広い海を今日も進む。 地球温暖化が進むとどうなる?その影響は? |WWFジャパン

広い海を今日も進む 信じた思いが旗を掲げて まだ知らな

広い海を今日も進む

【この記事の目次】• はじめに ライカ。 初めてその名前を聞いたのは、写真家に憧れていた20代前半の頃だったと思う。 ロバート・キャパが戦場で撮影した写真を見た時、それを撮ったのがライカというカメラだと知った。 それから古いフィルムカメラに興味を持ち、銀座の中古カメラ屋さんを、目をまんまるに輝かせて歩き回った記憶がある。 かっこよくて、高くて、名作をバンバン生み出し、世界の著名人がこぞって愛する、すごいカメラ。 そんな何だか抽象的な言葉の羅列でライカというカメラをモワモワと想像していたのだけれども、いつの日からか、ライカは憧れの象徴として私の心の真ん中にある。 ズトンと、ある。 ライカで写真を撮りたい。 ライカを持って旅をしたい。 そうずっと思っていた。 そんな私に2020年春、嬉しい知らせが舞い込んだ。 ライカを持って旅に出るというお仕事が決まったのだ。 しかも、連載。 それならば、旅先でカレーを食べて撮ってくるのはどうですかと提案すると即OKをいただいた。 最終的に、毎回異なるライカカメラとレンズを持って、電車に乗って気になる駅で降り、ライカで写真を撮り、カレーを食べて帰ってくるという内容に決まった。 ライカに憧れ、カレーが大好きな私には、たまらなく嬉しい時間になる…に違いない。 ああ、神様ありがとうございます。 深く感謝。 でも、ライカについては初心者。 初めてのことだらけ。 知らないことだらけ。 記事を書くというのはとても緊張する。 毎回、少しずつ学んで行けたらと思う。 これを読んで下さっているライカに興味がある皆さん、ライカに興味はあるけれどまだ手にしたことがない皆さんなどなど、ぜひ私と一緒に学びを深めていきましょう。 今回は、連載第一回目。 伊豆半島へ。 春の始まりを感じる、3月。 では、いざ旅へ。 ライカM10+ズマリット M f2. レンズはズマリットMf2. ボディの見た目は、スレンダー。 他のフルサイズミラーレス一眼に比べてぐっと薄く小さい印象。 持った感じは、見た目より重い。 手にずっしりとくる感覚。 調べてみると、ライカ M10のボディは高強度なマグネシウム合金製のフルメタル、トップカバーとベースプレートは無垢の真鍮から削り出されているそう。 ボディ重量660g。 実は、私はズマリットと名の付くライカのレンズを1本持っている。 現行で発売されているフルサイズのミラーレス一眼につけて撮影している。 だから、ズマリットという名前にはとても馴染みがあるのだけれど、名前の由来は知らない。 調べてみると、ズマリットとは、ライカのレンズ群のうちのF1. 5~F2. 5のレンズの名称を言うのだと知る。 その他、ズミルックスはF1. 4、ズミクロンはF2、エルマリートはF2. 8など、それぞれにつけられた名称がある。 名称をまとめてみると、 ・ズミルックス:F1. 4 ・ズミクロン:F2 ・エルマリート:F2. 8 ・ズマリット:F1. 5~F2. 5 ・エルマー:F2. 8~ など となる。 ふむふむ。 F値によってレンズの名前があるなんて面白いなあと思う。 旅に出る前に家で撮ってみたくなり、モノクロームに設定してシャッターを切る。 ゆっくりとした重みのあるシャッター音。 一枚一枚が力強く切り撮られていく感じ。 撮った写真を見てみる。 なるほど。 柔らかくも、力強くも自由自在。 JPEG設定からモノクロまたはカラーをセレクトでき、さらに、コントラスト・シャープネス・彩度 (カラーの時のみ)の設定で、柔らかくも、力強くも表現は自由にできる。 特にこのズマリットは、コントラストに優れた描写が強みなのだそう。 さあ、準備は出来た。 行こう。 今日の伊豆半島は、晴れの予定。 何故伊豆半島に行くのを決めたかと言うと、大きな青い空と広い海が見たいと思ったから。 東海道線、伊東線に乗ってとことこと お気に入りのカメラリュックにライカを入れ、JR二宮駅から東海道線に乗り込む。 まずは熱海へ。 リュックがいつもより軽い。 ライカ一台とズマリット、それと、小さいカメラが一台だけなのでとても軽い。 いつもはついついレンズを入れ過ぎてしまったりするから。 リュックが軽いというのは何だか心がスカッとして気分がいい。 そして、ライカを持っているというだけで、少し背筋がピンと伸びている気がする。 車窓に海が見えてくる。 最初は立っている人もいたけれど、一駅ごとに人が少なくなってゆく。 どんどんゆったりとした空気になってゆく。 熱海駅で伊東線の伊豆急下田行に乗り込む。 進むごとにさらに人が少なくなっていく。 車窓には、海と温泉街の景色が流れてゆく。 モクモクと蒸気が上がっている。 温泉街がこんなに近くにあるなんて。 のんびりだなあ。 ゆっくりだなあ。 のどかだなあ。 レンジファインダーとは、はてさて。 まず、ミラーレス一眼の電子ビューファインダーや、一眼レフの光学ファインダーとは異なるものであるということ。 ライカ M10のファインダーはガラス製で、覗くとガラスの向こう側の実際の景色がそのまま透けて見える。 それは、レンズがとらえている景色とは別のもの。 ファインダーを通して目で見ている景色と、レンズが捉えている景色は、光を通している穴が違うと言うこと。 そして、ファインダーの中を覗くと真ん中に小さな四角が見える。 よく見ると、その四角の中には二重にずれた画像が見える。 レンズの距離計を調整し、二重になっている像をぴったりと重ね合わせると、ピントが合った写真を撮ることが出来る。 シャッターボタンを半押ししてピピっとピントを合わせて撮るという便利なピント合わせになれていると初めはちょっともどかしい気もする。 でも、慣れくると自分で合わせることこそが面白く思えてくる。 さらに、ファインダーで見ている全景よりも、切り取られる景色は小さい。 そのフレーミングは、ファインダー内で白い枠として見える。 その枠をブライトフレームと言う。 実際は、ファインダーよりも下の位置にレンズがついているので、ブライトフレームの画角と実際に写る画角とは少し差が生じる。 レンズごとの視差を覚えて、それを見越して撮影しなければならない。 ブライトフレームの大きさは、装着するレンズの焦点距離ごとに変わる。 実際に撮れる画角よりも広く見えていえるので、それを理解して撮影するというテクニックが必要。 でも、切り取られる画角よりも外側が見えているので、そこに見えている被写体の動きを把握しやすいと言うのも長所の一つ。 ちなみに、シャッターを切ってもファインダー内はブラックアウトしない。 真っ暗にならないと言うこと。 見ている穴と撮っている穴が違うため、ミラーが上がっても暗くならないのは当然でもある。 ブラックアウトしないので、いつの瞬間もとらえてシャッターを切ることが出来る。 なんだか、ライカM10はいろいろ自分で設定しなくてはいけないことがたくさんある。 難しいこともたくさんある。 でも、そこが楽しいのだと思う。 自分で設定するのが、面白いんだきっと。 ライカと一緒に旅をしているというキラキラときめく心の中とは正反対に、電車が進むごとにぶ厚い雲が広がってどよんとした空になってゆく。 晴れの予報だったのに。 青い空と青い海が見たいのに。 あああ。 Googlemapを開いて先の地図を見ていると、ステキな名前の駅を見つけた。 今井浜海岸駅(いまいはまかいがんえき)。 その名の通り、海も駅から近いみたい。 決めた。 今日はこの駅で降りよう。 駅から続く階段を降りて、海岸の方に歩いていく。 国道135号線にはブンブンと車が走っているけれど、歩いている人は一人もいない。 今井浜海岸という看板を見つけ、階段を降りる。 緑のトンネルをくぐり、海の方に進む。 知らない場所を一人で歩くのはいつだってドキドキする。 だって未知なる探検だもの。 何が起こるのか分からないので期待と不安が入り混じる。 だけど、今日はライカという強力なパートナーと一緒。 期待の方が大きい。 ああ早く海でシャッターを切りたい。 ライカのシャッターを思い切り切りたい。 誰もいない。 でも、空がどんより、している。 どよどとーんとしている。 でも、海を撮ろう。 何枚かシャッターを切る。 ぶ厚い雲の空と、荒々しい海の写真が撮れる。 ううう、そうだよなあ。 どよんとしているものは、どよんと写るよなあ。 曇りの景色も美しいけれど、でも、楽しみにしていた連載の第一回目だから、晴れた青い空と青い海が撮りたかったなあ…とトボトボ歩いていると海水の水溜まりに足が浸かる。 ポチャッ。 ああ、やだ、空がどよんとしていてさらに水溜まりに足まで浸かっちゃってブーツがびっしょり…お気に入りのブーツなのに…もう…え、水溜まり。 水溜まり。 あ、そうだ。 やった、水溜まり。 嬉しい! そう、空を水溜まりに写してリフレクションを利用した写真を撮ろう。 砂浜に近い位置にカメラを下ろし、ピントを無限遠にしてシャッターを切る。 ファインダーも覗けないし、液晶も見えないので、勘で位置を決めてシャッターを切る。 画像を確認する。 楽しい。 楽しい。 きれいだ。 雲があって良かった。 どよんとした雲が、この写真の主役だ。 遠くに利島(としま)が見える。 小さな二等辺三角形で真ん中にぽつんとかわいらしく写っていている。 私、この写真好きだ。 うん、好き。 ライカを持って旅をして、初めてこの写真が好きだと思える写真が撮れた。 ああ嬉しいなあ、そんなことを思いながら、再び同じ構図で撮っていると、どこからともなく人の声が聞こえる。 さっきまで人っ子一人見えなかった海に、人がいる。 しかも、親子連れ、三人。 しかも、もうすぐ、フレーミングした中に入ってくるじゃない。 私の心臓はドキドキを加速させてドッキンドッキンとなり始める。 だって、このフレーミングの中に人が入ったらそれは絶対に美しいはずだから。 ドッキンドッキンドッキンドッキン きた。 フレームイン。 フレームアウト。 再生ボタンを押す。 撮った写真を見て思った。 ありがとう、って。 いつだって、どんなときだって、その時の状況を味方につけていくことが大切。 このぶ厚いどよんとした雲は、この写真を撮るためにいてくれたのね。 そう思う。 さっきは晴れていたらなんて思ってしまってごめんなさい。 ああ、好きな写真が撮れた。 嬉しい。 カラーも撮ってみる。 カラーにすると、急に爽やかでエアリーな風が吹くから不思議。 カメラを持ち上げると、液晶画面にキラキラとした光が見えた。 偶然見つけた世界の美しさに、思わず笑顔になった。 人がいないから、波が作り出す砂浜の造形もそのまま残っていて美しかった。 そう思いながら水溜まりを見ていたら、大きな波がザザーっとやって来て、一瞬で水溜まりを飲み込んだ。 そして、水溜まりは消えた。 跡形もなく。 河津へ 今井浜海岸駅の一つ南は、河津駅。 あの河津桜で有名な河津だ。 3月だけれど、もしかしたらまだ河津桜が咲いているかも知れない。 淡い期待を持ちつつ、歩いて河津駅に向かう。 海岸沿いの道を歩く。 歩道の崖の下はザバーンと荒々しく波がたっているのが見えるなかなかワイルドなお散歩道。 ウグイスが目の前をビュンと横切る。 1羽、2羽、3羽。 ヒヨドリも横切る。 ウグイスがホーホケキョと鳴く。 ヒヨドリがピチピチと鳴く。 なんてのどかなのだろう。 と見せかけて、お月様に見えるのは実は街灯。 ちょっと遊んでみたり。 閑散としていて、人はまばら。 河津桜は一体どこに咲いているのだろう。 しばらく駅の周りを歩いていると、河津桜並木と書かれた看板を発見。 ふむふむ、その先にあるのは河津川で、その周りが河津桜の並木道なのね。 歩いていくと、あった。 ふさふさに葉を茂らせた河津桜の並木が。 見事な葉桜。 河津桜は、見事に散り終えていた。 やっぱり。 でも、ここで諦めないわよ。 きっと、どこかにまだ咲いているはず。 少しでもいいから咲いている桜を撮りたい。 そう思いながら川沿いをうろうろと歩いてみる。 首を伸ばして、少し先まで眺めてみる。 あ、 あった。 ピンク色。 きっと桜だ。 あそこに行こう。 足が自然に速く動く。 あれは桜なのだろうか。 桜だったら、撮れる場所にあるのだろうか。 吸い寄せられるように向かった場所には、河津桜の木が一本あった。 ピンク色の花びらをいっぱい抱えて。 川沿いの歩道の脇にどんと立っている桜の木の下で、無我夢中になりながら私はシャッターを切った。 ズマリットMf2. レンズに近い桜の花がトロリと美しい前ボケになる。 たくさんシャッターを切っていたら、雲間から青空が見えてきた。 そして、どんどん青が広がっていって最後には雲一つない青空になった。 ウグイスが飛んできた。 1羽、2羽。 しばらくして青空の中に飛んで消えて行った。 なんて嬉しいの。 さあ、カレーを食べて帰ろう。 河津駅周辺で美味しそうなカレーが食べられるお店を探してみる。 でも、歩いても、ネットで検索しても、全く見つからない。 うう、これはしょうがない。 移動しよう。 お腹も減ったし、まずは帰る方向の電車に乗って、それから考えよう。 とりあえず飛び乗った伊豆急行線の中でGoogle検索をする。 マップで伊豆半島の右側部分を表示して、カレーと入力して検索すると、10件くらいのカレー屋さんが出てきた。 この中から行きたいカレー屋さんを探してみよう。 いくつかの候補の中で、出来るだけ駅から近くて気になるカレーを探す。 インドカレー屋さん、老舗の洋食屋さん、とんかつ屋さん、いろいろなカレーがあるのだなあ。 迷ったけれど、 野菜を自家栽培しているというお店が気になった。 今日開いているか電話をしてみる。 電話口では、はい、やっていますよ~と明るい女性の声が聞こえた。 「やさい料理の台所むーみんの森」という可愛らしい名前のお店。 ここにしよう。 窓の外には、大きな青い空と広い海が広がっている。 そう、これが見たかったんだ。 駅で降りたのは私一人。 駅の周りにも誰もいない、小さな駅。 Google mapを開いて検索すると、お店まで2kmちょっとと出てきた。 え、2km。 地図上では近く見えたのに。 こんなにお腹も空いているのに。 これから2kmも歩くの。 2kmなんて普通に考えたら大したことのない距離。 30分少々で歩くことができる。 熊野古道を300km歩いた経験もあるので、2kmを歩くことなんてたやすい御用。 でもそれは、歩くと決めた旅の中でならの話。 歩くことなんて考えていないのに、カレーを食べるために2km歩きますか?と突然言われたら、あなたならどうする? でも、電車も降りてしまった。 次の電車までは30分もある。 もちろんタクシーもいない。 仕方がない、歩こう。 まず最初に坂道を上りましょうとGoogleさんが言ってくる。 しょうがない、登りましょう。 てくてく。 てくてく。 この道を左に曲がって、さらに坂を上りましょうとGoogleさんが言ってくる。 はあ、しょうがない、登りましょう。 てくてく。 てくてく。 この道をまっすぐ進んで、さらに坂を上って行きましょう。 えええ、また坂道ですか。 てくてく。 てくてく。 っていうか、どこまで登るのでしょうか、一体。 ねえ、Googleさん。 結局、2kmの道のりの大体は上りの坂道だった。 山の中の熊野古道のような細くて誰もいない道も度々あり、ドキドキの連続だった。 そう、選んだお店は伊豆高原の高台にあったのだ。 お店のドアをくぐった時は、やり切った達成感でいっぱいだった。 待っている間、風が木々の葉をさらさらと揺らすのを見ていた。 ああ、やっとカレーが食べられる。 しばらくすると、お茶とサラダが運ばれてきた。 さらにしばらくすると、カレーが運ばれてきた。 どーーん。 びっくりするくらいの大きなプレートに載ってカレーがやってきた。 思っていた以上に野菜がボリューミーに載っている。 思わずお店の方に声をかける。 お店のオーナーらしい女性が、ゆっくりどうぞーとにっこり微笑む。 とにかく野菜のボリューミーさに感激して、気づくとそっちをメインにたくさん撮っていた。 ケール、フェンネル、ルッコラ、パクチー、ニンジンの葉、かぼちゃ、などなど。 さらにはルッコラのお花が可愛らしく載っている。 食べてみると、しっかりとした歯ごたえと香りがあって、美味しい。 このプレートにのっている野菜は全て食べることができ、そして、全て無農薬で自家栽培しているというから驚くばかり。 カレーは、グリーンカレー(辛口)、パキスタンカレー(中辛口)、ポークカレー(甘口)の3種。 どのカレーもコクが深くて、しっかりとした甘みがある。 野菜もたっぷりなので、食べ応えは抜群。 私はパキスタンカレーが一番のお気に入り。 フルーツの香りがするなあ何だろうと思ってお店の方に聞くと、りんごやマーマレードが入っていますとニコリ。 水は入れず水分は野菜からのもので、ハチミツで甘みを出しているそう。 こだわりがたくさん詰まった丁寧に作られたカレー。 自家栽培の畑は、今年さらに大きく広げる予定とのこと。 写真を見せていただくと、整頓された畑はとても美しく、ここで育つ野菜たちは幸せだろうなあと思った。 「無農薬だから、最初からしっかり作らないとすぐ虫が着いちゃうから。 」とオーナーの鈴木敦子さん。 お店のカウンターには、先ほどいただいたルッコラのお花が飾られていた。 ちなみにお店の名前の「むーみん」は飼っていたウサギの名前で、あのムーミンとは関係はないそう。 なんだかいい時間だったなあ。 2km坂道を上ったけれど来てよかったなあ、そう思った。 帰りは、迷ったもう一つの城ヶ崎海岸駅を選択。 大きな緩い坂道を下って行くという、とっても楽な道だった。 こっちの駅から来たら楽だったのに…。 いや、そんなことはもう考えない。 素敵な時間を過ごせたから、もういいの。 車内は人が、1人、2人。 ボックス席の進行方向に座る。 静かに走り出す。 今日は結構歩いたなあ。 どのくらい歩いたかなと、携帯の歩数計をチェックしてみる。 約14km、20,000歩。 ああやっぱり。 良く歩きました。 撮った枚数も見てみる。 約450枚。 いつもの旅の撮影枚数に比べたら、衝撃的に少ない。 それだけ、一枚ずつしっかり撮ろうと意識を集中させていたのだと思う。 そう、これが見たかったんだ。 あたたかい光が射す車内でいつの間にかうとうとと眠りこんでいた。 ライカM10をしっかり抱えながら。 おわりに 初めてのライカとの旅が終わった。 改めて、ライカと言うカメラの底知れぬ魅力を感じる旅になった。 だって、あっちもこっちも自分で設定しないと撮れないという大変なことばかりなのだけど、ライカを持っているというだけで何だか誇らしい気分になる。 そして、背筋がピンと伸びたような気がする。 さらには、ちょっと違う自分になれたような気分にもなっている。 撮り終えた後、自分で頑張って設定して撮った写真を見返すと、なんだかとても満足な気分になるのだ。 あそこで、ああ思ったから、こんな写真を、こんな風に撮ったんだ。 そんな記憶がものすごくはっきりと残っている。 体中に、心いっぱいに、ジンジンと音が聞こえそうなくらい強く残っている。 ライカと旅をすると、撮った時の記憶が鮮明に残る、そう思う。 だからまたライカで撮ってみたい、ライカと一緒に旅をしたいと思う。 少しずつ学びながら、いろいろなライカを楽しんでいきたい。 次の旅も楽しみだ。 次はあの駅で降りようか。

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広い海を一望

広い海を今日も進む

海谷名山紀行 平成30年4月21日 阿弥陀山 平成30年4月22日 烏帽子岳 阿弥陀山紀行 越後の山旅の中で藤島玄氏は「海谷山塊は川内山塊によく似ている。 両方とも比較的鉄道とバスの便が近いにもかかわらず、死角というか盲点というか一種の暗黒地域をなしている不遇の山々だ。 」と記述されています。 海谷山塊を西と東に分ける海谷渓谷は両岸が切れ立っていて、まさしくV字谷と言う言葉が相応しいところであり、周囲は奇岩、奇峰がところ狭しと連なっていて、川内山塊を秘境とするならそれに対し海谷山塊は辺境といった佇まいであろうかと思われます。 そんな険しい海谷山塊を象徴する山と言えば、なんと言っても阿弥陀山と烏帽子岳になろうかと思います。 この二つの峰がなかったら海谷山塊の魅力は半減すると思うくらい圧倒的な威圧感をもって海谷の東側の地に聳えています。 特に遠くから見て「何だあの山は!」と誰もが感じる針峰状の阿弥陀山は鬼の角のような形状をしており、あの天に向かって伸びる二本の角を見ているとマッターホルンなどという形容では生易しく感じるくらいです。 そんな阿弥陀山ではありますが、見た目の形状ばかりでなく登山道が整備されていないなどといったこととなれば、当然登ってみたいと思われる方も多くおられるものと思います。 そんなこともあって、数は少ないもののいくつかの登山データーが存在しており、入山者が一番多いと思われる海谷高地から阿弥陀沢を登って山頂に至る、いわゆるオーソドックスなルートで登ってみることにしました。 まだ春浅い海谷山峡パークで準備をしているとリスが目の前をうろちょろと動き回っています。 今日は4月だというのに気温が25度くらいまで上がる予想です。 山麓は新緑の淡い緑と山桜の薄いピンクで色づき始め、リスが春の陽気に誘われるようにめまぐるしく行動を始めているようです。 この海谷もようやく冬から目覚めて山笑う季節に入ったことを感じます。 私もこんな春の陽気の中で「ゆっくりとした一日を過ごしたい」なんて思うのですが、これから登る阿弥陀山の厳しさを思うと、呑気に春を満喫することなどとてもできません。 阿弥陀様の持つ力のひとつに光明無量というものがあり、この世の誰にでも同じように光が降り注ぐという意味だそうですが、私は阿弥陀山に向かって「どうか無事に登頂できますように、どうか私にも光を当ててください」と唱えてから出発しました。 しかし私に光が当たると頭に反射して眩しくなり、阿弥陀様が幻惑されると悪いので、手ぬぐいを被って歩きます。 春の陽射しが眩しい中、意気揚々とはいかず、海谷山峡パークを出てすぐにいきなり核心部へと突入です。 大方の予想はついていたのですが、海谷山峡パークから海谷高地までの区間は雪で覆われた斜面を延々トラバースしなければなりません。 尾根通しでないのでルートも非常に分かりにくく、僅かな痕跡を拾いながら固く締まった雪に側面からステップを切って少しずつ進んでいくしか手立てはありませんでした。 何度もルートを見失いながら、急斜面に何度も足をとられながらも、2時間ほどかかってようやく海谷高地と呼ばれる海川河川敷へと辿り着きました。 ここから阿弥陀沢を登って山頂を目指すことになりますが、ここまで来れば8割方登ってしまったようなものだと思いました。 あとは何の変哲もない雪渓を登りきれば山頂です。 阿弥陀沢は飯豊の石転び沢をコンパクトにしたような感じではあるのですが、規模は比較にならないほど小さく、狭い雪渓は木の枝や屑、土砂等でゴミゴミしており、さらにこの狭い雪渓で雪崩が起きれば巻き込まれてしまう可能性が高いと感じたので、それには十分に注意して登りました。 斜度としては上部の一番急な部分が石転び沢の平均的な斜度と同等程度だと思い、私はバカにして短時間で登れるだろうと高をくくっておりました。 ところが、気温が上がって雪崩の心配が増すばかりでなく、この時期は体が暑さに慣れていないということもあってどんどん体力が奪われ、しかも海谷高地までのトラバースに足が疲れていて、思うように進むことができません。 そんな苦しい条件の中、雪渓の中ほどでちょうどおあつらえ向きに冷たい水が取れる場所があって、それにはとても助かりました、阿弥陀様が救いの手を差し伸べてくれたようです。 結局のところ、なんだかんだしながら雪渓を登りきるまで2時間もかかってしまいました。 さすがに海谷山塊の盟主である阿弥陀山はそう簡単に登頂させてくれません、雪渓上部にようやく到着して、あと少しと思ったらまだまだ遥か先に山頂が聳えているのが見えます。 しかも藪と岩、不安定な痩せ尾根の雪渓歩きが山頂まで続いておりました。 心細い雪渓を拾いながらも山頂手前で雪渓は切れ、かなり薄い踏み跡の藪を越え、蟻の戸渡りと岩場を越え、そして最後に再び藪を越えて阿弥陀様の石像が待つ山頂へと出ることができました、山頂の極手前だけが明瞭に刈り払われています。 非常に狭い岩稜の山頂は草木が無く、360度の大展望はどこを見ても切り立った岩壁となっており、ここからはどこも行けないのではないかと思うほど、まるで八方ふさがりのようになっています。 妙高連山が目の前に雪を湛えて大きく聳え、双耳峰の阿弥陀山のもう一つの山頂と烏帽子岳が怖ろしいまでの岩峰となって間近に聳えておりました。 阿弥陀山について、雨飾山と海谷山塊という本によると、麓の砂場集落に善正寺、早川谷には日光寺、笹倉には六万坊という寺があり、阿弥陀山はこれらの山麓の山岳信仰から名付けられたのではないかとのことです。 また、越後百山の中では山頂の石仏は日光寺のものと聞いたとのことが書かれており、以前は信仰登山をしていたとのことです。 薄い踏み跡はそんな山岳信仰をする人たちによってつけられたものなのかもしれません。 また、昭和57年発刊の新潟の山旅で、あるいは平成13年発刊の越後百山の中で、阿弥陀山の山頂には二体の石仏が祀られているとされていますが、山頂には一体の石仏しか見当たりません。 どちらの本にも一体は古びてボロボロになっていると書かれているので、この数年の間に朽ちて無くなってしまったのかもしれません。 ただ、ろうそく立は四つ残っており、一体の石仏の前に置かれておりました。 いずれにしても私は山頂に鎮座する阿弥陀如来様の石像に手を合わせ、無事に登頂できた御礼と下山の無事を祈り、山頂を後にしました。 帰りは道迷いを何度もして、それに雪面トラバースに不慣れな筋肉を酷使したせいか、足をひきつりながらも何とか無事に海谷山峡パークへと戻る事が出来ました。 烏帽子岳紀行 阿弥陀山に登ってきたその翌日に烏帽子岳に登ろうという目論見でありましたが、海谷高地までの歩きにくい雪のトラバースに足腰は疲労していて、僅か一晩では疲れがとれず、起床した時点ですでに体がぐったりしております。 大したことがないと思いながら登った阿弥陀山だったのに、身体は思った以上に疲労していたようです。 烏帽子岳への入山口はいろいろ考えられますが、アプローチが悪い分どれもが長く、地図上では必ずどこかで急な崖状のところを越えて行かなければならなくなっております。 今回、選んだルートは谷根林道からになりますが、林道上は雪解けが進んでおり、去年の秋に偵察に訪れた時と同じところまで車を乗り入れることができました。 この先、林道はまだまだ奥まで延びておりますが土砂崩れが発生していて雪が解けていたとしても車はここまでしか入れません。 1時間半ほど雪の残る林道を進むと辺りは開け、杉の植林地のようなところに出て、林道の形跡はここで途切れておりました。 右手を見るとなだらかな尾根が延びて、その先に高い山々が聳えているのが見え、これから進むべき方向を示唆してくれます。 広々とした植林地をその尾根に向かって適当に進みますが、この時私はすでにバテてしまっていて頻繁に休憩をとっており、これでは登頂は難しいかもしれない、行けるところまで行こうといった考えで進むしかありませんでした。 休憩するたびに眠くなり、やがて歩くのが面倒になってきて、しまいにこのまま寝てしまえばさぞかし楽だろうと思うようになる。 「烏帽子岳は今度にしよう」そう思いかけるも、また来るとなると高速料金やガソリン代がかかるので、それを考えると自然と重い腰がいくらか軽くなりました。 植林地を過ぎ、尾根に乗っても広い雪原歩きを保ったまま進んでいくことができ、疲れた体に優しい尾根が続きました。 目の前には1250m峰が大きく聳えおり、まずはそこを目指して進みます。 それにしてもここはあまりにも広い尾根となっており、今日のような見通しの利く日は良いのですが、ガスられると面倒なことになるのではないでしょうか。 1250m峰の登り手前にさしかかった時、どこからか水の流れる音が聞こえてきます。 どうやら雪渓の下に沢があるようで、雪渓が切れているところから冷たく美味しい水を取ることができ、一口含んでみるととても甘い味がして、季節外れの真夏のような気温に渇いた喉が癒されます。 1250m峰附近まで来るとようやく烏帽子岳が見えるようになり、手前に1350m峰が丸く大きく聳えており、相変わらず広い雪原が続いています。 地図を見ると1350m峰の登りは等高線が混んでいて、果たして登れるものか心配していたところでしたが、それほどでもありませんでした。 ただし、その奥に見える烏帽子岳は山頂手前が垂直な雪の壁になっていて、そこを越えられるかどうかが気になります。 1350m峰までの急な登りに苦労しながらも何とか山頂に立つと、ここで初めて烏帽子岳の全貌が明らかになります。 今まで広かった尾根はとうとうここで終わりです。 1350m峰からは藪の痩せ尾根となって、それが山頂直下の雪の壁まで続きます、そして最後にその雪の壁を登りきると山頂の肩に出るといった具合でした。 ここまで思いもかけず広いなだらかな雪原歩きは疲労していた体にとても優しく、お蔭でもう少しで山頂といったところまでやって来ることができました、それだけでも御の字です。 海谷烏帽子といえば海谷の中でも難しい山のひとつとしてその名が知られており、まさかこのまま広い雪原歩きで終わるはずなどなく、厳しい箇所があるということは想定しておりましたが、そんなところが最後の最後にありました。 せっかくここまで来たのだから山頂を踏んで帰りたいと思うのですが、果たして目の前に見えるあの壁を登ることができるのか、行ってみなければ分かりません。 踏み跡がすっかり消えてしまった藪を進みながら、どこをどう通って登ろうか思案しながら少しずつ歩を進め雪壁の直下まで辿り着きました。 直下から今にも雪崩れそうに斜面に薄く付いている雪の隙間を良く見てみると、道が現れ、トラロープまでもが垂れ下がっているのが見えます。 トラロープは使わなくても登れますが、道が出てきたのには凄く助かりました。 一番の急な部分は木に掴まりながら登り切り、途中から雪の壁にステップを切りながら慎重に登りますが、結構な落差があって上がれば上がるほど怖さは増していきます。 ここを越えれば山頂だと思い、私は再び高速料金とガソリン代を考えることにしました。 ガソリンは高騰の一途を辿る、こんなご時世にまた来たくないと思うと、体は自然と必死になり、今までの疲れはどこにいったのか自分でも驚くほど一生懸命に斜面を登り切って、あっという間に烏帽子岳の肩へと登りきることができました。 肩からは小さな岩峰が鋸状になって山頂に続いているのが見え、以前は鋸岳と云われていたそうですが、この景色を見るとなるほどと思います。 そして、あとは灌木繁る岩稜の踏み跡を辿って山頂に出ることができました。 細長く狭い山頂は、赤黒い岩が二つボコボコと飛び出していて、ちょっと斜めなので尻が少し痛くなりましたが、疲れた身体を休ませるにはちょうど良かったです。 岩に腰を掛けながらホッとすると同時に「今度はもっと気楽に登れる山に行こう」、思わず私の口からそんな言葉が出てきました。 しかし、確かに身体は疲れ果てておりましたが、国内有数の辺境である海谷の盟主に二日続けて登ることができ、私の心は満足感と充実感に満ちておりました。 山頂からは海谷山塊の岩峰群とそれに対比するようにおおらかで大きな頚城連山等、この特異な景観は他の山域では見ることができません。 私はそう簡単に来ることができない山頂から、しばらく360度の大展望を楽しみました。 そして、雪の壁を慎重に下って、1350m峰から下はガスってなくても下りではルートが分からなくなりそうな広い尾根で、消えかけたトレースを探りながら道迷いに細心の注意を払って、無事に下山することができました。 コースタイム 阿弥陀山 海谷山峡パーク 2時間 阿弥陀沢出会 2時間 沢上部 1時間 阿弥陀山山頂 45分 沢上部 45分 阿弥陀沢出会 2時間30分 海谷山峡パーク 烏帽子岳 林道車 1時間30分 林道終点 2時間30分 1250m峰 1時間30分 烏帽子岳山頂 1時間10分 1250m峰 1時間 林道終点 1時間 林道車.

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白鳥の湖。

広い海を今日も進む

東海道歩きもだんだんと歩き始めの地点が遠くなってきた。 必然的に朝自宅を出る時間も早くなる。 東京発6時35分発のこだまを利用し、浜松着8時37分。 駅前の広い道をまっすぐ行くと東海道に出る。 ここから前回の続きのスタートだ。 少し行くと四差路に出る。 左に曲がると東海道、右に曲がると浜松城跡方面だ。 浜松城跡にも寄りたいところだが、今日は先が長いので残念だが割愛し、左に曲がる。 浜松宿はこのあたりが一番賑わっていたという。 道沿いには「佐藤本陣」「杉浦本陣」「川口本陣」などの説明板が立っている。 ここから少し行くと、道をはさんで二つの御堂が残されている。 「 二つ御堂」と呼ばれているものである。 、これは奥州の藤原秀衡とその愛妾によって1125年頃に創建されたという。 二人の愛の物語が説明板に書いてある。 ここには高札場跡の表示杭も立っている。 この道は広い国道で、車の通行も多いがところどころ松並木の名残の松の木や里塚碑なども立っており、長い国道歩きを慰めてくれる。 さて、現代の旅人は渡し舟がないので橋を渡ることになる。 弁天橋を渡ると 弁天島海浜公園という景色のよい公園がある。 ここからは湖水がよく見渡せる。 遠くに浜名大橋が見えるが、ここで 浜名湖は海とつながっている。 昔はここは砂州で歩いて渡れたそうだが、地震や津波によってこの砂州は切れてしまい、海とつながってしまった。 このことからこの地を「 今切」と呼び、ここの渡船を「 今切の渡し」といった。 公園のベンチに座り、コンビニ弁当を食べた。 景色は良いし、天気はよいし言うことなし。 少し休んだ後、国道1号線を通って浜名湖を渡る。 新幹線では一瞬のうちに通り過ぎてしまう浜名湖だが、歩いて渡ると結構距離がある。 国道の交通量もかなり多い。

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