめ。 まずはベースの味を確認したいので、 バナナ粉・米粉・ベーキングパウダーを混ぜて焼いただけのシンプルなもの。 砂糖を入れなくても自然の甘さが美味しい! 私はパンケーキとか基本食べないのですが、しっとり感もあり、これなら美味しくいただけます。 クレープのベースとかでも面白いかもしれません。 今でも一部で青バナナの粉が売っているようですが、これは 熟したバナナを使っているので甘いんです。 偶然生まれた産物ですが、とってもいいものができました。 またできるか分かりませんがこれも日本に紹介したいなぁ。 でもしばらくは色々実験してみます。 (その前にまともな粉砕マシーンを手に入れろよ!) ちなみにネギ焼きをバナナ粉だけで作ってみたのですが、もっちり感と食感は良かったのですが、この場合はやはり甘みが少し邪魔でした。 特におつまみ感覚で食べたかったので。 これはやっぱり米粉とキャッサバ澱粉で代用がベストかなぁ。 そんなわけで、知らぬが故に手に入れてしまった石のバナナ。 失敗かな? と思ったその先には 思いもよらない発見が待っていました。 こんなの作ってみたら?なんて アイデアあれば是非コメントください! (材料がほぼ無いので作れるかどうか?は別ですが).

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誤解!?『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』とのマリーアントワネットの発言について。

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【目次】• パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの元ネタ 「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はフランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットが言ったとされている言葉であるが、実際には マリー・アントワネットが言ったとされる記録は残っていない。 この言葉は18世紀のフランスの哲学者 ジャン=ジャック・ルソーが出版した自伝書『 告白』の第6巻に掲載されている、ある話が元ネタになっているとされる。 ルソーの『告白』によると、ルソーはワインを飲むためにパンを探したが見つからず、その時、家臣から「農民にはパンがございません」と言われ、「 それならブリオッシュ(菓子パン)を食べるがよい」と答えた大公夫人の話を思い出したという。 マリー・アントワネットは1755年生まれ、この話は1740年ごろなので、この大公夫人は マリー・アントワネットであるはずがない。 また、『告白』の6巻は1765年に書かれたもので、1764年ならマリー・アントワネットは当時9歳か10歳、フランス王妃として嫁いだのは14歳の時なので、このことからも マリー・アントワネットの発言でないことがわかる。 マリー・アントワネットはオーストリアのウイーン出身で、フランス王太子妃として嫁いできた時には国民から歓迎されていたが、首飾り事件(かたり詐欺が起きた事件)の被害者側であるはずのマリー・アントワネットの陰謀であるという噂が広まり国民から嫌われるようになったり、浪費家であったことから貧困にあえぐ国民から反感を買っていた。 その後、王政への不満が爆発する形でフランス革命が起き、マリー・アントワネットは処刑されることとなった。 当時、小麦の価格の高騰によってパンの価格が上昇し、国民は貧困にあえいでいた。 その際、マリー・アントワネットが「それならブリオッシュを食べれば良い」と発言したとされるが、そのような記録はこれまで見つかっていない。 マリー・アントワネットが浪費家であったのは事実のようで、浪費家の象徴としても語られることが多いマリー・アントワネットのイメージと、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」といういかにも贅沢を知っている人物が発しそうな言葉が結びつき、誤った認識で広まったと考えられる。 いつごろマリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったというデマが広まったのかは分からないが、一旦広まったデマは修正するのが容易ではない。 それが歴史上の人物ならなおさらで、本人が否定しようがない。 いつの時代もデマというのは怖いもの…。 歴史上の本人言ってない名言 歴史上の人物はしばしば本人が言っていないのにあたかも本人発信の言葉として語られる言葉が数多く存在する。 たとえば以下の言葉は、実際は本人は言っていなかったり、原文からの解釈が違っていたりする。 では賢者と愚者の違いはなんなのか?それは勉強したか、勉強しなかったかの違いにある、と説いた文である。 この本のタイトル『学問のすゝめ』を考えてみると、なるほどと納得する。 この一文だけ引用すると確かに平等を表す言葉であるが、一般的に解釈されているこの言葉の意味と真逆で、平等でないからこそ努力をして学を身につけるべきであると説いている。

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