自己 愛 性 パーソナリティ 障害 と は。 不倫の渡部建、自己愛性パーソナリティ障害の可能性…佐々木希との結婚が乱倫に拍車か

自己愛性人格障害の顔つきの特徴

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 と は

自己愛性パーソナリティ障害(じこあいせいパーソナリティしょうがい、: Narcissistic personality disorder ; NPD)は、ありのままの自分を愛することができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むの一類型である。 DSMでは クラスターBパーソナリティー障害に分類される。 診断は専門家による面接によって行われる。 鑑別疾患としてとがある。 精神療法は、患者はたいてい自分が問題であるとは認識していないため、多くは困難である。 女性よりも男性に多く、また老年者よりも若者に多い。 このパーソナリティーは1925年にロバート・ウェルダーにより初めて記され、1968年にNPDとの用語が使われるようになった。 自己愛性パーソナリティ障害の症状• 人より優れていると信じている• 権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす• 業績や才能を誇張する• 絶え間ない賛美と称賛を期待する• 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する• 人の感情や感覚を認識しそこなう• 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する• 人を利用する• 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる• 嫉妬されていると思い込む• 他人を嫉妬する• 多くの人間関係においてトラブルが見られる• 非現実的な目標を定める• 容易に傷つき、拒否されたと感じる• 脆く崩れやすい自尊心を抱えている• 感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える によって描かれたナルキッソス これらの症状に加え、自己愛性パーソナリティ障害の人物は傲慢さを示し、優越性を誇示し、権力を求め続ける傾向がある。 彼らは称賛を強く求めるが、他方で他者に対する共感能力は欠けている。 一般にこれらの性質は、強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛によるものと考えられている。 自己愛性パーソナリティ障害の症状は、高いと自信を備えた個人の特徴とも似通っていると捉えることができる。 そこに違いが生じるのは、これらの特徴を生み出す、基底にある心理機構が病理的であるかどうかである。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は人より優れているという固有の高い自己価値感を有しているが、実際には脆く崩れやすい自尊心を抱えている。 批判を処理することができず、自己価値観を正当化する試みとして、しばしば他者を蔑み軽んじることで内在された自己の脆弱性を補おうとする。 痛ましい水準の自己価値観を有する他の心理学的状態とは対照的に、的な性格を特徴づけるのはまさにこの所以である。 幼少期における高い自己意識と誇大的な感覚はナルシシズムには特徴的なものであり、正常な発達の一部である。 概して児童は、現実の自分と、自己に関して非現実的な視点の元となる理想自己との間にある違いを理解できない。 8歳を過ぎると、自己意識にはポジティブなものとネガティブなものの両方が存在し、同年代の友人との比較を基盤にして発達し始め、より現実的なものになる。 自己意識が非現実的なままで留まる原因として二つの要素が挙げられており、機能不全の交流様式として、親が子に対して過度の注意を向けること、あるいは注意が過度に不足していることのいずれかが挙げられる。 その子どもは注意もしくはケアの不足により生じた自己の欠損を、誇大的な自我意識という手段で埋め合わせようとするだろう。 力動的な児童精神科医の多くは、自己愛性パーソナリティ障害は学童期までには同定できるという。 また幼児期の不安定な養育はの確立を阻害し、安心して一人でいること(孤独)を楽しんだり、一人でくつろぐことを困難にする傾向がある。 児童期ナルシシズム測定(CNS)尺度によると、自己愛的な子どもは他者によい印象を与え、称賛を得ることを求め続けるが、誠実な友情を形作ることにいかなる関心も持たないと結論づけられた。 CNSの研究者達は、児童期のナルシシズムは西側社会においてより優勢に見られることを測定した。 過度に個人を称賛することに焦点を当てたいかなる活動も、自己愛的な側面を強めうる。 ナルシシズムを先鋭化させる、あるいは保護する因子を発見する更なる調査が求められている。 強迫 [ ] (強迫神経症)の形成には生物学的基盤をもつものから心因性疾患として生じるものまで様々なルートが存在するが、その一つに自己愛性パーソナリティ障害が挙げられる。 は、は今日もっともよくみられる性格であり、すべてをコントロールしようとし、それが可能であるという万能的な自己像をもつ点が特徴であることを指摘している。 強迫とは、同じ思考を反復せざるを得ないと、同じ行為を繰り返さざるを得ないを指すが、これらの症状の背後には強迫症者の持つ自己不全感が関与している。 行為や思考を強迫的に反復して完全を期すことは、自己不信という根源的不安を防衛し、自己の完全性を維持することへと繋がる。 現実に直面して敗退した自己愛性パーソナリティ障害の人物は、退却して仮想の世界で万能的自己を維持しようと試みる。 現実との関わりを避け、決断や実行を回避し、ひきこもることで自己の栄光を維持しようとする。 それは、何もしないでいれば、何でもできる可能性の中にとどまっていられるからである。 が軽減・消退した直後に抑うつが生じるのは、尊大な自己像が揺さぶられ、現実の自己を受け入れなければならなくなることへの反応であり、強迫は抑うつに対する防衛として機能している。 恥(羞恥心)との関連 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害の人物は概して恥をかくことをひどく恐れる。 のアンドリュー・モリソンは、やの感覚は自己愛の傷つきによって生じる感情と捉えた。 初心者が犯しても問題にならないような初歩的なミス(たとえば将棋の二歩など)を、専門家が犯すとひどく恥ずかしく感じるのは、相応に高い自負心を持つ当人にとっては、それはあってはならないことだからである。 すなわちプライドが高ければ高いほど、自己愛が先鋭化しているほど、失敗した際の恥の感覚はより一層強まる。 恥の体験のしやすさと自己顕示的傾向は相関しており、恥の感情と自己愛が表裏一体の関係にあるといわれるのはこの所以である。 聴衆のいるスピーチ、歌唱、演技(舞台)などの状況下においては、通常は他人に見せたい自分、見せてもよい自分が注意深く選択され表現されていくが、声の震えや発汗、顔面のこわばりや紅潮などはの支配下にあるため、意識ではコントロールできない予期せぬ反応が生じることがある。 自己表現を生業としない大多数の人にとって、こうした状況は見せたくない自分がいつ漏れ出すか分からない、非常に緊迫した状況となる。 プライドの高い人間が最も避けなければならないのは、狼狽する自分の姿が衆目に晒されることであり、他人から認められたいという人一倍強い欲求が、彼らを圧倒して強い緊張を生みだし、それはやがて恐怖感となって彼らを覆うようになる。 やをわずらう人もまた、自己愛の病理を抱えている。 自己愛性パーソナリティ障害の中でも過敏なタイプは、恥の感情に特徴づけられ、強い羞恥心と対人恐怖的な性格を有している。 自己愛性パーソナリティ障害の原因となる因子• 生来の過度に敏感な気質• 現実に立脚しない、バランスを欠いた過度の称賛• 良い行動には過度の称賛、悪い行動には過度の批判が幼少期に加えられた• 親、家族、仲間からの過剰な甘やかし、過大評価• 並外れて優れた容姿、あるいは能力に対する大人からの称賛• 幼少期の激しい心理的虐待• 予測がつかず信頼に足らない親の養育• 親自身の自尊心を満足させるための手段として評価された いくつかの自己愛的な特徴はありふれたもので、正常な発達段階においても見られる。 これらの特徴が人間関係の失敗によって複合的なものとなり、成人期にまで持続し続けると、症状が最も激しくなった時点で自己愛性パーソナリティ障害と診断されることになる。 この障害の原因は、の言葉で言えば、発達上の早期幼年時代への固着の結果であるとする精神療法家もいる。 病理的なナルシシズムは重症度の連続体の中に生じる。 その中でも極端な形のものが、自己愛性パーソナリティ障害である。 自己愛性パーソナリティ障害は、自分は人に根本的に受け入れられない欠陥があるという信念の結果によるものと考えられている。 この信念は無意識下に保持されているため、そのような人は、もし尋ねられても、概してそのような事実を否定するであろう。 人が彼らの不完全性(と彼らが思うこと)を認識し、それに続いて耐え難い拒絶や孤立が生じることを防ぐために、その様な人々は他者の自分に対する視点と行動を強力にコントロールしようとする。 病理的なナルシシズムはの世話役である親との関係性の質の低下によって発達することがあり、そのような関係性においては、両親は健全で共感的な愛情を彼らに与えることが出来なかった。 その結果として子どもは、自分が人にとって何の重要性も持たず、関係性もないと認識してしまう。 このような子どもは概して、自分には価値が無く、誰にも必要とされないというパーソナリティ上の欠陥をいくらか有していると信じるようになる。 病理的に自己愛的である限りにおいて、彼らは操作的で、非難がましく、自己没頭的で、不寛容で、人の欲求に気がつかず、自分の行動の人への影響を意識せず、他者に対し自分が望むように自分のことを理解するよう強く主張する。 自己愛的な人物は、他者を犠牲にして自分を守るための様々な戦略を用いる。 彼らは他者をし、非難し、傷つける傾向がある。 また彼らは怒りと敵意を持って、脅迫的な反応で応じる。 過度に自己愛的な人物は概して、批判されたときは拒否され、屈辱を与えられ、脅かされたと感じる。 これらの危険から自分を守るために、現実あるいは想像上のものにかかわらず、いかなるわずかな批判に対しても、彼らはしばしば軽蔑、怒り、あるいは無視などで反応する。 そのような状況を避けるために、自己愛的な人の中には、社会的にひきこもって内気で謙虚であるように装うものもいる。 自己愛性パーソナリティ障害の人物が、称賛・是認・注目・肯定的態度が不足していると感じた場合には、彼らは自身が脅かされたという感情をはっきりと示すことがある。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、しばしば野心的で有能なことがあるが、挫折や反対意見、批判に我慢強く耐える能力がなかったり、加えての不足が、人と協調的に仕事をすることや、長い期間を要する専門的分野での成果を保持することを困難にしている。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、現実離れなほど誇大的に自己を認識しており、しばしば気分を伴って、概して現実の業績に不釣り合いな認識でいる。 分裂 [ ] カーンバーグによる病的な自己評価の調節図 誇大的・万能的自己と無能的・無価値的自己に分裂している 自己愛性パーソナリティ障害と診断された人々は、中心的なとして()を用いる。 のは「現実の自己が一方にあり、他方に理想自己と理想対象があり、それらの間にある通常の精神的緊張はうず高く築かれた自己意識により排除され、そのような状況の中で現実の自己と理想自己、理想対象が曖昧になっている。 それと同時に、受け入れられないイメージの残余部分は抑圧され、外界の対象にされ、それらはされる」 と指摘している。 うず高い自己意識と現実の自己の結合は、自己愛性パーソナリティ障害に内在する性の中に見られる。 また、これらの過程に固有の防衛機制は、・・である。 他の人びとは、唯一の役割である賞賛と是認を与えることで奉仕する、彼らの延長として操作された人々であるか、あるいは自己愛者のと共謀することが出来なかったために、価値がないと見なされた人々のどちらかである。 境界性パーソナリティ障害の人格構造は良い自分と悪い自分に分裂していて、灰色の自分が存在しないのに対し 、自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は誇大的自己と無能的自己に分裂しており、真の自己である等身大の自分が存在しないのが特徴である。 羨望 [ ] によって描かれたねたみの感情に囚われた夫人 (jealousy)と(envy)は、通俗的には同じような意味を持つ言葉として用いられるが、心理学的には異なる2つの感情である。 羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている。 対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である。 羨望はよい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない。 この点において、羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、破壊衝動である。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、自分がほしいのに得られなかったものを持っている人をみたとき、激しい羨望に駆り立てられ、よいものを所有していることをねたみ、憎み、批判し、破壊しようとする。 羨望と万能感に結びついた激しい攻撃性は、自己愛性パーソナリティ障害の重要な性格標識の一つである。 健康な発達過程においては、羨望の破壊性が受け止められ、そこから生じる罪悪感や抑うつを十分に体験し次第に羨望の感情を統合していく。 羨望と破壊衝動に結びついた万能感は次第に減少していき、それに伴い分裂排除されていた愛情と感謝への能力が解放されるようになっていく。 自らの建設的なと、愛情への信頼感が、次第に羨望を減少させ、感謝の感情がやがて永続的なものへと変化していく。 自己愛的な人物は、羨望が処理された後に発達するこうした感情が未発達な傾向がある。 をはじめとするクライン学派は、羨望の精神病理と軽躁的パーソナリティを生みだすが、自己愛性パーソナリティ障害を構成する中核部分であることを強調した。 構造 [ ] 病理的な親は自分の延長物として子どもを利用する。 常に上を目指すよう励まし、人より優れることを期待する。 期待に沿う限りにおいて子を甘やかし、賞賛するが、出来ないときには失望し、怒りを表出する。 自身のによって子を振り回すのである。 こうした期待の内実は親自身のであり、子供の事を自分を飾る道具、所有物、モノとして扱っているにすぎない。 親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる。 そうした子どもは物を介して甘やかされてはいても、信頼と受容の関係という甘えることを体験していない。 輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。 無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。 自己不信を中核とした自己意識は常に悪性のを生み出し続ける。 自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような、等価の価値のある自分を発展させて自己をバランスしようとする。 甘えを断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。 そしてその内部には愛されないことへの不安と怒り、嫉妬と羨望の感情が渦巻いている。 内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚によって成立する。 自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。 収入、学歴、職業、地位、才能、ブランド、優れた容姿、スリムな体型などはその代表的なものである。 周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。 輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。 外的価値は結果を出すことでしか得られないため、プロセスはなんの意味も持たなくなる。 結果主義は勝ち負けの世界を用意し、必然的に嫉妬と羨望を呼び起こす。 等身大の自分を持ち合わせていない彼らは、優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係をつくることが困難になる。 早期に自立を期待され、甘えを封印してきた彼らは、子ども時代を積み残したまま次の発達段階へと進んでいく。 誇大的自己は自己不信の裏返しであり、これは一種のでもある。 マスターソンは、「自己愛パーソナリティ障害の精神内界構造は、誇大自己表象と万能対象表象から成り立っているが、この両者は融合して一つの単位となり、継続的に活性化されて、基底にある攻撃的な、あるいは空虚な対象関係融合単位に対して防衛している。 このように絶えず活性化されているので抑うつを経験することが少ないのである」 と述べており、誇大的自己は抑うつを防衛するために機能していることを指摘している。 誇大的自己が意識にのぼっている時にはエネルギーに満ち、軽躁的な活動性を示す。 それに対して無能的自己が持続する状態に陥った時には、深い無力感、空虚感にとらわれ、絶望的な抑うつの海へと沈みこむ。 自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は、誇大的自己と無能的自己のあいだで振幅運動を繰り返すところにある。 こうした2つに分極した自己構造を持ち、中間にある等身大の自分が存在していない。 失望や失敗をきっかけに無能的自己へと転落して激しい抑うつを体験する一方で、自己評価を高めるような出来事を体験すると誇大的自己へと復帰する。 適応が上手くいっている時には問題がないが、現実が思う通りにならず破綻をきたした時に露呈する感情は、激しい怒り、強烈な羨望、無力感、無価値感、空虚感、孤独感であり 、それは自己不信にまみれた人間の抱く感情でもある。 やの人物も同様の構造を抱えている。 分裂した自己像を抱える人物は交代性にその一方を生きるが、優れた・よい自分が持続している時は身体も優れた・よい身体と体験され、劣った・悪い自分が固定化されると身体も劣った・悪い自分として体験される。 ボディイメージの歪みの背後には底知れぬ自尊心の欠如があり、それはありのままの自分には何の価値もないという幻想に由来している。 や極端な拒食は、現実で価値の獲得に失敗し、無条件には愛されない無価値な自分が生みだす深い抑うつを、輝く理想的な自分を実現することで振り払おうとする懸命の努力であるといえる。 類型 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害の分類について、現代に至るまでに多くの報告がなされている。 は自己顕示型(exhibitionistic)と引き出し型(closet ; 臆病な型) に、ブロウセックは自己中心型(egotistical)と解離型(dissociative) に分類した。 バーステンは賞賛を過剰に求める渇望型(craving)、猜疑的で自分が一番と妄想する妄想型(paranoid)、活発だが傲慢な男根型(phallic)、物事をねじまげ人を操る操作型(manipulative) の4型を指摘した。 は厚皮(thick skinned)と薄皮(thin skinned) に、ウィンクは顕在型(overt)と潜在型(covert) へと分類した。 2つのタイプ [ ] 数多くの報告が成される中で、自己愛の病理は次第に顕在型と潜在型という2つのタイプに大きく型分けされるような障害として認知されてきた。 それらの諸特徴を的に記述し、包括的な報告を行ったのがである。 自己愛性パーソナリティ障害を顕在型である 無関心型(無自覚型 ; oblivious)と、潜在型である 過敏型(過剰警戒型 ; hypervigilant) の2つに型分けしたギャバードの分類は、現代において広く受け入れられている。 これらの表現型の違いは、彼らの持つ誇大的自己が内的にどのように処理されるかによって、その現れ方が変わってきたものと理解される。 2つのタイプの対比表は以下である。 自己愛性パーソナリティ障害の2つのタイプ 無関心型 無自覚型 oblivious type 過敏型 過剰警戒型 hypervigilant type 1. 他の人々の反応に気づかない 2. 傲慢で攻撃的 3. 自分に夢中である 4. 注目の的である必要がある 5. 「送話器」はあるが「受話器」がない 6. 見かけ上は、他の人々によって傷つけられたと感じることに鈍感である 1. 他の人々の反応に過敏である 2. 抑制的、内気、表に立とうとしない 3. 自分よりも他の人々に注意を向ける 4. 注目の的になることを避ける 5. 侮辱や批判の証拠がないかどうか他の人々に耳を傾ける 6. 容易に傷つけられたという感情をもつ。 羞恥や屈辱を感じやすい G・O・ギャバード(1997) は歴史的にカーンバーグによって記述された攻撃的、顕在的、外向的なタイプを診断基準に組み入れて強調しており、誇大的な自己愛性パーソナリティ障害をかなり正確に記述している。 しかし同一の感情的・認知的特徴と精神力動を有する潜在型の自己愛性パーソナリティ障害はほとんど無視されてしまっており、現実の臨床使用においては部分的にしか役に立たないことをギャバードやクーパーらは指摘している。 回避傾向を持つ群 [ ] 騒々しく見栄っ張りで、傲慢で人を利用するという明確な自己愛性パーソナリティ障害の人物像とは対照的に、過度に傷つきやすく、失敗を恐れ、恥をかかされることを心配するために人前に出ることを避ける過敏なタイプの自己愛性パーソナリティの人々がいる。 彼らは周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。 批判的な反応にはとても過敏で、容易に侮辱されたと感じる。 人に非難されたり、欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自己の万能世界を築きあげようとする一群である。 自分は拒絶され軽蔑されるだろうと確信しているために、スポットライトを浴びることを常に避ける。 表面的には内気で抑制的に見えるが、その実、精神内界には誇大的な幻想を抱えており、自己愛的活動の大部分を空想の中で行い、それを人に知られないようにしている。 彼らの内的世界の核心には、誇大的で顕示的な秘められた願望に根ざした、強い羞恥心がある。 一見すると慎み深く、ときに深く共感的に見えることもあるが、それは他者に純粋な関心があるように見せたいという彼らの願望を取り違えているだけである。 彼らは自分の心的防衛の最終段階にある抑制的な行動しか目に入らず、自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間であり、当然受けるべきものも得られない性格だと考えていることがある。 現実には持続的な人間関係を持つことが出来ず、共感性の欠如を示し、内に秘めた誇大的な自己像は慎重な面接を繰り返していくことで徐々に明らかになっていくのが、潜在型のナルシストの特徴である。 は(DSM)において、自己愛性パーソナリティ障害の人物は批判や挫折に伴う傷つきに非常に敏感なため、の人々にも見られることを報告している。 グレン・ギャバードは、潜在型の自己愛性パーソナリティ障害の人々はやと多くの点で関連していることを指摘している。 また牛島は、現代の操作的診断基準(DSM)においては顕在型の傲慢なタイプは自己愛性パーソナリティ障害と診断されるが、潜在型の過敏なタイプは回避性パーソナリティ障害(あるいは)と診断されてしまうことが少なくないと述べている。 これらは精神力動的には同じもので、単なる表裏の問題に過ぎず、背景にある自己愛性の問題を把握することが必要であることを指摘している。 また丸田は、典型的な症例は無関心型と過敏型の特徴のどちらかを示すが、臨床的にはほとんどが両者の混合型であり、ひとつの症状軸である「他者の反応に意を介さない vs 他者の反応に対して非常に敏感」を取り上げても、その反応は振り子の両極のように大きく揺れ動くのが特徴(健康な人は揺れが少ない)という点を指摘している。 現実の自己愛性パーソナリティ障害は、ギャバードの分類した無関心型の極から過敏型の極へと至る線上のいずれかにプロットされると考えられる。 その他の分類 [ ] は自己愛人格に見られる特徴を描写し、それらを5つのとして分類した。 臨床的にはどのサブタイプにおいてもその純形はほとんど見られず、特徴は少なからず重なり合っているのが普通である。 自己愛性パーソナリティ障害の5分類 分類 概要 人格特性 反道徳的ナルシスト 特徴を含んでいる。 搾取的で、不実で、人をだます、無節操なペテン師という人物像をもつ 良心に欠けている。 無節操で、道理に無関心であり、不実で、詐欺的で、人を欺き、傲慢で、人をモノのように扱う。 支配的で、人を軽蔑し、執念深い詐欺師である 多情型(好色的)ナルシスト 特徴を含んでいる。 者(多情で誘惑的)であり、エロティックで魅惑的な自己顕示的人物である 性的に誘惑的であり、魅惑的で、心を引きつけ、思わせぶりである。 舌のよく回る巧みな人物であり、快楽主義的な欲望に耽るが、本当の親密さにはほとんど無関心である。 貧乏な人やうぶな人を魅了し、意のままに操る。 病的に嘘つきで、人を騙す 代償的ナルシスト な特徴を含んでいる。 また、過敏でな特徴を有している 自尊心の欠如および劣等感を中和あるいは相殺することに努める。 すなわち、自分は優れており、特別で、賞賛されるべきであり、注目に値するという幻想を生み出すことで自己の欠損をバランスしようとする。 それらの自己価値感は自身を強調した結果生まれたものである エリート主義的ナルシスト 純粋なタイプである。 の男根期的自己愛性格に相当する 偽りの業績や特別な子ども時代の体験のために、自分は特権的で、特別な能力を有すると信じている。 しかし、立派な外見と現実との間に関連はほとんどない。 恵まれた、上昇気流にのった良好な社会生活を求め、人との関わりにおいては特別な地位や優越が得られる関係を築こうとする 狂信的ナルシスト な特徴をもつ 自尊心はひどく幼少時代に捉われており、普段から誇大妄想的傾向を示し、全能の神であるという幻想を抱いている人物である。 自分は重要ではなく、価値が無いという幻想と戦っており、素晴らしいファンタジーを夢想すること、あるいは自己鍛錬を通じて、自尊心を再確立しようと試みている。 他者から是認や支持を得ることができない時には、壮大な使命を帯びた英雄的で崇拝される人物の役割を担おうとする セオドア・ミロン(2003) 共通特徴 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害は、対人関係における搾取的行動、共感性の欠如、激しい羨望・攻撃性・自己顕示欲という諸々の特徴を示す。 彼らの持つもう一つの側面は、その傷つきやすさである。 意識的なレベルでは、それは無力感、空虚感、低い自尊心、羞恥心に由来するものである。 それは彼らが求めたり、期待する支持が与えられない状況や、自己主張が不可能なために退避するような状況において、親しくなることを回避するという行動で表現されることがある。 自己愛の病理は軽症から重症まで連続的な広がりをもち、その自己表現形式も多様である。 診断基準 [ ] は、特定のパーソナリティの特徴が成人期早期までに明らかになっており、薬物やストレスなど一過性の状態とは区別されている必要がある。 臨床的に場合は、正常なパーソナリティである。 DSM-IV-TR [ ] (空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。 以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)• 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。 過剰な賛美を求める。 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)• 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。 しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。 尊大で傲慢な行動、または態度 — 、DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル ICD [ ] ()が発表するにおいては、自己愛性パーソナリティ障害は()に分類されており、個別の診断基準を有していない。 ICD-10はまた、いかなるパーソナリティ障害の診断においてもパーソナリティ障害のを満たすことを求めている。 鑑別診断 [ ] 非精神病性のは、等しくの問題を抱えている。 、、 、は疾病論的にはDSMにおけるからまでの線上に位置し、これらは精神力動的には自己愛の障害という幅広い領域を形成している。 自己愛的な傷つきに対して激しい怒りを持ち、また傷つくことを怖れ、空想的な理想と現実の自分との間で葛藤を抱えている人々である。 表徴の背後にある、構造を見通す眼が求められる。 他のパーソナリティ障害 [ ] 元々同一の概念から誕生した経緯もあり、自己愛性パーソナリティ障害と他のパーソナリティ障害は重複する部分も多い。 特にパーソナリティ障害クラスターB群(境界性、反社会性、演技性)や、回避性パーソナリティ障害などとは重なりあう部分も多く、今後の研究によって、診断基準自体が大幅に変化することもあるだろう。 境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害の連続性については多くの指摘がなされている。 との境界領域にある疾患群の総称がであり、神経症側に近いものが自己愛性パーソナリティ障害、他方の極に近いものが境界性パーソナリティ障害であると、は指摘している。 または、境界例患者は治療が進むと自己愛性パーソナリティ障害様の機能や能力を獲得することがあると述べている。 はこれら2つの障害に明確な境界を設けておらず、境界例患者でも自己を保てていれば自己愛性に近くなり、安定性を保てなくなると境界性様の症状が発現することを指摘している。 現代精神医学においては、境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害を連続的なもの、すなわちとして捉える見方が大勢となっている。 以下に他のパーソナリティ障害との鑑別点を示す。 妄想性パーソナリティ障害 は、通常その疑い深さと社会的ひきこもりによって自己愛性パーソナリティ障害とは区別される。 これらの特性が自己愛性パーソナリティ障害にも見られる場合、それは主に自己の不完全さや欠陥があらわになることへの怖れから生じるものである。 境界性パーソナリティ障害 では、対人関係において支持への要求を顕著にあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。 自身を否定された時の過敏性は共通している。 境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、尊大であり自己評価も高い。 演技性パーソナリティ障害 は感受性が強く、情緒に富み、誘惑的だが、自己愛性パーソナリティ障害は冷淡で、共感性に欠け、賞賛を求める。 自己愛性パーソナリティ障害は社会的評価の低下を伴ってまで他者の関心をひこうとはしない。 反社会性パーソナリティ障害 と自己愛性パーソナリティ障害は人を利用し、表面的で、共感性を欠くという点で共通しているが、反社会性パーソナリティ障害は賞賛を必要としない。 自己愛性パーソナリティ障害は衝動性・攻撃性を必ずしも有しておらず、社会的制裁を被るような行為障害や犯罪の既往は通常見られない。 回避性パーソナリティ障害 は理想的(誇大的)自己と無能的自己に分裂し、等身大の自分が欠如しているという自己愛性パーソナリティ障害と同様の構造を有しているが 、自己愛性パーソナリティ障害における無能的自己が強力に否認・抑圧され、認識されていない状態とは異なり、回避性パーソナリティ障害はその両者が意識化されている。 そのため激しい怒りや嫉妬の感情が表面的にはコントロールされており、より高次の機制が用いられている。 治療 [ ] 治療の中心はである。 は抑うつ症状等に対するとして行う。 病理学 [ ] 自己愛性格者および自己愛性パーソナリティ障害に対する治療的試みは、、、、、によるものが広く知られている。 は、現代の疾患単位でいえば自己愛性パーソナリティ障害の人々が含まれるの治療を行っていたが、これらの患者にはが生じず、しか生じないため、では治療できないと結論づけていた。 は、自己愛性パーソナリティ障害の人物もまた見捨てられ抑うつを抱えており、分離不安や共感の失敗が万能や価値下げなどの防衛を導くと指摘した。 また対象表象があたかも自己表象の構成部分であるかのように行動すること、幼児期の誇大感と万能感を維持し続けていることから、の発達理論における分離個体化期において発達停止が生じていると分析した。 治療においては、自己愛の脆弱性を積極的に解釈し、葛藤を徹底操作していくことが重要であると報告した。 は、ゆえに妄想的な被害感情を持つ心の態勢と、を受け止め償おうとする心の態勢の間に、見せかけの適応を示し変化を拒絶するが自己愛性パーソナリティ障害の人々に特徴的に見られることを見いだした。 こうした、いわば第三の態勢を生み出す悪性の防衛を放棄させることが、治療の眼目であるとロゼンフェルドは指摘した。 最も広く知られている治療理論はカーンバーグとコフートによるものであるが、彼らは自己愛性パーソナリティ障害に見られる転移を、積極的に直面化し解釈することあるいは共感的に扱うことで治療可能であることを報告した。 2人の治療理論にはそれぞれ対照的な部分があるが、それは素材となった患者群の違いによるところが大きいといわれる。 コフートが診療を行った患者は、自己評価の傷つきやすさを抱えながらもそれなりの社会適応を果たしており、外来治療が可能な人々であった。 対してカーンバーグの患者は入院治療を必要とする人達を含むより重症の患者群であり、と区別がつかない人達を含んでいた。 両者の治療論は以下である。 自己愛性パーソナリティ障害の精神力動的理解と治療 カーンバーグ コフート ・怒りを生得的に持ち合わせた一次的なものと見る ・自己愛性人格は境界性人格の下位分類である ・誇大的自己は病的構造と見る ・理想化を防衛手段として直面化し、解釈する 理解 ・怒りは共感的反応を得られない時に生じる二次的なものと見る ・自己愛性人格は境界性人格とは区別される ・誇大的自己は正常な発達過程で見られる ・理想化を正常な発達欲求として受け入れる 親が自分の自己愛の道具として特別な子を求めるなどの不適切な養育に加え、先天的な子どもの羨望と攻撃性の強さを重視する葛藤理論。 自分の内部にあるアグレッションが強すぎるためにコントロールできないほどの葛藤が生じるのだと考え、解釈を通して直面化を繰り返し、自我の成長を促進する 原因 共感的な親子関係が築けなかったために心が十分に成長しなかったという後天的な環境要因を重視する欠損理論。 この場合の欠損は生まれついてのものではなく、養育過程で生じた後天的な欠損を意味し、共感を用いて育て直し、自己評価調節機能と緊張緩和機能という心理的構造の内在化を目指す 幼年時代の処理できなかった原始的な怒りの感情が、外界へ投影されることで生じる恐怖・憎しみ・怒り・羨望の感情を解釈を通じて繰り返し直面化する。 自分の悪い部分などを他者へ投影するなどした時に、本当は患者自身に抱えきれない葛藤があることを教えてゆく。 被害妄想的な世界は、実は自分の中にある幼い頃の感情が外界に投影されたものであることを解釈し、洞察を助ける 治療 理想化転移を引き受ける。 共感的に患者の気持ちを汲む(鏡転移)。 間違いや失敗をした際には素直に謝るなど、理想化対象である治療者にも至らない点があることに気がつかせる(適量の欲求不満)。 にの心理学者であるトウェンギとキャンベルにより行われた調査によると、ここ10年で自己愛性パーソナリティ障害の発生率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害を経験していると結論づけられている。 関連疾患 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害は・・・・・・他のとの併存が見られる。 のうち約2割が自己愛性パーソナリティ障害に伴う抑うつ症状という報告がある。 以下に特に関連の深い疾患を挙げる。 摂食障害 [ ] アメリカ精神医学会はDSMにおいて、の人はかなりの割合で少なくとも一つのパーソナリティ障害の診断基準を見たし、自己愛性パーソナリティ障害は()と関連が深く 、()は境界性パーソナリティ障害が最も多く見られると報告している。 摂食障害の人々もまた、極度に価値下げされた自己像と、それに対置する理想的で誇大的な自己像が分裂して併存しており、自尊心の障害を抱えている。 摂食障害における自己愛的防衛の研究は、摂食の病理と自己愛の間にある相関関係に注目している。 ( : Narcissus) 極端なうぬぼれと自己中心性を表現するためにという言葉を使用するのは、現代の医学分類である自己愛性パーソナリティ障害の遥か以前に遡る。 の人物であるという青年は美しい容貌を備えていたが、彼に恋をした精霊のに冷淡にふるまったことで女神の怒りを買ってしまった。 自分の姿に恋焦がれるという罰を受けたナルキッソスは、泉に映る自分に見惚れたまま痩せ衰えて死んでしまった。 彼亡きあとの水辺には、一輪の(: Narcissus)の花が残っていた。 ナルシシズム()という言葉の起源は、にが自己没頭的な患者を報告する際にナルキッソスの物語を引用したのが始まりとされる。 にはがを定義する言葉としてナルシシズムという語を用い、にはがの前段階という、より広い心理状態を指す語としてナルシシズムという言葉を用いた。 にはがはじめて誇大的な人物像である男根期的自己愛性格を人格の病理として記載し 、にはが自己愛人格あるいはとして記載した。 には、極端な2つの自己像に分かれ、現実的な自己像を持たない自己愛患者について報告した。 による自己愛性人格構造 、による自己愛性パーソナリティ障害 の提唱により、誇大的な自己像を抱え社会生活に支障をきたす一群の疾患単位が提唱された。 に発表されたによって自己愛性パーソナリティ障害概念が定義され、へと引き継がれ現在に至っている。 自己愛性パーソナリティの有名人 [ ] ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908 - 1989) 自己愛性パーソナリティ(障害)を有していたとされる有名人には、、、がいる。 は対人関係に過敏で、貴族的な選民意識を持ち、妥協を許さぬ完璧主義者であった。 祖母に溺愛され、母との情緒的な繋がりを持ちにくかった三島は、幼い頃にはケガをすると危ないという理由で女の子だけを遊び相手に選ばれている。 文壇デビュー当時の思うように売れない時期から、基底にある自己不確実感を覆い隠すようにやという肉体鍛錬に没頭した。 またそのうるわしい肉体とは対照的に、取り巻きなしでは飲食店に入ることすらできないという過敏性を示している。 その後数々の傑作を生み出し隆盛を極めたものの、40歳にもなると肉体的な老いを感じずにはいられなくなり、痩せ衰えることを極度に恐れた。 やがて国家主義的思想に自らの在り方を重ねていった三島は、劇的なにより、美を保ったまま自らの人生に幕を下ろした。 は様々なの特徴を示しているが、その中核にあるのは歪なナルシシズムである。 自らをと言って憚らない自己顕示性と、奇矯な振る舞いの背後には、ありのままの自分を認められずに過ごした生い立ちが関係している。 ダリには同じ名前の兄がいたが、2歳でその人生を閉じており、ダリはその兄の写真を見る事を極度に恐れた。 両親の目の奥に、自分ではなく、死んだ息子への不毛な愛情を感じていたからである。 生涯にわたって自己喧伝の衝動に囚われ続けたダリは、『私は自分自身に証明したいのだ。 私は死んだ兄ではない、生きているのは私だ、と』と綴っており、愛情面の傷つきからくる繊細な感性と、誇大的とも言える自信は、創造的な営みの原動力となった。 は世界最高のとして「帝王」の名を欲しいままにしたが、その気性から数多くの問題を引き起こした。 カラヤンはメディアに掲載される自らの写真を全てチェックし、認めたもののみ公表を許すなど、自分が最も理想的な姿で映し出されることを求めた。 に不意打ちで写真を撮られた際にはカメラマンを殴りつけるという事件を起こしている。 またカラヤンは自らが貴族階級出身であることをあらわす「フォン」をつけて名乗ったが、パスポートには「ヘルベルト・カラヤン」とだけ記されていたという。 幾度にも渡るとの対立に示されるように、カラヤンは少しでも意見を言う者や、従わないものには怒り狂い、徹底的に攻撃した。 世間の持つ「天才」、「帝王」という二枚目な「芸術家としてのカラヤン」と、「人間カラヤン」を同じように評価することはできないと楽員は述べている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 対人恐怖症や対人緊張に悩む人は、自分を恥ずかしく思うと同時に、人前で完璧に振る舞い羨望の眼差しを向けられたいという願望を有している。 理想的な自己イメージと卑下された自己イメージの間を揺れ動き、その多くは自己愛の病理を抱えている(ただしすべての対人恐怖症が自己愛と結びつくわけではない)。 ( pp. 29 - 34. だから、他人からの評価によって傷つくのである。 逆にいえば、他人からの評価によって揺らぐような低い自己評価所持者が「プライドの高い人」と周囲から認識されることになる。 ( p. 146)• 万能的な自己と無価値な自己とに連動したうつと躁のエピソードから、しばしば双極性障害(rapid cycler)と誤診される。 ( pp. 96 - 97. "oblivious type" は「無自覚型」、"hypervigilant type" は「過剰警戒型」と翻訳されることがある。 精神療法は常識の通用しなくなったところからはじまる。 今・ここでの関係性の中で、不鮮明で混乱した意識的・無意識的材料を明確化し、潜在的な葛藤を生み出す矛盾した事柄を直面化し、不合理な行動の起源となる無意識的内容を論理的に解釈する。 あの時・あそこで体験した病因的関係が、今・ここで再演されていることと結びつけて転移解釈を行う。 これらのサイクルを繰り返して徹底操作する。 以上が精神療法の実際的な機序である。 ( pp. 9 - 11. ) 出典 [ ]• 56-63• Washington [etc. ]: American Psychiatric Publishing. 2013. 645, 669—72. The American Journal of Psychiatry 172 5 : 415—22. Sederer, Lloyd I. 2009. 5th ed. O'Donohue, William 2007. Los Angeles: SAGE Publications. 235. の8 September 2017時点におけるアーカイブ。 2016年7月17日閲覧。 MayoClinic. com. 2 Dec. 2011. 2013年7月9日閲覧。 Ronnigstam E. 2011. "Narcissistic personality disorder: A clinical perspective". Journal of Psychiatric Practice 17 2 : 89-99. BUSHMAN,3,4 TJEERT OLTHOF,1 AND JAAP DENISSEN. Department of Psychology, VU University, The Netherlands Department of Psychology, Utrecht University. Kernberg, P. Narcissistic personality disorder in childhood. In : Psychiatry. Clin. 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不倫の渡部建、自己愛性パーソナリティ障害の可能性…佐々木希との結婚が乱倫に拍車か

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 と は

自分の性格だけでなく、パートナーや友人、上司や部下、顧客との関係で、相手の性格に悩まされるということも増えています。 性格の偏りや不安定さが強まって、生きづらくなった状態が、パーソナリティ障害です。 対人関係が難しくなったと言われますが、その要因の一つとして、パーソナリティ障害が増えていることも指摘されています。 性格の悩みの根底にある問題を理解する上で、パーソナリティ障害について基本的なことを知っておくことは、とても役に立ちます。 パーソナリティ障害は、いわゆる「常識」とは少し違った基準をもっているので、常識的な見方で、問題を理解しようとしても、限界があるのです。 パーソナリティ障害について知ると、それまで不可解だった行動やいくら言っても効き目がなかった問題の本当の意味がわかってきます。 そうすると、自然に対応の仕方も変わり、お互いが楽になります。 性格の偏りは、極端になると、デメリットが増え、生きづらさが増しますが、程よく存在することは、むしろ「個性」として大切なことです。 その個性を活かす方向に、ライフスタイルとの調和をはかると、人生は、より快適で、実り多いものになると言えます。 自分や周囲の人のパーソナリティについて、是非見直してみてください。 きっとさまざまな発見があるはずです。 ここでは、岡田尊司の著書『ササッとわかるパーソナリティ障害』(講談社)から、パーソナリティ障害についての基本的な知識を整理しましょう。 岡田は、それ以外にも、『パーソナリティ障害』(PHP新書)や『パーソナリティ障害がわかる本』(法研)『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)など、パーソナリティ障害に関する著書を数多く書き、どれもロングセラーとなっています。 岡田尊司『ササッとわかるパーソナリティ障害』より 1.そもそもパーソナリティ障害とは何ですか? パーソナリティ障害とは「著しく偏った」状態です。 偏り方は、さまざまで、一見正反対のように見えることもあります。 パーソナリティ障害(人格障害)とは、一言で言えば、「性格の著しい偏りのために、自分自身だけでなく、周囲も苦しむ状態」で、生活に、重大な支障が生じるほど程度が強いものを言います。 少しくらい、その傾向があっても、支障なく生活ができている限りは、「パーソナリティ・スタイル」で、障害ではありません。 偏り方は、さまざまで、大きく十タイプに分かれます。 どのタイプも、極端な偏りのために、うまく周囲に適応できなかったり、苦しさを抱えたりするという点では、同じです。 たとえば、自信やプライドをもつことは大切ですが、それが行きすぎると、「自己愛性パーソナリティ障害」となります。 逆に、自信不足から、人に頼る傾向が強まると、「依存性パーソナリティ障害」になりますし、自信不足が露呈しないように、プレッシャーがかかる状況を避けるようになると、「回避性パーソナリティ障害」へと発展します。 過剰も不足も、生きづらさを生むのです。 2.パーソナリティ障害は性格?病気? パーソナリティ障害は、かつて考えられていたような不変の、治療不可能な状態ではなく、改善可能な「障害」と考えられています。 かつて、パーソナリティ障害のことを「精神病質」と呼んでいました。 今日でも、司法精神医学などでは使われますが、「烙印」を押すような響きがあります。 「精神病質」には、生まれつきもった素質で、治らないという意味が強いからです。 「烙印」ではなく、治療可能な「障害」として捉えようと、使われるようになったのが「パーソナリティ障害」です。 実際、わかってきたことは、パーソナリティは、かつて考えられていたほど不変なものではなく、可塑性があるということです。 パーソナリティ障害の人も、ずっとそういう「性格」だったのではなく、挫折や傷ついた体験をきっかけとして、バランスが悪くなり、偏りが極端になったという場合が多いのです。 また、治療的関わりや体験によって、時間はかかるけれども、改善するケースが多いということもわかってきました。 決して、変えようのない異常性格ではありません。 3.いつからパーソナリティ障害になるのですか? 思春期以降、性格は大きく変化します。 青年期以降、ある時期から、偏りが強まってきます。 比較的急激に「発症」することもあります。 パーソナリティ障害は、青年期から成人期の初めまでに、はっきりその傾向が現れるものだと考えられています。 思春期を境に、「性格」は大きく変動します。 そのため、小学校時代までとは、異なる傾向がしばしば見られます。 小さい頃は、友だちともよく遊び、活発で、大胆だった子が、中学生以降、不安が強く、引っ込み思案な回避性の傾向を強めるといったことは、珍しくありません。 多くは徐々に変化しますが、比較的急激に、「性格」が変わったと感じられることもあります。 ことに、「境界性パーソナリティ障害」では、それまで、頑張り屋で、気持ちも安定し、きちんとしていた人が、急激に不安定になり、自殺企図や攻撃的な言動を見せ、周囲を面食らわせることが少なくありません。 元々心のどこかに見捨てられ不安を抱えながら、何とかバランスを保っていた人が、古傷を再現するような出来事をきっかけに心の均衡を失ってしまうと、そんなふうになりやすいと言えます。 4.どうやって、診断するの? パーソナリティ障害は、検査をすれば、診断がつくものではありません。 その人の通常の行動や認知のパターンが、診断基準に該当するかで判定します。 体の病気を診断するときのように、検査をすれば、それで診断がつくというわけではありません。 心理検査は、ある程度、診断の助けになりますが、優先されるのは、その人が、過去一年程度の間に、どのような行動様式をとってきたかということです。 正確に言うと、行動だけでなく、認知(どのうよに物事を受け止めるか)や感情(どのように感じるか)といった内的体験の部分も重視されます。 それについて、本人や周囲の人から、十分話を聞き、パーソナリティ障害の診断基準に該当するかどうかを判定します。 該当する合には、各タイプの診断基準と照らし合わせて、どのタイプに当てはまるかを特定します。 薬物の影響や身体的な原因によるものは、除外されます。 また、パーソナリティ障害は、多くは十代から、遅くとも二十代前半には、そうした傾向が始まっているのが通常です。 二十代後半以降に、性格が変わったように感じられるときには、他の原因の可能性が考えられます。 5.パーソナリティ障害に共通する症状 パーソナリティ障害は、タイプによって、まったく異なった特徴を示しますが、根底には、共通する基本症状があります。 それは、一言で言えば、「幼い心の状態」ということです。 パーソナリティ障害には、代表的タイプだけでも、十のタイプがあります。 それぞれ、偏り方が異なっているだけでなく、正反対な偏りを示す場合もあります。 一見すると、まったく別々のものに思えますが、実は、すぺてのパーソナリティ障害には、表面的な偏り方の根底に、共通する症状や特性があります。 この共通する根本症状をしっかり理解しておくと、複雑に見える現象も、よくわかります。 では、パーソナリティ障害の根本症状とは、何なのでしょうか。 それは、一言で言うと、「幼い心の状態」に陥っているということです。 パーソナリティ障害の人では、発達心理学的には、乳幼児期から児童期前半の頃に特徴的に見られる状態に固着したり、退行を起こしているのです。 その心理学的特徴は、専門的に言うと、「部分対象関係」「妄想分裂ポジション」「躁的防衛」「境界性人格構造」「自己愛固着」です。 それぞれについて、これから見ていきましょう。 ・ 6.白か黒か、常に両極端に考えてしまう 物事を白か黒か、全か無かで、両極端に考えてしまいます。 中間がない二分法的思考は、部分対象関係が優勢なことによるものです。 パーソナリティ障害の基本症状の一つは、両極端に、全か無かで考えてしまうという二分法的思考です。 他人が、親切で、思い通りにしてくれている間は、「すごくいい人」と受け止めるのに、少しでも、思いに反することをされたりすると、途端に「ひどい人」「サイアクの人」と評価が逆転してしまうのです。 精神分析家のメラニー・クラインは、幼い子どもを観察するなかで、乳児期の段階で優勢にみられる対象との関わり方を「部分対象関係」と名付けました。 この段階では、子どもは、母親という全体的な存在ではなく、たとえば、オッパイという一部分でしか見ず、ミルクがよく出るときには、「良いオッパイ」、出が悪いときには「悪いオッパイ」と、まるで別々の存在を相手にするように振る舞うのです。 こうした「部分対象関係」は、パーソナリティ障害の人では、まだ優勢に残っていて、その不可解な反応を、理解するのに役立ちます。 7.他人を心から信じることができず、人との絆を築きにくい 傷つきやすさのため、本当は「味方」になってくれている人も、些細なことで攻撃されたように感じ、「敵」に思えてしまいます。 二つめの基本症状として、パーソナリティ障害の人は、とても傷つきやすいという点を上げられるでしょう。 通常なら笑って聞き流せるようなことでも、ひどく侮辱を受けたように感じ、長く引きずってしまう場合もあります。 些細な他人の言葉で、落ち込んだり、気に病んだりしがちです。 こうした傷つきやすさは、生来の過敏性を否定的な体験が強化したことによります。 心の発達から言えば、「妄想・分裂ポジション」に陥りやすいためです。 「妄想・分裂ポジション」は、前項で説明した「部分対象関係」の段階で出現しやすいもので、普段は優しくしてくれる人の行動であっても、自分の思いに反すると、それを攻撃と受け取り、激しい怒りをぶつける状態です。 パーソナリティ障害の人では、部分対象関係が色濃く残っているため、ストレスがかかると、妄想・分裂ポジションに陥って、「味方」さえも、「敵」だとみなしてしまうのです。 その結果、安定した信頼関係を維持することが難しいのです。 8.自信と劣等感が同居 心の奥底にある劣等感や自己否定感を代償しようと、自信を装ったり、強気に振る舞ったりしてしまいます。 三つ目の基本症状として、劣等感と自信が、不安定に同居しているということです。 心の奥底に自己否定感を抱えていて、それを、その人なりの方法で、代償することで、かろうじてバランスをとっています。 第三者からは、強い安定感があるように見える場合も、実は、もろい面を抱えています。 心の発達という観点から見ると、自己否定感から、自分の非を責める状態である「抑うつポジション」に陥るのを避けるために、強気に振る舞うことで、自分を守ろうとする「躁的防衛」の仕組みを、過剰に発達させているのです。 「躁的防衛」の方法は、他人に「優越」することや、「支配」することや、「見下す」ことによります。 自分の非を認めずに、相手を攻撃したり、責任転嫁したりするのも、「躁的防衛」だと言えます。 普段からは想像がつかない程、激しい行動化を起こすのも、「躁的防衛」の結果です。 しかし、「躁的防衛」が崩れると、抑うつポジションに陥って、急に自分を責めてしまったりします。 9.自分と周囲の境目があいまいで、自分と相手の立場を混同しやすい 自他の境界が曖昧な「境界性人格構造」のため、自分の感情を、相手に投影したり、自分の身近な人と相手を心理的に同一視したりします。 四つ目の基本症状としては、自分と他者の境目が曖昧になりやすく、自分と相手の立場を混同しやすいことが挙げられます。 精神医学者のオットー・カーンバーグは、そうした特徴をもった心の構造を、「境界性人格構造」と呼び、自他の境界が失われた「精神病性人格構造」や自他の区別はしっかりしているが、抑圧した葛藤のために不安や緊張を生じやすい「神経症性人格構造」の中間的なものと考えました。 多くのパーソナリティ障害は、「境界性人格構造」を特徴とします。 (ただし、回避性及び強迫性パーソナリティ障害は、「神経症性人格構造」に分類されます。 ) そのため、自分の気持ちと相手の気持ちを混同したりすることが起こりやすいのです。 たとえば、自分が、相手のことを嫌っていると、相手も自分のことを嫌っているように感じたりします。 また、相手が父親と年格好が似ていると言うだけで、父親に接しているように、自分の気持ちをぶつけてしまったりします。 10.自己愛障害を抱えている 自分へのこだわりが強く、自己愛のバランスが悪い。 自分を過度に粗末に扱ったり、つまらない意地を張って、大きな損失を被ったりします。 五番目の基本症状は、自己愛のバランスが悪いということです。 自己愛とは、自分を大切にする、人間が生きていくのに不可欠な能力です。 コフートによると、自己愛は、二つの中間段階を経て、発達します。 最初の段階は、「誇大自己」の段階で、すべての関心を求め、神のような万能感を抱いています。 その後、発達してくるのが、「理想化された親のイマーゴ」の段階で、親を神のように理想化し、それに一体化することで、自分の理想像を育む段階です。 それらを経て、誇りと理想をもち、現実的な知恵を兼ね備えた、成熟した自己愛へと結実するのです。 ところが、幼い時期に、自己愛が十分満たされなかったり、過度に満たされすぎたり、親を愛せなかったり、親に失望したりすると、自己愛の発達が損なわれ、貧弱な自己愛しか持てなかったり、いびつに肥大した自己愛を膨らませたりしてします。 こうした自己愛障害の結果、自分を粗末に扱ったり、不遜になりすぎたりしてしまうのです。 11.パーソナリティ障害の原因は遺伝?環境? パーソナリティ障害の原因は、遺伝と環境要因が、およそ半々で関係しています。 他の疾患に比べても、環境要因の関与が大きいのが特徴です。 性格は、遺伝なのか、環境なのかという議論が、昔からあります。 パーソナリティ障害の原因は、遺伝なのでしょうか、環境なのでしょうか。 その疑問に答えを出す方法として、双生児研究があります。 まったく同じ遺伝子をもつ一卵性双生児と、普通の兄弟程度に遺伝子が異なる二卵性双生児で、一方が、パーソナリティ障害の場合、もうひとりがパーソナリティ障害になる割合を調べることで、遺伝的要因の関与の割合を求めることができます。 その方法で、調べた結果、パーソナリティ障害の発症に、遺伝的要因が関与する割合は、パーソナリティ障害のタイプに余り関係なく、概ね、五割強という結果が出ています。 これは、糖尿病や高血圧よりも、遺伝的関与が低いことを示しています。 つまり、環境的要因が、かなり大きいと言うことです。 環境的要因としては、乳幼児期の家庭環境が、非常に重要だと考えられていますが、それ以降の体験も、決して無関係ではありません。 12.もっとも重要な「環境」は親 親は子どもに遺伝子を分け与えるだけでなく、もっとも大切な「環境」でもあります。 他人との間で、親との関係を再現してしまうのです。 パーソナリティ障害の環境的要因としては、家庭環境が重要ですが、核家族化した家庭では、親の影響が非常に大きくなっています。 その一つは、愛情や世話がほどよく行き届いたかどうかという点です。 ネグレクトされて育ったり、見捨てられたりする体験は、傷つきやすく、不安定な人格を生みます。 もう一つは、親が、行動の手本になるということです。 子どもは、言葉を学ぶように、親の行動から学びます。 親が何に価値を起き、どう振る舞っているかを受け継ぎます。 たとえば、演技性パーソナリティ障害の人では、容姿や性的魅力をとても重要視する家族がいることが多いのです。 中には、反動形成といって、親の期待と正反対な人格を発達させることもあります。 また、親の行動を模倣するだけでなく、親との関係を、他人との間で再現してしまうこともあります。 虐待され、親から粗末に扱われた人は、他人から同じように扱われるような関係を再現してしまいやすいのです。 13.社会的な環境要因もパーソナリティ障害の増加に関係している 境界性や自己愛性パーソナリティ障害が急増しています。 その背景には、家族が少人数になったことや、社会の自己愛化などが挙げられます。 パーソナリティ障害の中でも、境界性や自己愛性パーソナリティ障害が、急増していることが指摘されている。 日本では、八十年代以降、そうした傾向が徐々に見られ、今世紀に入って、いっそう顕著となっている。 パーソナリティ障害では、環境的要因が半分程度のウエイトをもち、また遺伝的要因が、数十年という時間スケールで大きく変化することはあり得ないことを考えると、環境要因の変化が、社会的な規模で起きて、急増につながっていると考えられる。 社会的な環境要因としては、前項でも述べたように、核家族化や少子化、離婚の増加などによる、小家族化が挙げられる。 それによって、親の影響力が増すとともに、それを中和する緩衝剤的な存在がいなくなったことによって、親の偏りや養育の欠陥を、子どもは、まともに被るようになったと考えられる。 それ以外にも、社会の自己愛性や、パーソナリティをバランス良く発達させるための社会的体験の不足などが挙げられる。 14.発達障害の子どもはパーソナリティ障害になりやすい? 発達障害の子は、適応しにくさを抱え、環境や理解に恵まれないと、偏りを強めてパーソナリティ障害に発展する危険があります。 発達障害は、さまざまな精神疾患のリスクを高めますが、パーソナリティ障害の発症リスクを高めることが指摘されています。 たとえば、ADHDの子どもはが、否定的な扱いばかりを受けると、しだいに反抗的になり、さらに、非行や反社会的行動がエスカレートしていくと、反社会性パーソナリティ障害に発展する危険があります。 ただし、その割合は、一割未満です。 また、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラムでは、対人関係における消極性が強まっていった場合には、シゾイドパーソナリティ障害に発展したり、こだわりの強い傾向が、中心的な偏りとなると、強迫性パーソナリティ障害となることもあります。 発達障害に認められる、自己の行動パターンへの固執性や衝動性、感情制御の困難、部分対象関係などは、いずれも、パーソナリティ障害の特徴と重なる部分が大きく、発達障害を適応的に克服できない場合、パーソナリティ障害となって、問題を露呈すると考えられます。 15.他の精神疾患と合併することがある? うつや不安障害の背後には、しばしばパーソナリティ障害がひそんでいます。 パーソナリティ障害は、さまざまな精神疾患の背後に潜んでいることがある。 もっとも多いのは、うつ状態や不安障害です。 パーソナリティ障害があると、過敏で、傷つきやすく、ストレスに対して脆いのです。 また、困難にぶつかると、二分法的な思考や部分対象関係のため、全体を見ながら柔軟に対応できず、融通の利かない、バランスの悪い対応をしてしまい、状況をいっそう困難にしてしまいがちです。 その結果、本人は頑張っているのに、問題はこじれる一方で、余計にストレスをためやすいのです。 そうした場合には、うつや不安の治療を行っても、問題をごまかしているだけで、根本的な改善にはなりません。 背後にあるパーソナリティの偏りを自覚して、それを修正し、現実生活での適応力を高めていくことが必要です。 一方、パーソナリティ障害と見まちがいやすい、精神疾患もあります。 外来にやってくるパーソナリティ障害の多くは、うつ病や不安障害など、別の病名で治療を受けている。 コラム クロニンジャーの七因子理論 パーソナリティ(人格)は、生まれつきの要素が強い「気質」と、後天的に身につけた「性格」が合わさったとものです。 アメリカの精神科医ロバート・クロニンジャーは、気質の要素として「新奇性探求」「損害回避」「報酬依存」「固執」の四つを、性格の要素として「自己志向」「協調」「自己超越」の三つを抽出しました。 新奇性探求は新しい刺激を求める傾向で、高い人は、好奇心旺盛で飽きっぽく、低い人は現状維持を優先します。 損害回避の高い人は、慎重で、堅実で、低い人は危険な賭けを好みます。 報酬依存の高い人は、褒められると頑張りますが、低い人は、周囲の評価に無関心です。 固執の高い人は融通が利かず、低い人は柔軟です。 自己志向は、自分の考えを実現しようとする傾向で、自己志向の低い人は、他人の考えに合わせてしまいます。 協調は、人と仲良くやっていく傾向で、低いと孤立的に振る舞います。 自己超越は、他人のために奉仕しようとする傾向で、低いと自分の利益ばかりを追求します。 クロニンジャーは、パーソナリティ障害になってしまうのは、性格の部分が貧弱であるためだと考えました。 第2章 様々なタイプのパーソナリティ障害 16.パーソナリティ障害は3つのグループと10のタイプに分けられる 孤立的で打ち解けないA群、魅力的だが、振り回されやすいB群、他人本位で不安が強いC群にわかれる。 パーソナリティ障害は、さまざまなタイプがありますが、大きく三つのグループに分けることができます。 A群は、孤立的で、信頼関係や親密な関わりを持ちにくいグループで、シゾイド、失調型、妄想性の三つのタイプがあります。 B群は、関係を始めるのは容易ですが、変動が激しく、振り回されやすいタイプで、ドラマチック・タイプとも呼ばれます。 境界性、自己愛性、演技性、反社会性の四タイプがあります。 華やかで、格好良く、人を惹き付ける魅力を備えているのですが、親しくなるにつれて、変動の激しさや自己本位な行動に、戸惑うこともしばしばです。 C群は、不安が強いものの、一見すると、パーソナリティ障害とは思えない、常識的なタイプで、依存性、回避性、強迫性の三つのタイプがあります。 A群は、遺伝的背景としては、統合失調症と近縁性があり、C群は、不安障害などの神経症と近縁性があります。 17.境界性パーソナリティ障害(1) なぜ、自分を傷つけてしまうのか? 強い自己否定感のために、「自分は生きる価値がない」と思ってしまう。 救いや希望にすがりつこうとして、裏切られるということを繰り返しやすい。 境界性パーソナリティ障害は、強い自己否定感とともに、気分や対人関係の両極端な変動を特徴とするタイプで、リストカットやオーバードーズといった自傷行為や自殺企図が、繰り返されるのも特徴です。 若い女性に多く、近年急増しています。 過食や薬物依存、過呼吸発作や、意識が一時的に飛ぶ解離性症状、一過性の幻覚などが見られ、そのため精神病と間違われることもあります。 見捨てられることに対して過敏で、そうした思いを抱いただけで、見捨てられまいと激しい行動化に走ったり、どうせ見捨てられるのなら、死んだ方がましだと、自暴自棄な行動に走るのです。 見捨てられたくないという救いを求める気持ちと、どうせ見捨てられるという悲観的な思い込みが、心の中を行きつ戻りつしています。 その根底には、「自分は無価値な存在なので、いつか見捨てられる」という間違った信念があります。 それは、幼い頃からの体験で、身につけたしまったものなのです。 18.境界性パーソナリティ障害(2) なぜ、急増するのか? 急増の背景には、核家族化や働く母親の増加によって、幼い頃の愛情不足が起きやすくなっていることが原因として考えられています。 境界性パーソナリティ障害の原因は、一つには、気分が変動しやすい遺伝要因が関係しています。 環境要因としては、幼い頃の養育が重要と考えられています。 母子分離が行われる二〜三歳の時期に、見捨てられ体験や愛情を奪われる体験を味わうと、基本的な安心感が損なわれると同時に、見捨てられ不安を心に刻みこんでしまうと考えられます。 ただ、それ以降の時期においても、本人の安全感を根底から破壊してしまうような心的外傷体験も、原因となり得ます。 その代表的なものは、性的虐待やレイプ被害です。 境界性パーソナリティ障害は、アメリカでは、一九六〇年代以降、日本では八〇年代以降急増しています。 その原因としては、小家族化や女性の職場進出によって、母親の負担が増し、子どもが不安定な愛情環境に置かれたり、見捨てられ感を抱きやすいことによると考えられます。 19.境界性パーソナリティ障害(3) 振り回されないためには、どうすればよいか 自分が何とか支えなければ、と思えば思うほど泥沼に入っていきます。 本人に責任を戻すことも大切です。 境界性パーソナリティ障害の人に接する場合に、起こりやすい問題は、熱心に支えようとすればするほど、どんどん要求水準が上がり、本人の気分や反応に、振り回されてしまうということです。 本人に気に入られようという思いがあると、余計泥沼に入りやすいと言えます。 本人の気分に巻き込まれずに、冷静なスタンスで、いつも同じ方向を示す道しるべとなる関わり方が大切です。 本人がやるべきことを肩代わりしたり、無理な犠牲を払ったりすることは、本人のためにもならず、後で行き詰まる原因となるので、ここまでが限界というラインを設定しましょう。 境界性パーソナリティ障害を改善するポイントは、善か悪かの二分法的な思考ではなく、その中間の受け止め方を増やしていくことです。 そのためには、悪いことに出会っても、良い点を見つけていく力を養っていくことが、根本的な改善につながります。 逆に、悪いことがあると非難したり、責めるというのは、良くない対応です。 20.自己愛性パーソナリティ障害(1) なぜ、いつも偉そうなのか? 誇大な万能感や人を人とも思わぬ尊大さは、強い劣等感をはね除けようとして身につけたものなのです。 自己愛性パーソナリティ障害は、過剰な自信や誇大な願望、他人に対する尊大な態度や非共感性を特徴とするタイプです。 自分のことを特別だと考えていて、自分の利益のためなら、他人を利用し犠牲にすることにも、まったく心痛みません。 このタイプの人にとって、「世界は自分のために存在している」からです。 賞賛されることは、大好きですが、少しでも批判されると、激しい怒りを覚えます。 このタイプも、遺伝的要因が半分くらい関わっています。 バランスの悪い養育環境も多く見られます。 このタイプの人は、幼い頃に溺愛され、甘やかされた人に多いと言えます。 ただ、同時に、卑屈な思いや劣等感を味わう状況が併存しています。 たとえば、このタイプ音楽家のワグナーは、溺愛されて育ちましたが、私生児という出自を抱えていました。 偉大な成功という夢を膨らませることで、心のバランスを取らざるを得なかったという背景があるのです。 21.自己愛性パーソナリティ障害(2) 利用されて、捨てられないために 自己愛性パーソナリティ障害の人は、他人を利用することを当たり前だと思っています。 献身的に尽くしても、あまり感謝を覚えることもなく、逆に、些細なミスやうまくいかないことがあると、自分に原因があっても、周囲に責任転嫁して、攻撃してきます。 よかれと思って欠点を指摘したりすれば、激しい怒りを買い、集中攻撃を食らうことになります。 このタイプの人と上手に付き合うコツは、その人の偉大さを映し出す「鏡」となることです。 鏡は、自分の意志を見せたり、多くを語りませんが、その人を魅力的に映し出します。 それによって、このタイプの人は自分に自信と確信をもち、能力を発揮していくことができるのです。 鏡となって、自信を与えてくれた存在を、その人は、大切に扱うようになります。 また、鏡であるからこそ、その人が気づかないような支配力を及ぼすこともできるのです。 権力者が、侍医や占い師や側近の女性によって動かされるのは、そうした心の力動によるのです。 22.演技性パーソナリティ障害(1) なぜ、芝居じみた行動をするのか? 演技性パーソナリティ障害は、注目や関心に対する飽くなき欲求と、身体的な自己顕示を特徴とするタイプで、過剰なパフォーマンスや外見的な魅力によって、人々の注意を惹き付けようとする。 ときには、ウソやでっち上げによって、注目を惹いたり、同情を得ようとする。 内面的なことよりも、外面的なことに関心があり、肉体的な魅力やセックスアピールを強調しようとする。 こうした傾向は、外面的な魅力を重要視する養育者の態度や価値観の影響も大きいとされる。 また、親の性的な側面を意識させられるような環境に育ったり、性的虐待を受けることも、一因となる。 つまり、外見的、性的魅力が過大な存在感をもち、自分のアイデンティティを乗っ取ってしまった状態を起こしているのである。 その根底には、周囲に息を呑ませるような外面的な魅力によってしか、自分の存在価値を認めてもらえないという内面の空虚感がある。 23.演技性パーソナリティ障害(2) 上っ面な魅力で終わらないために このタイプの人にとって、注目される欲求は切実なものです。 それを押し込めるのではなく、うまく生かすことが大切です。 演技性パーソナリティ障害の注目や関心への欲求は、非常に切実で強いため、自分を貶めてしまうことや、社会規範に反するようなことをしてでも、注目を得ようとする。 それに対して、批判的な態度をとることは、このタイプの人にとっては、自分のすべてを否定されることに感じられ、余計に問題を悪化させやすい。 むしろ注目や関心への欲求を満たすと同時に、外見的なことだけでなく、内面的な魅力を評価する対応をすると、安定した信頼関係が作られやすい。 このタイプの人にとっては、多くの人に注目されることが重要なので、家庭に閉じこもるような生活は、うつや過食などの原因となる。 評価や注目を受けるような対外的な関わりを大切にしたい。 その一方で、外面的なことや刺激的なことばかりを追い求めるのではなく、内面的な知性や感性を磨くことも、本当の意味で豊かな人生につながる。 家事や育児といった身近なことを大切にしたい。 オノ・ヨーコの場合 ジョン・レノンの妻として、知られるオノ・ヨーコは、日本でも有名な財閥の出身でした。 しかし、子ども時代のヨーコは幸せではありませんでした。 母親は、気位が高く、ヨーコには、あまり関心がありませんでした。 彼女の有名になりたいという願望は、幼い日の関心不足と無関係ではなかったでしょう。 ヨーコが、ジョン・レノンに接近したのは、計算ずくのことだったと言われています。 彼女はロンドンに乗り込むと、マスコミの注目を浴びるべく、スキャンダラスな個展を開き、そこに、レノンが訪れるように仕組みます。 現れたレノンには見向きもせずに、ヨーコは、黒い神秘的な衣装をまとって、レノンの気持ちを捉えたのです。 そのとき、レノンには妻子があり、ヨーコにも夫や子どもがいました。 二人の結婚が幸福なものとなったのは、彼らの関心が外面的なことから、内面的な価値へと向かったからでもありました。 24.反社会性パーソナリティ障害(1) なぜ、アウトローな生き方をするのか? このタイプの人は、危険で、スリリングな状況が快感に感じられる。 平和な状況よりも、争いや冷酷さに、心が馴染むのだ。 反社会性パーソナリティ障害は、危険やルールを侵害することを好む傾向や他人に対する冷酷な搾取を特徴とするタイプである。 無鉄砲で、命知らずで、生命の危険や刑罰を受けることに対しても無頓着である。 豪胆で、勇敢だとも言えるが、感情が欠如しているとも言える。 このタイプも人は、平和な時代には、アウトローな存在と見なされるが、戦場にあっては、英雄的な戦士になることもある。 こうした特徴は、脳の生物学的な特性とも関係している。 このタイプの人では、恐怖を感じる扁桃体という領域の働きが低下している。 そのため、危険や痛みに対しても、不安や恐怖を感じにくい。 スリリングな状況を、むしろ快適だと感じる。 遺伝的な要因もあるが、幼い頃に虐待や非人間的な扱いを受けると、扁桃体などの発達に異常が生じると考えられている。 さらに、子どもの頃に、否定的な扱いを受け続けると、反抗がエスカレートし、社会を敵だとみなすようになっていく。 25.反社会性パーソナリティ障害(2) 被害者にならないために 口が巧い「虚言型」と、キレやすい「暴力型」に大きく分かれますが、相手が思い通りになるとみたら、容赦なく搾取しようとする点では同じです。 反社会性パーソナリティ障害の人は、危険を恐れず、口が巧かったり、行動が格好よかったりして、とても魅力的に見えることが多いと言えます。 その魅力に囚われ、一旦親密な関係を結んでしまうと、次第に本性を顕して、金づるやカモとして、相手を搾取するようになります。 それを拒もうとすると、今度は暴力の恐怖や、性的な支配でコントロールしようとします。 まず、見かけのかっこよさに騙されずに、相手がどういうタイプかを、見抜いて、深く関わらないことが第一です。 既に断ち切り難い関係にある場合は、一方的に尽くすのではなく、対等な関係を築くように、相手を導き、それに応じないようであれば、きっぱり関わりを解消した方がよいでしょう。 このタイプは、年齢と共に落ち着いてくることが知られており、半数程度は、三〇代後半になると、改善してきます。 ウソをつく虚言タイプと、暴力的なタイプに大きく分けられます。 薬物乱用が加わると、対処がより困難になります。 26.シゾイドパーソナリティ障害(1) なぜ、一人が好きなのか? 孤独を好むのは、人といることに喜びを感じにくい遺伝的体質も関係しています。 シゾイドパーソナリティ障害は、対人関係を避け、孤独を好む傾向や、社会的な関心が乏しく、世間的な価値観から超然としているタイプです。 性的な関心も乏しく、生涯独身の人も多い。 名望や金銭に対する欲も、あまりなく、世捨て人や自然の中で生きる生き方に憧れます。 こうした特性は、遺伝的要因が、かなり関係しています。 近年見つかったDISC - 1遺伝子の変異は、統合失調症やその近親者から多く見つかっていますが、この遺伝子変異がある人では、社会的無快感症が起きやすいのです。 つまり、人と接したりする社会的体験から喜びを感じにくいのです。 この遺伝子変異は、自閉症スペクトラムとも関連があります。 ただ、環境的要因の関与も認められ、ネグレクトによって愛着障害を生じた人では、他人に対する無関心といった、このタイプの特徴が認められます。 情愛に乏しい養育環境も、シゾイドパーソナリティ障害の一因となり得ると考えられます。 27.シゾイドパーソナリティ障害(2) あなたの常識を押しつけない 極めつけの「草食系」であるこのタイプの人には、世間的な成功や幸福よりも、雑事に患わされない平穏な日々が大切なのです。 シゾイドパーソナリティ障害は、人と関わることに喜びよりも、負担や苦痛を感じてしまいやすいのです。 そうでない人は、孤立的に振る舞う生き方に、もどかしさや歯がゆさを感じ、もっとみんなと楽しめばいいのにと思ってしまいがちですが、それは、草食動物が、肉を見ても、ご馳走だとは思わないのと同じことです。 自分の「常識」で判断して、親密になろうとしたり、社交的なライフスタイルを押しつけても、それは、本人に苦痛に感じられるだけです。 神経過敏な傾向もあるために、雑事に患わされない、静謐で、単調な暮らしこそが、このタイプの人にとって理想の暮らしなのです。 土足で踏み込むような真似をすると、追い詰められたように感じて、いつもは穏やかな人から、激しい反応が返ってくることもあります。 煩悩に邪魔されないこのタイプの人は、コツコツと地道な仕事や研究をして、大切することもあります。 本人のペースを尊重することが大事だと言えます。 哲学者ウィトゲンシュタインの場合 ウィトゲンシュタインは、ウィーンの豊かな家に生まれた。 父親は、鉄鋼業で大成功し、巨万の冨を築いた。 しかし、息子たちはどれも繊細な気質で、七人兄弟のうち四人が自殺している。 ウィトゲンシュタインも、自殺の不安に怯えた。 学校にも満足に通わず、機械いじりに熱中した。 頭脳優秀だったにもかかわらず、正規の大学教育も受けず、まったく独学で、数学や哲学を学んだ。 ノルウェーの寒村の小屋に引きこもったこともあった。 彼が唯一心を許したのは、一人の青年だったが、その青年は戦死してしまう。 彼も兵士に志願して、最後は捕虜になった。 父親の死後、莫大な財産の相続を放棄して、小学校の教師になる。 だが、小学校でも父兄とうまくやれずに、生徒に暴行したかどで免職になった。 人生に絶望し、修道僧になることも考えたが、最後に選んだのは、大学の象牙の塔にこもって、哲学をすることであった。 28.失調型パーソナリティ障害(1) なぜ、変人と見られるのか? このタイプの特徴は、常識を超越していることです。 そうした感性や直感力は、しばしば偉大なアイデアや発見の原動力となります。 失調型パーソナリティ障害は、風変わりさや非現実的な知覚を特徴とするタイプで、世間の常識と無縁に、孤立的に行動する点は共通しています。 第六感や霊的な現象、宇宙との交信といったことに、特別な関心や体験をもっていたり、インスピレーションが豊かだったりします。 他の人には感じられない存在を感じたり、一過性に幻聴が聞こえたりすることもあります。 失調型パーソナリティ障害も、統合失調症と遺伝的背景は共通するものの、発症していない状態と考えられます。 霊感の強さを生かして、占い師や預言者、宗教家や芸術家として活躍する人もいます。 精神分析学者のC・G・ユングや文豪夏目漱石も、このタイプの人でした。 ユングの学位取得論文は、オカルトに関する研究でしたし、幻聴が聞こえたこともありました。 漱石も、ロンドン留学中に幻聴がひどくなり、被害妄想に悩まされました。 二人とも、その時期を乗り越えて、真に生産的な時期を迎えるのです。 29.失調型パーソナリティ障害(2) 豊かなアイデアをいかせ このタイプの人は、自由を縛られると、窮屈に感じ力を発揮できない。 自由業やマイペースでできる仕事が向いている。 失調型パーソナリティ障害の人は、神経過敏な傾向のために、生きづらさを抱えますが、常識に囚われない、日常的な発想を超えた、新しいアイデアを生み出します。 過敏さを守りながら、豊富なインスピレーションを、現実的に生かすだけのベースがあれば、人に真似のできない成功も手に入れることができます。 過敏さを守る方法の一つは、人付き合いを減らすことです。 特に、若い過敏な時期は、引きこもった生活をして凌のも、一つの方法です。 また、ユングや漱石が選んだように、大きな組織の中で働くのではなく、マイペースで仕事のできる自由業の道を選択するのも良いでしょう。 もう一つ大事なのは、アイデアがただ風変わりな思いつきで終わらないだけの、ベースを培うと言うことです。 そのためには、気長に地道な訓練を積んで、知識や技術を磨いていくことが大事です。 また、現実的なアドバイスをしてくれるパートナーや友人をもつことも、成功の鍵を握ります。 C・G・ユングの場合 スイスの精神分析学者C・G・ユングは、インスピレーション豊かなこのタイプの人物であった。 ユングは錬金術やオカルト、秘教や魔術に興味を持ち、曼荼羅や象徴の研究を行った。 非科学的とされたものへの関心が、集合的無意識や原型という独自の理論を生み出すことにつながった。 ユングは、無意識は、個人を超えて、もっと大きな集団や種全体につながっていると考えた。 したがって、無意識との交流が失われと、精神が病気になってしまう。 ユング自身、ある時期、幻聴を聴き、「夜の航海」と呼んだ無意識との対決に、沈潜したこともあった。 その時期を乗り越えることで、創造的な時期を迎えるのである。 ユングの「共時性」という概念を唱え、偶然の一致が、しばしば重要な意味をもつと主張した。 しかし、見方を変えれば、それは、このタイプに見られやすい「症状」の所産だったとも言えるだろう。 30.妄想性パーソナリティ障害(1) なぜ、人が信じられないのか? このタイプの極度の猜疑心や秘密主義は、他人は、スキさえあれば、自分を責めてくるものという信念の結果なのです。 妄想性パーソナリティ障害は、親しい人さえも信じることができない、強い猜疑心を特徴とするタイプです。 傷つきやすく、また傷つけられたことを執念深く覚えていて、恨みの念を持ち続けます。 配偶者や恋人の不貞を疑い、尾行したり、ケータイや下着をチェックして、行動を逐一監視しようとします。 他人に対して警戒心が強く、自分のプライバシーを知られることを極度に厭がります。 ときには、妄想的な思い込みに囚われることもあります。 遺伝的要因とともに、いつも批判やアラ探しばかりされるような環境で育つと、助長されるようです。 何か知られると、それでまた責められるという状況が、他人は、いつもアラ探しをして責めてくるものだという、このタイプ特有の間違った信念を生み出し、秘密主義や他人に対する極度な警戒心を強めてしまうのです。 独裁者や大量殺人者にも多く見られます。 薬物やアルコールの影響で、元々の傾向が強まる場合もあります。 31.妄想性パーソナリティ障害(2) 逆恨みされないために このタイプの人は、親密な距離に踏み込んだ瞬間に、猜疑心のスイッチが入ってしまいます。 親切が、愛情と誤解されることもあります。 妄想性パーソナリティ障害も、付き合い方を間違うと、大やけどをするタイプだと言えます。 最初の印象は、やや堅苦しく、ねちっこいところはあるものの、真面目で礼儀正しいと感じられ、何気なく関わりを持ってしまうことも多いのです。 最初に気づくポイントは、秘密主義で、内面やプライバシーを気軽に語ろうとしないことです。 思い込みの激しさや、疑り深いところが見えてきたときには、危険ゾーンに入っていると思ってください。 親密な関係になる場合は、支配され、縛り付けられることをある程度覚悟しなければなりません。 体の内側まで、全部見せますというくらいの覚悟が必要です。 それが無理であれば、親密な関係にならないように、安全な距離をとり続けることです。 親切や親しげな振る舞いも、相手に誤解を与えます。 あなたは、いつのまにか、その人の中では、「恋人」同然の存在になっているかもしれません。 あくまで中立的で、感情抜きの関係に徹することです。 「政商」小佐野賢治の場合 田中角栄と昵懇の間柄で、「政商」と言われた小佐野賢治は、山梨の貧農の家に生まれた。 「戸のない家」での極貧の暮らしから身を起こして、戦争のどさくさで財をなすと、乗っ取りや賄賂を駆使して、巨万の富を築いた。 猜疑心が強く、会社が大きくなってからも、印鑑は人に絶対触らせなかった。 役員の退職金も一度には払わず、分割で払った。 会社を離れても、秘密を漏らさないように、口止めするためだった。 「俺は、人間なんか信じられねえ。 信じられるのは金だけだ」とよく口にしていたという。 人当たりは良かったが、腹の中では、冷酷なまでに相手の心を読んでいた。 ロッキード疑獄で証人喚問され、「記憶にございません」を連発し、偽証の罪で有罪判決を受けた。 嫡出子がいなかったこともあって、晩年は孤独であった。 唯一信じられたのは、極貧生活を共にした二人の弟たちだった。 32.回避性パーソナリティ障害(1) なぜ、失敗を恐れるのか? このタイプは、失敗することを恐れて、責任や親密な関係を避けしてまいます。 自分は、どうせ失敗するという思い込みがあるのです。 回避性パーソナリティ障害は、責任やプレッシャーがかかる状況を回避することを特徴とするタイプです。 失敗したり、傷ついたりする可能性のあることは、すべて避けようとします。 就職や昇進、結婚や子どもをもつことも、責任が増えるため、二の足を踏みます。 好きな人がいても、好意を打ち明けられませんし、相手からアプローチしてきても、いつか嫌われるのではとの恐れから、断ってしまうことも多いのです。 また、肉体をさらけ出したりすることも苦手で、セックスなどにも、喜びよりも、不安が強く、積極的になれません。 どうせ失敗する、嫌われるというネガティブな思い込みが強いのです。 不安の強い遺伝的傾向とともに、親からいつも、自信を奪われるような言い方をされて育った人に多く、典型的には、「あまり褒められたことがない」と語る人によく出会います。 失敗すると、何か言われるという思いから、いつのまにかチャレンジを避けるような行動様式を身につけてしまったのです。 33.回避性パーソナリティ障害(2) あなたの人生はあなたのもの このタイプの人、チャレンジする前から、どうせダメだと諦めてしまいます。 可能性を狭めているのは、この人自身の否定的な思い込みなのです。 回避性パーソナリティ障害の人は、せっかく長所や能力をもっていても、それが生かされません。 チャレンジを避けるために、実力よりもはるかに低いレベルの人生になってしまうのです。 それは、とてももったいないことです。 一度きりの人生です。 失敗を恐れていては、何もしない間に、人生は終わってしまいます。 結果を恐れずに、思い切って決断し、行動することが、このタイプの人に何より大事です。 そのために、小さなことから成功体験を積み、自信を回復する必要があります。 得意なこと、好きなことから、やってみてください。 そこから、きっと新しいチャンスが生まれます。 周囲の人は、決して強制しないでください。 強制されると、このタイプの人は、大きなプレッシャーを感じて、余計に逃げ出したくなってしまうのです。 それよりも、些細なことを、どんどん褒めてください。 勇気を出して、チャレンジしたときには、失敗しても、大いに褒めてください。 否定的な言葉は禁物です。 アガサ・クリスティの場合 「ミステリーの女王」アガサ・クリスティは、子どもの頃から読書と空想好きの内気な少女でした。 数学やピアノも得意でしたが、本番に弱く、まるで力が発揮できません。 アガサも、年頃になると、求婚を受けます。 相手は、どれも立派な紳士で、アガサも最初は気に入るのですが、結局、最後には断ってしまうのです。 そんなことが、三回ばかり繰り返された末、アガサは、ハンサムで魅力的な男性から求婚されます。 アガサは煮え切らない態度をとりますが、戦争が始まり、彼が戦場に行くことになって、ようやく結婚に踏み切るのです。 ところが、戦争が終わって、一緒に暮らすようになると、遊び人の夫はろくに仕事をしようとしません。 しかし、夫と衝突したくないアガサは、生活のためにミステリーを書くようになります。 それが大成功をもたらしたのです。 34.依存性パーソナリティ障害(1) なぜ、一人で生きていけないのか? 「自分は無力なので、一人では何もできない」というこのタイプの思い込みは、幼い頃から、親との関係で刷り込まれたものなのです。 依存性パーソナリティ障害は、自己決定の困難さや心理的な支えを常に必要とすることを特徴とするタイプで、誰かに頼らないと生きていけないという思い込みに囚われています。 そのため、常に他人の顔色を伺い、機嫌を損ねないようにサービスしたり、その価値もない相手に、献身したりします。 「いや」と断るのが苦手で、押しの強い相手には、つい言いなりになってしまいます。 そのため、悪徳商法や寄生虫のような人物の餌食になってしまいやすいのです。 売春や犯罪行為をして、多額の金品を貢ぐこともあります。 このタイプは、養育環境との関係が大きく、いつも横暴な親に支配され、ビクビクしながら育った人が典型的です。 病弱な親や不安定な親の面倒を子どもの頃から見ていたというのも、よく見られるパターンです。 親と子どもの関係が逆転し、子どもが保護者の役割を押しつけられることで、自分よりも、相手を優先するという行動様式を身につけてしまったのです。 35.依存性パーソナリティ障害(2) 孤独に強くなれ 「他人に嫌われたら生きていけない」という思い込みは、幼い頃から親の顔色をうかがって生きてき名残です。 そこから脱しましょう。 依存性パーソナリティ障害の人は、決めるのが苦手で、何でも最終的な決定は、人に任せようとします。 しかし、それでは、いつがきても、自己決断力をつけて、心理的自立をすることはできません。 たとえ、ベストの決定でなくても、自分で決定することを繰り返す中で、決断力も養われるのです。 些細なことも、「あなた、決めて」ではなく、自分で決めるように、本人も周囲も心がけることが大事です。 また、相手の気持ちに合わせるのではなく、自分の気持ちを言うことを大切にしてください。 周囲の人も、できるだけ本人の気持ちを引き出すようにしてください。 人と違う意見を言ったときには、特に評価するようにしてください。 自分の気持ちを言えるようになることで、人生が良い方向に変わっていった人を、大勢見てきました。 それは、些細なことのようで、決定的なことなのです。 いい人を止めることで、狭かった人生が、大きく開けてくるでしょう。 画家ユトリロの場合 ユトリロの母親シュザンヌ・ド・ヴァラドンは、モデルから画家になった個性の強い女性で、その母親に支配されて育ったユトリロは、自分の意思表示ができない、無口で、人付き合いの苦手な人間になりました。 いつも愛情不足の中に放っておかれたため、十代からアルコール依存症になっていました。 その治療のためにと始めたのが、絵を描くことでした。 そして、ユトリロは、自分を表現できる手段を得たのです。 誰にも振り返られなかったユトリロですが、画家として売れ出すと、急に結婚相手の女性が現れます。 十二歳も年上の大柄な女性ボーウェルです。 ユトリロは、この妻に支配され、「貨幣製造器」として搾取され続けます。 ユトリロ自身にとっては、この頑丈な自我をもつ妻にしがみついていることで、安定を得ていたのかもしれません。 36.強迫性パーソナリティ障害(1) なぜ、正しいことにこだわるのか? 秩序や道徳というものを大切にし、曲がったことが大嫌いなこのタイプは、生真面目な親に厳しく躾けられた人に多いと言えます。 強迫性パーソナリティ障害は、秩序や一定の流儀に、強く囚われることを特徴とするタイプで、完全主義や融通の利かない傾向もみられます。 自分の義務に忠実で、責任感が強く、曲がったことや不道徳なことは、受け入れられません。 一旦決められた規則や計画を実行することを重要視し、いい加減なことは許せません。 そのため、自分を犠牲にしてでも、責任や義務を果たそうとし、無理をしがちです。 うつや心身症にやりやすいタイプです。 現状を維持しようとする傾向が強く、物を捨てるのが苦手で、同じことを繰り返すことに安心を覚えます。 哲学者カントは、ぴったり同じ時刻に、同じ道を通って散歩をしたことで有名ですが、謹厳実直で、秩序愛に満ちた道徳哲学を打ち立てたカントも、このタイプの人物だと推定されます。 このタイプは、固執性の強い遺伝的傾向と関係し、それが、厳しい躾や折り目正しい養育者の薫陶によって、より強化されたものと考えられます。 37.強迫性パーソナリティ障害(2) ほどよさを心得る 真面目で、努力家で、責任感の強いこのタイプは、他人にも同じルールを押しつけて、煙たがられないように気をつけましょう。 強迫性パーソナリティ障害の人は、自分にも他人にも厳しく、妥協しないという傾向が見られます。 そのため、自分にも周囲にも無理を強いてしまうのです。 自分が「うつ」になるだけでなく、周囲を知らすしらず病気にしてしまうこともあります。 職場の同僚や部下もそうですし、配偶者や子どもが、そうなってしまう場合もあります。 本人は気づかないのですが、いつのまにか自分の流儀を絶対的なものとして、周囲に強い、その結果、周囲は窒息状態に陥ってしまうのです。 自分にとって最善のことであっても、人にとっては、最善ではないということ、そして、無理強いされた瞬間に、最悪のものになってしまうと言うことを、理解する必要があります。 誰も、自分の息で呼吸したいのです。 他人の息を呼吸したい人などいないのです。 逆に、このタイプの人に接する上では、この人のルールを受け入れるか、袂を分かつしかありません。 最善の策は、互いの領分をはっきりさせて、棲み分けをすることです。 作家の曽野綾子さんの場合 『神の汚れた手』や『奇蹟』などで知られる作家の曽野綾子さんは、クリスチャンであったこともあり、折り目正しい教育を受け、「優等生」「善い子」として育ちました。 作家としてデビューしてからも、また、作家の三浦朱門氏と結婚して、妻となってからも、「優等生」であり続けました。 しかし、次第に彼女は「うつ」の症状に苦しむようになったのです。 特に、曽野さんは、母親に対して、言いなりと言ってもいいくらいに、「善い子」を演じ続けていました。 ある頃から、問題の根っこが、母親との関係にあることに気づかれたのでしょう。 彼女は、母親の言いなりになるのを止めて、「善い子」を卒業しようとしたのです。 母親との関係は、一時的に悪化しましたが、それは、曽野氏が依存を脱し、真の自立を遂げる痛みだったのでしょう。 ご自身の経験から、『善い人をやめると楽になる』というエッセーを書かれています。 38.色々なタイプが合併することもある パーソナリティ障害は典型的な十のタイプに分類されますが、現実には、さまざまな割合で、いつくかの傾向が混じり合っているのがふつうです。 パーソナリティ障害は、十タイプに分けられますが、それは、連なる山脈の峯のようなもので、裾野の部分では重なり合っているのです。 一つのタイプだけに当てはまる場合もありますが、複数のタイプに当てはまることも多いのです。 いろいろな要素があって、ある意味当然なのです。 また、境界性パーソナリティ障害は、すべてのパーソナリティ障害の中でも、特別な地位を占めています。 というのも、あらゆるパーソナリティ障害は、何かのきっかけで、見捨てられ不安や自己否定感が強まると、境界性パーソナリティ障害の様相を呈するのです。 つまり、境界性パーソナリティ障害は、パーソナリティ障害の中でも、急性増悪を来した状態だと言えるのです。 この場合、境界性パーソナリティ障害の治療を行う中で、元々あったパーソナリティ障害の問題もいっしょに出てくるわけですが、それを機に、どちらも改善するきっかけになることがあります。 39.職場のPDプロブレム 人間関係が濃くなり易い職場では、今、パーソナリティ障害によるトラブル、PDプロブレムが増えています。 職場で、パーソナリティ障害が引き起こすPDプロブレムが、大きな問題となっています。 他のところでは、関わりを避けられても、職場ではそうはいかないからです。 それがきっかけで、うつ病などの精神疾患にかかったり、退職や自殺にまで追い込まれるケースも跡を絶ちません。 もっとも多いのは、自己愛性パーソナリティ障害の人が、上司になった場合です。 自己愛性の場合、部下を犠牲にしてでも、業績を上げることが優先されます。 自分の考えしか受け付けず、批判は許されません。 しかし、失敗すれば、部下の努力不足やミスのせいにされ、責められます。 怒鳴られたり、侮辱されたりすることもあります。 強い発言力を持っていることも多く、誰にも鈴をつけられないのです。 不当な人権侵害が行われたときは、記録を残すことが重要です。 上に知られることや表沙汰になることには、敏感ですので、実情を、さらに上の管理職や外部の機関に相談することが抑止力になります。 40.恋愛・結婚のPDプロブレム 職場と並んで人間関係が濃厚になる場面は、恋愛と家庭です。 ストーカーやDV、虐待の問題の背後には、パーソナリティ障害が見え隠れします。 パーソナリティ障害によるトラブルが急増している、もう一つの場面は、恋愛や結婚においてです。 関係が濃密になる恋愛や結婚も、PDプロブレムが発生しやすいのです。 相手にひそんでいる問題に気づかずに、不用意に付き合い始めたばっかりに、シャブ漬けにされ、売春をさせられたり、ストーカー行為を受けた挙げ句、殺されるというケースも現実に数多く起きています。 恋愛において、特に危険なタイプは、反社会性、妄想性ですが、自己愛性や境界性でも、DVやストーカー行為が、しばしばみられます。 問題が出現したときに、それを黙認してしまうと、エスカレートしやすいので、初期の段階で、きっぱりとした対応をとることです。 十年以上も結婚生活を続けて、子どももできてから別れるのは、お互いつらいことです。 早めの対応が大事なのです。 回避性やシゾイドでは、結婚寸前までいって、なかなかゴールインしないということがあり、待ちぼうけを食らわされることもあります。 うつと軽躁ほ繰り返すのが特徴ですが、軽躁は、躁状態とは違って、少しハイテンションと思われるくらいで、病気とは気づかれにくいのです。 ところが、この軽躁の時期に、派手に遊んだり、借金を作ったり、異性問題が起きたりということが珍しくありません。 しかし、周囲は性格の問題と思って、本人に不信感を抱いたり、責めたりしがちです。 やがて、うつがやってくると、自分のしてしまったことで、さらに深く落ち込むと言うことになりがちです。 境界性パーソナリティ障害などと、誤診されることもあります。 見捨てられ不安や慢性的な空虚感、それに基づく自傷行為や自殺企図が見られるかが、見極めのポイントです。 第3章 パーソナリティ障害をパーソナリティスタイルに変えていくために 41.パーソナリティ障害は治る? パーソナリティ障害は、今日では改善が可能な状態だと考えられています。 年齢や社会的体験によっても、回復は左右されます。 パーソナリティ障害は、かつて、改善が困難と考えられた時期もあった。 だが、今日、治療的な取り組みが活発となる中で、改善が可能な状態と考えられている。 もちろん、パーソナリティ障害は、ある程度の持続性をもった様式であるため、一朝一夕で変化するものではないが、根気よい取り組みによって、改善や修正ができる。 また、加齢による変化や成長も重要である。 境界性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害の多くは、三十代後半くらいから落ち着いてくることが多い。 性ホルモンが活発な時期には、衝動性や反応性が強まりやすいが、その時期を過ぎると、情動もコントロールされやすくなる。 シゾイドや妄想性、失調型のように、生物学的な気質の要素が強いものでも、年齢とともに、性格が「丸くなる」ということは、しばしば経験する。 ただし、不遇な環境や孤独な環境に置かれると、逆に、パーソナリティの偏りが強まる場合もある。 42.診察を受ける時に注意すべきこと どの病院に行けば、良くなるというものではありません。 関心と意欲と技量をもった治療者に出会うことが何よりも大切です。 パーソナリティ障害を専門にする医師の数は、非常に限られています。 残念ながら、パーソナリティ障害に対して、偏見をもっている医師もいます。 パーソナリティ障害と聞いただけで、厄介がられてしまう場合もあります。 逆に、意欲はあっても、興味本位で、力量が伴わない場合は、弄くり回されて、手に余るようになると切り捨てられるということになりかねません。 ある程度の経験と力量をもった医師にかかることが、改善のためには不可欠です。 保健所(保健センター)の窓口で、思春期の治療経験が豊富な医師や認知行動療法に通じた医師を教えてもらうとよいでしょう。 また、薬物乱用や摂食障害などに対応できる医師では、パーソナリティ障害の臨床経験も豊富なので、そうした医師を探すのも一法です。 医師自身のパーソナリティが不安定だったり、脆弱だったりする場合は、迷走しやすいので、共感的であると同時に、しっかりした自我をもった医師に出会うことです。 43.薬物療法は有効か 薬物療法は、過敏性を緩和したり、気分の安定化や不安の改善によって、パーソナリティ障害の生きづらさを和らげるのに有効です。 生活の支障が大きいケースほど、薬物療法は有効性が高い。 パーソナリティ障害に伴いやすい困難として、過敏性と感情不安定や衝動性がある。 また、抑うつや不安、対人緊張の強さも、生活に支障を生みやすい。 これらは、いずれも、薬物療法が有効である。 たとえば、境界性パーソナリティ障害では、少量の非定型精神病薬により、過敏性を緩和し、気分安定化薬により、感情の不安定さ衝動性の改善をはかることで、本人も周囲も、生活が容易になる。 認知行動療法などと併用することで、さらに効果が生まれやすくなる。 ただし、薬物に依存しやすいケーも多いので、依存性のある抗不安薬などの使用には、慎重でなければならない。 その意味でも、依存性のない非定型精神病薬や気分安定化薬を中心とした処方が安全である。 また、一度に長い日数の処方を行うことは、自殺予防の観点からも避けるべきである。 44.認知行動療法とは? 認知行動療法では、不適切な「自動思考」を見つけ出し、もっと適応に役立つ思考パターンを身につけなおす訓練をする。 認知療法と行動療法を一体化した治療法で、その人の認知の偏りを見つけ出し、修正を図ると同時に、より適切な対応を実践的にトレーニングします。 まず、日々の行動でトラブルや困難に出くわす度に、それを記録します。 そこから、「自動思考」と呼ばれる、偏った認知パターンがわかってきます。 その認知パターンが、いかに現実性を欠いた思い込みであるかをわからせたり、もっと良い受け止め方を考え、それ徹底して修得していきます。 たとえば、百かゼロかで物事を受け止めてしまう「二分法的思考」を認めたとすれば、「ほどよさが一番」という認知へと修正していくのである。 それを、さらに、ある場面を思い浮かべて実践したり、ロールプレイで実際にやってみたりして、より適応的な行動パターンを身につけていきます。 45.弁証法的行動療法とは? 境界性パーソナリティ障害の根本障害を、弁証法的な統合の失敗と考え、「すべて良い」でも、「すべて悪い」でもない、中間の認知を育てる。 マーシャ・リネハンが、自殺企図を伴う境界性パーソナリティ障害の治療のために独自に開発した認知行動療法の一つです。 弁証法的行動療法(DBT)は、その名前にも示されるように、境界性パーソナリティ障害の根本的な障害を、弁証法的な統合の失敗と考えます。 弁証法とは、「Aである」と「Aでない」という相反する命題が、より高い次元で、一つに統合することです。 境界性パーソナリティ障害では、たとえば、「愛している」と「憎んでいる」という相反する見方は、一つに統合されないため、どちらかの極端な反応をしやすくなると考えるのです。 DBTでは、もう一方の見方に気づかせ、バランスの良い認知や反応を身につけさせていきます。 DBTの柱となる認証戦略では、どんなに悪い状況でも、良い点があることに気づかせようとします。 また、もう一つの柱である問題解決戦略では、葛藤やストレスに対する対処を実践的に学んでいきます。 46.対人関係療法(対人間再構成療法)とは? 人は、かつて子どもだったときの親との関係を、他人との間に再現してしまう。 その人を縛る親への「忠誠」から、解放することを目指します。 心理療法家のローナ・ベンジャミンによって確立された心理療法で、認知療法と精神分析の両方の流れを汲んでいます。 ベンジャミンによれば、パーソナリティ障害の人の偏った対人パターンは、その人が子どもだったときに、その人にとって重要な人物(親など)との関係を再現しているものなのです。 子どもの頃には、それが適応に寄与したわけですが、大人になった今は、生活の妨げとなっているものの、それを止めることができないのです。 この対人パターンの再現は、三つのコピープロセスによって行われます。 一つは、過去の重要な人物のようになることによって、一つは、その人物が、今もその場にいて監督しているように振る舞うことによって、一つは、その人物が自分を扱ったように、自分自身を扱うことによって。 対人関係療法では、不適応パターンが、愛する人との関係に由来することを自覚し、その呪縛から自由になることによって、人生の可能性を広げようとします。 47.克服するために大切なこと 自分では当たり前と思っている「囚われ」が、あなたを縛っています。 まず、そのことに気づくことです。 パーソナリティ障害の人を苦しめているのは、囚われです。 いつの間にか、自分で自分を縛っているのです。 「こうするしかない」、「こうでなければならない」、「意地でもこうしてやる」と、囚われの形はさまざまですが、柔軟に目先が変えられないという点では同じです。 井戸の中から空を見上げて、それが自分の世界だと思い込んでいるのです。 考え方や感じ方は、もっと自由で多様なものです。 あなたが、そう感じるからと言って、人も同じように感じるとは限りません。 自分が気にしていても、他人はあなたの気にしていることに、まったく無関心ということも多いのです。 自分の囚われを自覚し、その縛りから自由になるとき、あなたはもっと大きな可能性を手に入れることができます。 そのために、必要なのは、自分を縛っている囚われに気づくことです。 なぜ、自分は、人の顔色ばかりうかがうのか。 なぜ自分は、人より優れていないと気がすまないのか。 なぜ、完璧なものをもとめてしまのうか等々。 48.パーソナリティ障害をパーソナリティスタイルに変える ほどよい偏りは、むしろ「個性」として大切なもの。 それが苦しみになるのは、あまりにも「極端」だったり、「頑な」になってしまうからです。 人はそれぞれ何らかの偏りを持っています。 それは、硬直化したり、極端だったりしない限りは、「個性」なのです。 偏りがあっても、相手や状況に応じて、柔軟に形を変え、バランスをとることができれば、かえって、それは魅力となるのです。 パーソナリティ障害が克服されていくということは、没個性的な偏りのない人間になるということではなく、その人に備わった特性が生かされた「パーソナリティスタイル」を手に入れると言うことなのです。 そのためには、性格を大改造するというよりも、ほんの少しだけ、極端にならないように、また柔軟になれるように、受け止め方や反応を変えていけばいいのです。 持てる特性を生かすと同時に、それに溺れないようにすることで、余計魅力は増します。 心が頑なになっていないか、極端になっていないか、注意してください。 もしそんな自分に気づいたら、体の力を抜き、反対側を見て、大きく深呼吸してください。 自分の囚われから、少し自由になるはずです。

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すぐ怒る自己愛性人格障害、攻撃的なのは自己防衛規制

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 と は

自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)とは、自分が特別で優秀な存在であるという思いこみがあり、他者はそれにふさわしい賞賛と対応をしてくれて当然、人は自分の欲求を満たすためのものと考えています。 その背景には、自分はあるがままでも十分に価値があると思える健全な自己愛が育っていません。 誰かに評価されなければいけないという自己愛のいびつさが根底にあります。 生きづらさを抱えている方の中には、パーソナリティ障害といかないまでも自己愛性パーソナリティ傾向がみられることもあります。 ここでは、自己愛性パーソナリティ障害がどのようなものなのか、ご紹介していきたいと思います。 気になる方は、自己愛性パーソナリティ障害をチェックしてみましょう。 1.自己愛性パーソナリティ障害とは? 自己愛性パーソナリティ障害は、本当の自己を愛することができないために生じた歪んだ自己愛の病気です。 本人は自覚がなく、周囲が悩む障害です。 自己愛性というと、なんとなく自己中心的な人、自分大好き人間のようなイメージになるかもしれませんが、単なる自己中とは違います。 表面上は自信満々な態度や発言が目立つ場合が多いですが、実は強いコンプレックスを抱えていて、「本当の自己」を「愛することができない」ことからおこる障害とされています。 現実の自己と、自分が信じ込もうとしている理想の自己のギャップが大きいのです。 しかし、本人はその劣等感を通常自覚していません。 自分は才能もあって人徳もあって特別な人間のはずなのに、周囲は自分の思う通りに動いてくれないとイライラしてしまいます。 そのため、家族や友人であっても、他者が幸せそうにしていたり周囲に評価されていると腹が立ち、相手の立場で一緒になって喜ぶということができず、親しみある関係を築けません。 自己が不安定で確立していないので、他人を自分と同じ人間として尊重することもできず、自分の思い通りにしようと支配したり、利用したりする傾向があります。 思い通りにいかない自分の人生への憤りから、抑うつや不眠におちいり、うさ晴らしのためにアルコールや薬物に依存する場合や、他者や社会に怒りをぶつけて反社会的な行動に出るケースもあります。 程度が軽ければ、自己愛性パーソナリティの傾向持っているというだけで、少し困った性格の人で済みますが、本人や周囲の人の生活に支障が出始めると、障害ということになります。 詳しく知りたい方は、「自己愛性パーソナリティ障害の特徴」をお読みください。 2.自己愛性パーソナリティ障害の傾向があるかチェック まずは、自己愛性パーソナリティの傾向があるかどうかをチェックしてみましょう。 自分は特別な才能や容貌を持っていると思う。 他人は、自分の思い通りに動いてくれるべきだ。 周囲の人や社会は、自分の価値をわかっていないと感じて腹が立つ。 1人でいるのが苦手。 いつも人に囲まれていたい、自分を特別扱いしてくれる人といたい。 家族や友人であっても、他人の幸せに強い妬みを覚える。 他人が自分を評価せず、バカにされたと感じるようなときには、強い怒りを抑えることができない。 自分の失敗や無知は絶対に認めたくない。 他の人が評価されているのを見ると、憤りを感じる。 権威的なものに憧れがあり、自分にもその一員になる権利があると思う。 他者に親しみを感じることができない。 いかがでしょうか? 最近は、このような自己愛性パーソナリティの傾向を持っている人が増えていると言われています。 しかし、そのような傾向はあったとしても、ある程度自分でそれをコントロールしながら周囲と折り合い、通常の社会生活を送れている場合には問題になりません。 3.自己愛性パーソナリティ障害のチェック では次に、自己愛性パーソナリティ障害の可能性があるかどうかをチェックしてみましょう。 ただし、これは医療上で正式に使われているものではありません。 あくまでも、参考程度にとどめてくださいね。 厳密な診断は、診察の回数を重ねていく必要があります。 「自己愛性パーソナリティ障害の傾向」のチェック項目が、5つ以上当てはまる。 家庭や職場での人間関係がうまくいっていない。 自分自身で生きづらさを感じている。 抑うつ、不眠などの症状がある。 特定の相手をイライラのはけ口にしてしまう。 他人を自分の都合で利用することに罪悪感がない。 反社会的な行動をするときがある。 このチェックでは、1の項目は絶対条件になりますが、当てはまるものが5つ以下の場合であっても、その程度によっては障害と判断されるケースもあります。 自己愛性パーソナリティの傾向が多分にあり、2~7のどれか一つにでも当てはまれば、自己愛性パーソナリティ障害である可能性が高いと言えるでしょう。 まとめ 自己愛性パーソナリティ障害についてみていきました。 診断基準を参考にしながら、具体的にチェックできるように意識しながらみていきました。 自己愛性パーソナリティの傾向があり、社会生活で何らかの支障がある時、「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されます。

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