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控訴 と は わかり やすく

理系学部生、とくに数学とかでよく出てくるけど、理解するのになかなかの時間がかかっているように思える「全射・単射・全単射」を、 極力わかりやすく解説してみたいと思います。 というのもネットには 「初学者向けに、極力やさしいことばで解説してる」というものがあまりなかったためです。 皆さんの学習の手助けになればと思います。 以下、注意• 数学科や数強の方々向けの厳密な記事ではありません• かなり長いです。 理解してる部分は読み飛ばして構いません• 正確に理解したい方は、教科書を見ながらこの記事を読むとよいでしょう• 数式が出てくるので、javascriptをオンにしてください• 時間がなくゆっくり振り返る暇がない方向けの 「フローチャート」もあります。 忙しい方は、下の目次から飛んで、そこだけ読みましょう。 基本的な演算記号 とか がわかってるのを前提に進みます• 写像とは まず、単射とかなんとかを理解する前に、写像について理解する必要があります。 写像といえば難しいですが、結局 「あるものとあるものの対応付け」にすぎません。 教室のイスを想像しましょう。 小学校や中学校では、登校したらみんな、自分の名前や出席番号が書かれた座席に座りますよね。 それもいわば「対応付け」なので、写像と言ってよいでしょう。 人間と座席が対応しているわけですから。 で、その 対応付けのことを「写像」と呼ぶ、というだけの話なのです。 もうちょい抽象的にいきます。 実は写像の一種に「関数」があるんですよ。 関数ってのはやはり 「あるものとあるものの対応付け」でしかないんですね。 この記事を合わせて読んでいただけると、理解が深まります。 という等式があるとします。 これは という文字 後に数字が代入されるので数字といってもいい と という文字の関係性を示しているわけですから、この式には「 に60をかける」という関係が隠れてます。 ですから、この関係に という名前を付けてあげましょう。 そうすると、 というのは に という関係づけを施したもの、とも言えるわけですから、 を と書くことも可能なはずです。 あまりピンとこなければこれをお読みください。 という文字に60をかける、という対応付けのことを、 と呼ぶにすぎず、 の値は と等しいというだけの話なんです。 対応付けの話なのでとても抽象的に見えますが、写像や関数というのは結局、どこまでいってもその話……と聞けば、安心できませんか? ちなみに写像は英語で"mapping"と言います。 地図なんかまさに写像ですよね。 ある街に点を無数にとっていって、それらの点の関係性を「互いの点どうしの比を変えることなく紙上に打っていった」ものが、 1枚の 地図なんです。 もちろん、縮尺を変えた、めちゃくちゃゆがめた地図があってもいいはずで、それが「メルカトル図法」だったり「正距方位図法」だったりするわけです。 しかし何にせよ、現実世界と地図との間での対応付けを写像 mapping と呼んでいるというわけです。 全射・単射・全単射とは では、写像の意味が、全射・単射・全単射とどうカンケーするのか? 結論から言います。 全射とか単射というのは 「写像の種類」なんです。 というかそれにすぎません。 数式が難しいからといって怯える必要はありません。 実は、対応付けはその3つだけではないのですが、ここでは省略します。 写像の数式的定義 まずは準備として、写像の数式的な定義を見てみましょう。 ] あ、ちょ、まって、逃げないでくださ~い!! あのですね、これは抽象的な形なので、 難しいのは当然なんです。 ゆっくり解説していきますから、頑張ってついてきてくださいね。 まず、一番簡単な形として、 ]を見ましょう。 は「命題」です。 真か偽かを数学的に判定することができるもの。 例えば には「 は奇数である」とか は素数か素数の積である」とかが入ります。 というのは「任意の について」という意味です。 ですからさっきのは「任意の について、 が成り立つ」という意味ですね。 ここで注意なのは 「任意」ということばの意味。 任意保険とか任意同行ってことばがよく使われますが、「意に任ずる」というその語義的な意味からは推測ができません。 数学で使う任意は「全て」という意味です。 例えば で ならば、 集合Aの中の要素 1個1個を全部入れて考えていく 必要があります つまり3回考えるということ。 任意ということは、 数字を選ぶ側がどんなに意地悪な選び方をしても大丈夫でなければなりません。 そういう意味での「任意」です。 だから結局「全て」という意味になります。 そして は「 と が、 によって『関係づけられている』」ということです。 てことで、 ]を見ていきましょう。 これを和訳してみます。 集合 から を選ぶ• 集合 から を選び、集合 から を選ぶ• によって が対応づけられていて、なおかつ によって が対応づけられているとき、 と が同じであることを確かめる これが「命題」• これを全ての について確かめる 以上が済んだとき初めて、 は写像であるということができます。 ウーン、難しいですね。 図にしてみます。 なお、以下からの図群では、 「図に書かれているものだけがその集合の全ての要素」であるとします。 ほんとうはそれぞれ要素を100個ぐらい書きたいのですが見にくいため、便宜的に。 まずこんな感じで、集合からそれぞれ要素を取ってきます。 、 、 のようになってることを確認してください。 当然これらの要素は や を満たさないと議論が始まらない の左側のことです ので、 こんな感じで、何らかの「関係性」 ですね が満たされる場合を考えます。 、 となっていることを図から確かめてみてください。 で、上のような図にしてみると、一見 と は別の場所に着地しているようですが、実は違ってて となっていなければならない、と。 がそれです。 で、これを、全ての について確かめることができたとき、 は写像である、ということができます。 ここからがとても大事なのですが、 「同じスタート地点から二股以上に分岐してはいけない」ということです。 そしてもう一つ大事なのが、 という記述からなのですが、 「スタート地点に余りがあってはいけない」 ということ。 必ず全てのスタート地点から矢印が出ないといけないんですね。 それらを満たさないと、写像だと言えません。 あ、 スタート地点というのは集合 の中の要素 とし、ゴール先とは集合 の中の要素 とします。 暗黙の了解として両方も「任意の」が含まれているので注意してください。 どこかを適当に抜き取って、その1つを調べるだけでいいというわけではありませんゆえ。 ですから当然皆さんはまず、「関係性が全射・単射・全単射かどうか」を調べる前に、 そもそもその関係性が写像になっているのか、調べる必要があるというわけです。 全射とは 全射は写像の中の種類の一つで、数学的定義は ]ですが、長くなるので省略。 自分で後から考えてみてください 需要があれば解説しようと思います。 上の数式が示すのは 「集合 の中に という任意のゴール先を設けたとき、集合 の中に というスタート地点が存在する 少なくとも1つはある 」という意味です。 ですから当然スタート地点が2つあっても構いませんし、3つでも4つでも大丈夫です。 とします。 これは全射。 とします。 さっきと同じ記号 を使っていますが、別の集合だと思ってください これも全射。 要するに「ゴール先を の中に とにかくどこでも 定めれば、 の中にスタート地点がある」という条件を満たすものが、全射です。 単射とは 単射の数学的定義は ]ですがやはり省略。 言いたいことはやはり一つだけ。 「スタート地点が違えば、ゴール先も違う」これだけです。 ですから、 とすると、 これは確かに全射ではありましたが、単射ではありません。 スタート地点が違うとき、別々の場所にゴールしなければならないのですから。 全単射とは 全射かつ、単射であるものが全単射です。 それだけ。 つまり、「スタート地点とゴール先が、余さずに全部 によって関係づけられている」ということですね。 全射よりも単射よりも厳しい条件です。 先ほど話した「生徒と座席」の関係は全単射です。 全射・単射・全単射の例 じっさい、例がないとわかりにくいと思うんで、ちょっとあげてみます。 全射の例としては行列と行列式の関係があるでしょう。 の行列について、行列式を定義することができて なぜかは省略 、すべての行列について行列式の計算が可能です。 数式で書けば です。 はこの世にあるあらゆる 行列の集合です。 は実数全体の集合。 行列と実数の対応付けが行列式の演算というわけですね。 これじゃやっぱり難しいと思うので、関数での例を挙げてみます。 全射を満たす関数は です。 ただし は実数とします。 グラフを描くと グラフはdesmosで描画。 詳しくは をお読みください となりますね。 このとき、ゴール先である は、 グラフから明らかなとおり、あらゆる実数を含みます。 全射の定義は「任意のゴール先があるとき、それらに対応したスタート地点がそれぞれある」というものでしたが、グラフから見ると確かに、あらゆる に対応する実数 があります。 よって 全射になります。 ただし「スタート地点が違えばゴール先も違う」とは言えないので、単射ではなく、全単射でもありません。 次に単射の例。 単射を満たす関数には があります。 ただし は実数とします。 単射の定義は「スタートが違えばゴールも違う」ですね。 確かにそうなっています。 ですが全射ではありません。 全射になるためには、今回はゴール先が任意の実数である必要がありますが、グラフを見てもわかる通り、 は0より大きいことが明らかなので、ゴール先が余ってしまいますから、全射ではないのです。 よって、全単射でもない。 全単射になる例を見てみましょう。 実はこれが1次関数なのです。 例えば を見てみましょう。 ただし は実数とします。 と がもれなく、1対1できちんと対応していますね。 単射でもあり、全射でもあるので、全単射になります。 最後に「全射でも単射でもない」例を見てみましょう。 を実数としたときの は全射でも単射でもありません。 まず、ゴール先に余りがあるので全射ではなく、またスタート地点が違えばゴール先も違うとは言えない 例: と ので、写像ではありますが、どちらも満たさないのです。 写像でさえない例を見ましょう。 を実数としたときの がそれです。 写像の必要条件は「スタート地点から二股以上にわかれない」ことでした。 今回は二手に分かれてますね。 例えば と のように。 ですから円のグラフは写像でさえないのです。 フローチャート 忙しくて時間がない方のために、写像・単射・全射・全単射判定フローチャートをつくってみました。 推奨はしませんが、やむを得ない事情の場合はこれを丸暗記すれば、とりあえず目先のテストには対応できるはずです。 以降をつくるのめんどくさかったんで終わらせてますが、 さっきの診断の結果は このようになります。 とりあえずこのフローチャートさえ覚えておけば、大丈夫だと思います。 覚え方 フローチャートを覚えるのも面倒という方のために、語義から思い出せるような覚え方を紹介しておきます。 「全射」は、ゴール先「全」部にスタート地点が対応する、で覚え、 「単射」はスタート地点とゴール先が「単」一に対応する、で覚えましょう。 練習問題 ではここで練習問題を解いてみましょう。 「写像でない・全射・単射・全単射・写像だが全射でも単射でもない」から選んでください。 スタート地点から二股になってますね。 てことは「写像ではない」が正解。 スタート地点の要素が余ってます 対応付けられてない から、やはり写像ではないが正解。 とりあえず、写像ではあるようです。 ゴール先の要素が余ってるので全射ではなく、スタートが違えばゴールも違うので、単射。 よって単射です。 少なくとも写像ですね。 ゴール先が余ってないので全射ですが、スタートが違えばゴールも違う、とは言えないので、単射ではありません。 よって全射。 スタート地点が違えばゴール先も違いますから単射、ゴール先が余ってないので全射。 よって全単射です。 写像ではあるようです。 ゴール先が余ってるので全射ではなく、スタートが違えばゴールも違うとはいえないので単射でもありません。 よってこれは「写像だけど全射でも単射でもない」が正解。 以下はやや実践的な内容になるため、ここで離脱していただいて構いません。 始域と終域による違い 先ほど、全射・単射・全単射の関数の例を紹介いたしましたが、実は注意すべきことがあります。 それは始域と終域の話です。 始域というのはまあ…… がとりうる値の種類や下限上限で、終域はそれの バージョンです。 だいたいの問題では「自然数」だったり「有理数」だったり、はたまた「実数」だったりするわけですが、始域と終域によって、全射・単射・全単射が変わることがあるのです。 例えば、 を例にとって説明しましょう。 も も実数であれば、この関数は確かに全単射になります。 しかし、 も も自然数であれば、例えば に対応する が存在しないので、全射にはなりません。 スタート地点が違えばゴールも違うので、単射ではあります。 よってこの場合 は全単射ではなく、単射になるのです。 「以下の関数は全射か単射か全単射か」系の問題では、必ず始域と終域を確認しておきましょう。 まとめ 写像:二股に分かれたり、スタート地点に余りがあったりしない 全射:任意のゴール先について、スタート地点が存在する 単射:スタート地点が違えば、ゴール先も違う 全単射:全射かつ単射 著しい誤りなどがありましたらご指摘いただけると幸いです…。 それでは、この記事が皆さんのお役に立てることを祈っております。

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国富論とは?

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Contents• 二律背反の意味とは? 二律背反とは 「相反する2つの主張が同時に成り立つか、 あるいはどちらも成立せず、決着がつかない状態」 のことです。 多分これだけだとイメージがつきにくいと思いますので、 ここから例を使ってわかりやすく解説していきたいと思います。 二律背反をわかりやすく解説 もう一度書いておくのですが、二律背反とは 「相反する2つの主張が同時に成り立つか、 あるいはどちらも成立せず、決着がつかない状態」 でした。 つまりまずは相反(対立)する2つの主張が必要です。 最初に、一般的(二律背反ではない)な2つの主張を比べるとどうなるか? を紹介します。 このように相反する主張はどちらかが正しくて、 どちらかが間違っている状態になります。 まぁ当然といえば当然ですよね。 しかし、二律背反の主張を比べるとこのようにはなりません。 二律背反の例 例えばこちらの主張を見てください。 ここから2つの主張を見ていきたいのですが、 前提として、知っておいて欲しいことがあります。 それは「始まり」が存在するということは つまり「有限」を意味するということ。 なぜなら始まる前に、始める頃はできないですよね。 逆に「始まり」が存在しないといことは、 「無限」を意味するということ、です。 なぜなら始まりがないのに終わることもできませんよね。 宇宙に始まりがあるということは、 宇宙が始まる前に宇宙を創り出す何かが存在しなければなりません。 なぜなら、何もない状態から何かが存在するというのはありえません。 これがわからない人は「質量保存の法則」でググってみてください!! では、宇宙を創り出す何かになれるものとはなんでしょうか? 宇宙を創り出すことができるのは、宇宙しかありません。 だって、リンゴを作り出せるのはリンゴだけですよね。 つまりは、「宇宙の始まり」以前にも 宇宙があったということになります。 宇宙が無限であるということは、始まりがない。 つまり、終わりもない。 この「終わりがない」という部分に注目してみます。 今僕たちが生きている現在のこの一瞬を切り取ると、 その時点で時間軸としは、完結してしまってますよね。 つまり現在を切り取ると、「終わり」ができてしまうのです。 つまりこの主張も成立しません。 このことから 最初に紹介した主張は 「相反しているのに、どちらも成立しない」 二律背反になります。 二律背反の原因 ではなぜこのような状況が起こってしまうのでしょうか? この二律背反が起こる原因を追求したのが、 カントという哲学者です。 二律背反に対するカントの答え ここからはカントが考え出した二律背反の原因をざっくり紹介します!! カントはまずは有限だと証明できるものを考えてみました。 例えば目の前にあるパソコン。 このパソコンは大きさが決まっており、 どの程度の長さなのか?またどの地点にあるのか? を認識できます。 じゃあ、海は? 海も僕たちが認識できるわけではありませんが、 現状、地点がわかっていて、計測もされていますよね。 じぁあ宇宙は? 宇宙に関しては、現状、僕たちの認識を超えています。 宇宙の場所を教えて、と言われても説明のしようがないですよね。 つまり、僕たちは認識を超えたものに関して、 そもそも有限だとか無限だとかを解釈できないんです。 カントの答えとしては 「そもそも宇宙に対して、有限無限の問題を語ることができない だからこそ、二律背反が起こる」 ということになります。 二律背反のまとめ 二律背反とは 「相反する2つの主張が同時に成り立つか、 あるいはどちらも成立せず、決着がつかない状態」 でした。 そして、二律背反の原因を見つけ出したのが カントという哲学者で、 「そもそも二律背反は僕たちが認識できていないものに対して起こる」 ということでした。 細かく解説すると、もっと複雑なのですが、 きになる方はカントが書いた『純粋理性批判』を読んでみてください!! では、今回はこれで終わります。 最後までご覧いただきありがとうございました!.

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格率とは?【死ぬほどわかりやすく解説】

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Contents• 現象学とは 現象学とは 「現象がどのようにして成り立っているのかを研究する学問」 です。 例えば、木になっているリンゴが地面に落ちたとします。 私たちはこの現象を見たとき、• リンゴという物体が落ちる• 人間の「視覚」を通してその情景を感知する• リンゴが落ちた「現象」を理解する この順番で現象の成り立ちを理解しています。 しかし、現象学では少し違った考え方をします。 現象学では 「現象を作り出すのは人間の認識能力である」 というような考え方をします。 視覚を通して、リンゴが落ちる情景を作り出す。 リンゴが落ちた現象が出来上がる• リンゴが落ちたことを理解する。 この順番です。 「現象学バカすぎるでしょ…」 そんな風に思ったあなたの判断は当然です。 でも、こんな経験はないでしょうか? 「ロレックスだと思ってたけどパチモノだった」 「弟だと思っていたヤツが実は血が繋がっていなかった」 「自分のことをかっこいいと思ってたけど、違うらしい」 誰もが経験したことあるこ経験ですよね。 実はこの「勘違い」は人間の認識能力によって 「勘違い現象」を生み出したことが原因です。 要は「リンゴが落ちたという現象」に対して、 後々「実は落ちたのはみかんだった」と気づくのと一緒です。 要はあらゆる存在は人間の認識能力が生み出しているのです。 この人間が作り出す「現象」に注目し、 その成り立ち方を追求したのが「現象学」という哲学ジャンルです。 フッサールの現象学 この現象学という哲学のジャンルの創始者はフッサールという人です。 哲学というのは基本的には「真理」を追求する学問です。 真理というのは「普遍的なもの」を意味しますが、 フッサールはその普遍的なものを追求するのを早々に諦めてしまいました。 先ほども紹介したように 目の前にあるリンゴは 人間の認識能力が認識できる「リンゴ」だからです。 猫からしたら、人間にとってのリンゴはリンゴではないかもしれませんし、 なんなら、外国人にとってのリンゴは 僕たちの知っているリンゴではないかもしれません。。 ただし、フッサールのすごいのは諦めるだけではなく 新しい課題を生み出したことです。 「人間の主観的な認識はどうやって構築されるのだろうか?」 それを追求するのが現象学です。 これがどれだけ難しいことなのか? 鏡がないのに、自分で化粧をして、 その出来上がった化粧をメイク動画に編集して、 youtubeにアップするくらい難しいです。。 現象学的還元 では、この難しいことにフッサールはどのように取り組んだのか? その方法が「エポケー」です。 めちゃめちゃ簡単にエポケーを説明すると、 「まずはリンゴの存在を確信している自分がいることに気づく」 ということです。 エポケーを日本語訳すると「判断中止」という言葉になるのですが、 そもそも自分の認識が主観的判断であることを止めることを「エポケー」、 それを受け入れた上で、エポケーしていることを認めることを 現象学的還元、 と言います。 この「現象学的還元」という言葉はフッサールの現象学をうまく表しいる 言葉なので、ぜひ知っておいてください。 ハイデガーの現象学 ここまで、フッサールを中心にして現象学を紹介してきましたが、 現象学の代表的な哲学者としてもう1人紹介したいのが、 ハイデガーです。 ハイデガーはフッサールのと師弟関係を結んでいた人物で 彼も現象学を追求した人物です。 結果的にハイデガーは師匠であるフッサールの現象学を 批判することになるのですが、 その理由は「存在」の定義づけです。。 ハイデガーのフッサール現象学に対する批判 ハイデガーは現象を明らかにするために自分自身の存在についても考ました。 現象は人間の認識能力が勝手に作ったもので、 客観的には見ることができないから 「還元」する必要がある。 というのがフッサールの現象学でした。 ここで例えば、「自分の存在」という現象を考えたときに、 自分の存在を認識する機能をもつ「認識」。 そしてそのさらに上に、「認識を操る存在」があります。 フッサールはその「認識を操る存在」を 「超越論的なもの」と呼び、「存在」とは違うカテゴリーに入れました。 しかしハイデガーは 「超越論的なもの」も存在として扱わないと現象学って意味なくね? というような考え方をして、フッサールに批判の手紙を書いたようです。 この批判はちょっと難しすぎますよね。 なので、気になる方のために下の方でオススメの本を紹介していますので、 そちらをご覧ください。 ということで、 最後に現象学を勉強するときにオススメの本を紹介したいと思います。 現象学入門にオススメの本 現象学入門にオススメの本の一冊目は 『初めてのフッサール『現象学の理念』』 です。 この本のいいところは何と言っても200ページしかないことです。 200ページしかないということは現象学入門にぴったりということです。 内容に関しても現象学の創始者であるフッサールにに焦点を当てて、 現象学を説明してくれるので、かなりわかりやすい。 現象学を始めるきっかけづくりの本として、 オススメの本です。

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