千と千尋の神隠し 舞台。 「千と千尋の神隠し」モデル旅館の場所はどこ?道後温泉や台湾と群馬や長野と石川も調査!

映画「千と千尋の神隠し」のモデル舞台とされる台湾の街と九份とは?

千と千尋の神隠し 舞台

この記事の目次• 台湾の九份はどんなスポット? 台北から約 1時間 30分ほどの山あいにある九份(きゅうふん、台湾読みでジョウフェン)は、どこか懐かしいようなノスタルジックな雰囲気が漂う小さな街。 旅行会社のオプショナルツアーで訪れる方がほとんどですが、台北市内からは、 電車とバスを乗り継ぐか、もしくは直通バスやタクシーを使って個人でも行くことができます。 九份の歴史 19世紀末に金鉱が発見され、ゴールドラッシュで栄えた九份は、金鉱脈が尽きるとともに一時期さびれてしまったものの、その後大ヒットした 台湾映画「非情城市」のロケ地として再び脚光を浴び、映画ファンのみならず、世界中から観光客が押し寄せる 人気の観光スポットになりました。 また、レトロな街の雰囲気がまるでスタジオジブリの長編映画 「千と千尋の神隠し」の世界と似ていることで話題となり、台湾=九份のイメージを抱く日本人の方も多いのではないでしょうか。 九份観光の定番ルートは、素朴な雰囲気のショップやレストランが軒を連ねる 基山街(ジーシャンジェ)を通って、旅行パンフレットなどでお馴染みの 豎崎路(シューチールー)階段を下りるコースが一般的。 ここでは名物グルメを食べ歩いてみたり、雑貨やお土産を見て回ったり、カフェでお茶を楽しんだり、絶景を眺めたり。 映画のシーンに想いを馳せながら散策するのもいいですね。 九份は、 年間を通じて雨や霧が多いので、台北を出発する時は晴れていても九份に着いたら雨が降っていたなんてこともしばしば。 観光客で混雑する九份では、折りたたみ傘がひろげにくいので レインコートなどの雨具を用意しておくと安心です。 また、急な階段を登ったり下りするため、 履きなれた靴と動きやすい服装がおすすめですよ。 ここではテレビや雑誌でよく見かける茶屋(カフェ)や名物階段など有名な撮影スポットを3つご紹介いたしますね。 海悦楼(かいえつろう)茶坊 海悦楼茶坊は、「千と千尋の神隠し」のモチーフとなったといわれる舞台「阿妹茶酒館」の向かいに立つお店で、 テラス席からは、阿妹茶酒館の全体が見渡せるベストスポットになっています。 さら海悦楼茶坊の3階にあるテラス席からは、上から見下ろすように撮影できるのがポイント。 もちろん店内へ入る際は、注文が必要になりますが、阿妹茶酒館がライトアップされる夕暮れから夜にかけて、移り行く幻想的な景色を見ながら店内でゆったりと過ごせるのでおすすめですよ。 豎崎路(シューチールー)の階段 赤い提灯が揺れる 豎崎路の階段は、九份らしいノスタルジックな世界が広がるフォトジェニックなスポット。 とくに、下から見上げる風景が人気ですが、 100段近くある石段の両サイドには、レトロな建物やお店が立ちならんでいるので、 どこからの構図でも雰囲気ある写真が撮影できます。 ここは、多くの観光客が途切れることなく、ひっきりなしに通る場所なので、三脚を使って撮影をされる場合はまわりの迷惑にならないよう気をつけましょう。 九份は、昼と夜とではまったく雰囲気が変わるのが大きな魅力。 活気あふれる昼間の雰囲気もいいけれど、ライトアップされる夜の幻想的な美しさは、九份へ訪れたなら一度は見てみたいもの。 夕暮れ時は、身動きできないほど人であふれかえっていますので足元にはお気をつけください。 阿妹茶樓(あめおちゃ)横の階段 ゴールドラッシュ時代の大邸宅をリノベーションした 「阿妹茶樓(阿妹茶酒館)」は、九份で一番有名な茶芸館として大人気。 さらにレトロ感満載のこちらの建物をメインに撮影しようと、とにかく 狭い路地にはたくさんの人でいつも混雑しています。 ちなみに 「阿妹茶酒館」は、「千と千尋の神隠し」に出てくる 「湯婆場の屋敷」だと自称しているのですが、スタジオジブリ側は、九份は『千と千尋の神隠し』の舞台ではないと発表しているのだそう。 ここでは映画の舞台であるかどうかはさておき、九份の幻想的な美しい景色を心ゆくまで楽しむのがよいかもしれませんね。 どこも人気店のため混雑はしていますが、並んでも食べたいおすすめグルメをどうぞご覧ください。 芋圓(芋団子) 九份名物「阿柑姨芋圓(アーガンイーユィユエン)」の芋圓( 45元)は、タロイモと小麦粉で作ったお団子のこと。 あったかいシロップをかけるホットか、もしくはアイスを選べますが、台北よりも気温の低い九份では、とくに寒い日にホットで温まるのもいいですね。 広い店内からは、九份の街並みが一望できますよ。 タロイモでできた作りたてのお団子はモチモチと柔らかく、甘さが控えめでとっても美味しいですよ。 草仔粿(草餅) もち米を使った台湾の伝統的なお菓子といえば、草仔粿(草餅)も忘れてはなりません。 3代続く老舗「阿蘭草仔粿(アランツァオワグイ)」では、できたてほっかほかの草餅をどうぞ。 餡入りの草餅のほか、 切り干し大根やからし菜などが入った草餅も売られています。 甘いものが苦手な方はぜひトライしてみてはいかがでしょう。 魚丸(魚のつみれ) 基山街の入口すぐの坂道にある 「九份傳統魚丸(ジィウフェンチュアントンユーワン)」店では、綜合魚丸湯( 50元)がこのお店の看板メニューです。 魚丸とは、魚のすり身団子スープのことで、台湾料理の定番のスープです。 また、豚肉餡を包んだ団子スープなどほかにも種類はありますのでお好みで選べます。 ここでは、朝、昼、夜それぞれの様子をご紹介いたしますので、ぜひ参考にしてみてください。 朝〜お茶を飲みながらキレイな景色を楽しむ 九份では、夜のライトアップされる時間帯に訪れる方が多いため、 朝は比較的に観光客が少ないのが特徴。 混雑が苦手な方は、静かな街の雰囲気を感じることができる朝がおすすめです。 また、標高の高い九份からは、天気がよければ 基隆方向の港まで気持ちよく見渡すことができます。 カフェテラス席で絶景を見ながらゆったりとお茶を嗜むのもいいですね。 昼〜賑やかな九份老街を楽しむ 九份では、夕暮れ時の 17時過ぎから人が多くなり、狭い路地も人であふれてしまうため、混雑は避けられません。 もし ゆったりとカフェやショップ巡りをしたければ日中に訪れましょう。 にぎやかな街並みを散策するのも九份の楽しみ方の 1つですよ。 また、九份の大人気スポット「阿妹茶酒館」も 昼間であればベストポジションで撮影ができます。 夜〜ライトアップされた九份を楽しもう 赤い提灯が並ぶ 九份の景色が一番美しく見えるのは日没前後の夕暮れ時。 九份から見渡す遠くの山々や基隆港は、真っ暗な時間になると見えなくなるため、できれば日が落ちる前に ゆとりを持って到着するのがベスト。 夜になると、ライトアップされた九份はさらに美しく妖艶な雰囲気が漂い、まるで映画のシーンに迷い込んだかのよう。 ただし、たくさんの観光客で路地が埋め尽くされ、とくに週末は大変な混雑になるため、 できれば週末を避けて訪れるのが無難ですよ。 また、 19時頃にシャッターを閉めるお店も多いので、食べ歩きやお土産探しが目的の方は早めに九份へ向かいましょう。 台北行きの帰りのバスも夕方の渋滞ラッシュで到着が遅れる可能性もありますのでお気をつけください。 映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった舞台としても話題にはなっていますが、映画のシーンを探しながら観光するよりも、九份の幻想的な雰囲気を丸ごと味わう方がよいかもしれません。 九份はとても小さな街なので、 2~ 3時間あれば十分に見て回ることもできますが、人の少ない静かな朝、にぎやかな昼、ライトアップが美しい夜と、時間帯を変えればまた別の顔を楽しむこともできます。 人気スポットだけに、ライトアップの時間帯はとくに多くの観光客で混雑しますので、覚悟のうえノスタルジックな世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

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「千と千尋の神隠し」の舞台で知られる台湾九份の見どころとは?名物グルメもご紹介

千と千尋の神隠し 舞台

冒頭と結びに登場する彼女ですが、千尋に対してやたらと冷たい態度を取っているように思えます。 対照的に、千尋が迷い込む世界で支配者として君臨している湯婆婆(CV:夏木マリ)は、息子の坊(CV:神木隆之介)に対し過保護であり、かなり甘やかしている様子。 しかし、甘やかされてばかりで何もできなかったはずの坊はネズミに変えられ、家を飛び出し旅をすることで、最終的に千尋の味方をします。 2本足で屹立し、湯婆婆から自立したような状態になるのです。 そしてその描写があった直後、千尋は最後の試練を乗り越え、冷たい態度を取っていた母親のもとに帰ることができたのでした。 子育てにおいて、子どもを立派に自立させることはひとつのゴール。 一見淡白そうな千尋の母親でしたが、やはり最後には帰るべき場所として設定されており、千尋がそれを見失うことはありません。 2人の親の対立構造は、甘やかしてばかりが親の在り方ではないというメッセージになっているようにも感じられます。 宮崎駿監督いわく「カオナシなんて周りにいっぱいいますよ。 中略)ああいう誰かとくっつきたいけど自分がないっていう人、どこにでもいると思いますけどね」とのこと。 彼はカオナシという名前の通り、「個性を持たない」存在として表現されているようです。 実際、カオナシは千尋に自分のことを尋ねられたとき、かなり困ったような表情をしていました。 「自分がない」、「自分の居場所がない」からこそ他者の欲望を煽って自身に取り込み、パーソナリティを得ようとしたのでしょう。 カオナシはしばしば千尋にお金を渡そうとしますが、彼女は断り続けました。 この行為からカオナシは「欲望の象徴」なのではないか、という考え方もあります。 そして、一連の掛け合いや砂金がやがて泥へと変わってしまったことを考えると、この作品には「お金では買えないものがある」というテーマも存在するのかもしれません。 海原電鉄の黒い乗客 3週連続冬もジブリ! 来週は世界が絶賛、日本映画市場圧倒的なNo. 乗客が黒い影で表現されている理由は、作者が宮崎駿であることに注目すれば紐解けそうです。 宮崎駿は宮沢賢治の影響を強く受けていることで有名です。 海原電鉄は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が背景にあると思われます。 死者をあの世へ送るための銀河鉄道に着想を得ているのだとすれば、『千と千尋の神隠し』で舞台となっている八百万の神がいる世界は「あの世」に重ねられているのかもしれません。 海原電鉄の乗客が亡くなった人々として黒い影になっているのも頷けるのではないでしょうか。 その説を支持した場合、『千と千尋の神隠し』という物語は"千尋が味わった一時の臨死体験"とも言えそうですね。 千尋さんは書き間違えただけなのか、わざと間違えたのか…気になるところですぅーー😳 — スタンリー@金曜ロードSHOW! それはなぜなのか。 物語の中で明示されてはいませんが、実は彼女が生還できたのにはきちんと理由があります。 千尋は湯婆婆との契約の際、「萩野千尋」の「萩」の字を「获」と書き間違えていました。 そのおかげで契約は成立しておらず、千尋は現実世界に帰ってくることができたのです。 後にハクからも「湯婆婆に本当の名前を教えてはいけない」と言われた通り、本当の名前でなければあの世界に縛られることはなかったのです。 しかし、ハクは湯婆婆との契約をしっかりとしてしまったせいで、現実世界に帰ってくることはありませんでした。 普通の人より少し遠くを見ていたり、人の内側を見ているような瞳になるように描かれているそうです。 同じような場面は、世界中の逸話にしばしば登場します。 「見るなのタブー」とも言われるこのような描写は、日本の神話やギリシャ神話、旧約聖書にもあり、身近な話としては『鶴の恩返し』などが挙げられます。 物語の結びに古来から用いられてきたそんなお約束を踏まえた上で、千尋に「振り向かないで前を見て進め」とエールが送られているのでしょう。 「行き」のトンネルと「帰り」のトンネルが違うのはなぜ? 荻野一家はトンネルをくぐって神々の世界に足を踏み入れましたが、現実世界に帰って来たとき、トンネルは行きとデザインが異なっていました。 これには、「神々の世界には現実世界と別の時間が流れており、現実世界のトンネルが経年劣化した」という解釈もあります。 しかし、冒頭に建築関係の仕事をしている千尋の父が、トンネルは「モルタル製」であることに触れていますから、帰りのトンネルが石造りになっていることを考えるとその線は薄いのではないでしょうか。 最初から、行きのトンネルには神々の世界に導くための魔法がかかっており、もともと例のトンネルは石造りだったと考えた方が良さそうです。 ユニークな名前が並んでいます。 リンさんの横には「コイ」「ふな」「トロ」…魚の姿をしているのでしょうか。。。 そのほかにも「馬」「へそ」など気になる名前がたくさんあります。 — スタンリー@金曜ロードSHOW! とはいえ、作品の中では風俗のモチーフとして湯女が用いられたわけではありません。 宮崎駿は過去にエンタメ雑誌「プレミア」で、「"あれは日本そのものです。 (中略)みんな千尋が暮らす湯屋の従業員部屋のような、ああいうものだったんですよ。 日本は少し前までああいう感じだったんです。 "」と語っており、風俗産業の表出というわけではなく、日本の労働環境のモデル化という面があるようです。 宮崎駿監督は最後のシーンについて次のように語っています。 「この物語は、何か思いのほか切ない話です。 特に終わり方が。 しかしどの情報も、肝心となるエンディングの内容はストーリー中の様々な場面をつぎはぎにくっつけたような印象を受け、支離滅裂です。 謎めいた展開が魅力であり、国内では他に類を見ないほどの人気作品ですから、「そういえばそんなシーンあったかも」と「幻のエンディング」の存在が本当であるかのように噂が広まってしまったのだと思われます。 これに関しては過去にネットメディアがジブリと東宝に取材をしており、言質を得ていますので、やはり「幻のエンディング」は存在しないようです。 最後の豚の集団に両親がいないと気づいた理由 物語の終盤、湯婆婆が千尋に課したテスト。 それは豚の集団から、豚になってしまった父母を当てるという難題でした。 そこで千尋はその場に父母がいない、と確信を持って湯婆婆に伝えたことで、元の世界へと戻ることを許されます。 なぜ千尋は答えを出せたのか?これについては様々な考察がなされていますが、宮崎監督も明言していません。 ただひとつ言えるのは、物語を通して千尋が大きく成長し、ある種の洗脳(魔法)が解けた状態になったということ。 宮崎監督も「なぜわかるか、でもわかるのが人生ですよ。 それしかないんですよ。 」と答えたそう。 映画の中での経験が、千尋にとって人生を生き抜く確実な力になったのです。 具体的な考察、説明は野暮なのかもしれませんね。 『いつも何度でも』は映画制作前に作られた 主題歌『いつも何度でも』の優しい歌詞は、本作の不思議な世界観と少女の成長物語に寄り添っているように感じられますが、実はこの曲は映画制作前に完成していました。 というのも、前作『もののけ姫』に感銘を受けた木村弓さんが宮崎監督に自らのCDと一緒に手紙を送ったところ、宮崎監督も気に入り、当時企画中だった『煙突描きのリン』が形になったら連絡する、ということで作品概要を木村さんへ伝えます。 そこから着想を得て作られたのが「いつも何度でも」なのです。 しかし、ある理由がありボツになってしまった『煙突描きのリン』。 曲もお蔵入りしかけましたが、当初『千と千尋の神隠し』の主題歌になる予定だった『あの日の川へ』の作詞が難航し、再度監督が『いつも何度でも』を聴き直したところ、歌詞が映画と合致していることに気が付いたそう。 そして主題歌に起用されたという不思議な繋がりのある曲だったのです。 幻の先品「煙突描きのリン」 先述した『煙突描きのリン』は、1998年6月から企画が進められていました。 物語としては、大地震に見舞われた東京を舞台に、銭湯の煙突に絵を描く18歳の学生・リンが、東京を影で支配する集団と対峙し、戦うというもの。 ですがその制作中、鈴木プロデューサーは鑑賞した『踊る大捜査線 THE MOVIE』で感じた「リアルな若者の気持ち」に衝撃を受けます。 そして、その気持ちを宮崎監督に伝えます。 若者とは言えない自分たちが、本当に若者の気持ちを表現することができるのか疑問に思ったというわけです。 結果監督も納得し、この作品が日の目を見る日はありませんでした。 その後、千尋と同年代の子どもたちに向けた『千と千尋の神隠し』を手掛けるのですから、制作側の心境の変化もうかがえます。 最後に 『千と千尋の神隠し』に関する噂や謎、作品に込められたメッセージやテーマについて考察しました。 公式の見解が出揃っているわけではないので、一概に言えることではありませんが、これほど考察が深まるのはジブリ作品の特徴であり、醍醐味といえるでしょう。 スポンサーリンク.

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千と千尋の神隠し

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しかし彼女はこれから始まる新しい生活に大きな不安を感じていた。 やがてたちの乗る車はいつの間にか「不思議の町」へと迷い込んでしまう。 その奇妙な町の珍しさにつられ、どんどん足を踏み入れていく両親。 前作『』から4年ぶりに監督が手掛けた待望の新作映画ということもあり、公開当時は全国で爆発的な大ヒットを叩き出し、観客動員数及び興行収益ともに日本最高記録を樹立しました。 以来、現在に至るまでいまだにこの記録を上回る作品は登場していません。 しかし、このような大ヒットの裏側では、スケジュールの遅れ・スタジオの弱体化・監督とスタッフの対立など、様々な問題が勃発していたようです。 いったい『』はどのような経緯を経て制作されたのでしょうか?というわけで本日は、『』にまつわるマル秘裏話や壮絶なエピソードをご紹介します。 制作発表記者会見で「これが最後の作品になるだろう」と引退宣言をしただけあって、『』における作業は全身全霊を傾けた熾烈なものとなったからです(実際、宮崎監督は98年の1月14日付けでを一旦退社している)。 そして、次回作は誰か別の人を監督に立てて、自分はシナリオや絵コンテのみに専念するつもりだったらしい。 そのため、宮崎さんは98年から「将来のアニメーション業界を担う人材発掘」を目的とした特別講座を開設しました。 しかし結果は惨敗。 「せめて一人ぐらいは芽を出せ!」と直筆で告知を出す程に後継者の登場を切望していましたが、その願いは叶わず、結局また自分で監督することになってしまった宮崎さん。 おまけに、「の森の美術館」構想が同時期に発表され、全展示物の企画・制作・監修だけでなく、館内限定上映の短編映画を3本も作るはめになり、「引退」どころか老人に死ねと言わんばかりの超ハードワークを強いられることに(泣)。 しかし『』における制作状況の遅延ぶりはその中でも群を抜いて酷く、 過去最悪の状況だったそうです。 なぜなら、今まで作画の中核を担っていた主力アニメーター達の多くが、『』の完成後にを退社していたからです。 社内のスタッフはかつてないほど弱体化し、経験の浅い新人中心の原画シフトを余儀なくされました。 「一人一週間で一カット」という目標を設定するものの、これではスタッフ10人が1ヵ月取り組んでも200秒、1年間にわずか40分しか仕上がらない計算になり、完成まで3年も掛かってしまいます。 プロデューサーは頭を抱えました。 賀川愛やなど、実力のあるベテランが参加してはいましたが、人数はたったの15人しかおらず、不足は否めません。 そこで今回、今まで作品に関わることがなかったやなど、フリーのアニメーターが多数参加することになりました。 さらに、途中からは宮崎監督自身がレイアウトや作画チェックを手伝うという非常事態に突入。 それでも圧倒的な戦力不足はカバーし切れず、社内で仕上げたカットは全体のわずか50パーセント程度に留まりました。 つまり、残り半分は全て外部のアニメーターに委託せざるを得なかったのです。 しかし、それでもまだ動画と彩色が間に合いません。 そして、ついに創設以来初めて、韓国スタジオへの動画・彩色外注に踏み切ったのです。 それまでのは、作品のクオリティを維持するために、外部へ作画を依頼する場合でも一貫して日本国内のスタジオにこだわっていました。 しかも、「あのスタジオは絵がヘタだからダメ!」という具合に、レベルの高いアニメスタジオだけを厳選して発注するという徹底ぶり。 ここまで品質管理に厳しかったからこそ、のアニメは長年に渡って高い完成度を保つことができたのです。 しかし、『』を制作していた頃のはもはや発注先を選んでいる余裕すら無く、外部からの増援抜きには成立しないほどの危機的状況に追い込まれていました。 「有能なアニメーターが育っていない」ということも原因の一つですが、一番の問題は 「の生産能力の低下」でしょう。 これまで、驚異的なパワーで全カットのレイアウトを描き、全ての原画をチェックし、自分で作画までこなしていた宮崎さんも、さすがに加齢による体力の衰えには逆らえず、近年は作業量が落ちていました。 それが 「宮崎監督と作画スタッフとの対立」です。 そこで、今までにない新たなヒロイン像を作り出すことを提案。 従来の宮崎アニメ型ヒロインは「背筋を伸ばし、動作は機敏で、喜怒哀楽がはっきりした美人顔」でしたが、安藤さんはこれと正反対に「曲がった背中、無駄の多いグズグズした動作、喜怒哀楽が不鮮明なブサイク顔」をデザインしたのです。 宮崎監督もこの案に同意し、のニュアンスに関しては安藤さんに一任することを承諾。 そして、このキャターに合わせるように初期の絵コンテでは「グズでマなブサイク少女」として主人公が描かれていました。 ところが、今までこんなヒロインを描いた経験が無い宮崎さんにとっては全く未知の主人公であり、どうやって物語の中で動かせばいいのかわかりません。 絵コンテ作業は遅々として進まず、膨大な量のコンテを何度も修正する始末。 掴みどころの無いキャター設定に苛立ち、困惑する宮崎監督。 当然、安藤さんとしてはいきなりの方向転換に納得できず、自分なりに原画段階で修正していたそうです。 しかし、宮崎監督自身が原画修正に加わるようになると、どんどん従来型の宮崎テイストが濃厚になっていきました。 は美人顔に近づき、動作も機敏になり、ついには屋外配管の上を全速力で突っ走るまでに変貌する有様。 完全に「今まで通りの宮崎キャラ」に戻ってしまったのです。 映画完成後、安藤さんは雑誌のインタビューでこの時の心境を次のように述べていました。 「僕には、 というキャターを可愛くしないっていうことが、ものすごい挑戦だと思えたんですよ。 初見はブサイクでも、ドラマの進行と共に彼女なりの頑張りみたいなものが見えていって、何かを成し遂げた時に、造形は同じなんだけど、なんか行動に対して愛着が滲み出てくるというか。 そういうことが表現出来たら凄いだろうな、と思ったんですけどね」 の安藤さんは、今までの宮崎型ヒロインからの脱却を図り、様々な試行錯誤を繰り返したものの、結局は軽快な活劇を好む宮崎監督と見解を一致させることはできませんでした。 『』は、冒頭部分こそスローペースで肉体のリアリズムを志向する安藤さんのイメージを再現していますが、中盤以降からはまるで別人のような行動力を発揮するなど、明らかにキャター設定がブレています。 安藤さんは、このような矛盾に強い違和感と失望を感じ、最後まで抵抗を試みたらしい(最終的には宮崎監督と口もきかなくなるほど関係性が悪化)。 の他のスタッフも、安藤さんと宮崎監督の方向性の違いに戸惑いを覚え、社内は重苦しい雰囲気に包まれたという。 「今回は、たぶん宮さんあまり絵のチェックをやらなかったんでしょうね。 特に前半はっぽい絵がなかったので、自分で絵をいじってない気がします。 まず顔の表情が違うし、レイアウトもちょっと違っていました。 コンしきれていない感じがあって、そこが逆に良かったんですが(笑)。 普通の人が観てもわからないと思いますけど、業界人が観ると笑ってしまうようなところもあって(笑)。 あとはアニメの技術として表現しきれていない部分とかもあるんですけど、別にそれが気になるわけでもないし。 肩の力が抜けてる感じが良かったですね」 (中略) 「アニメの技術だけで言えば、質はどんどん落ちてきていると思います。 20年前、30年前の方が圧倒的に良かった。 アニメーター全体の動きの質のようなものは確実に落ちてますね。 絵の上手い人はそれなりに増えているけどアニメーターとしてどうかなあ、ということです。 もちろん、今でも上手い人はいますけど、往年のアニメの動きにはまだまだかなわない感じがしました」 「昔のアニメーターが、たとえば波を描こうと思ったら、実際に海へ行って波の動きを見て、これをアニメにしたらどうなるんだろうということを研究していたと思うんですけど、今はそんなことをしなくても、アニメの波をコマ送りで見れば分かるわけです。 ここまで情報が溢れていると、どうしてもそうなってしまうんでしょう。 ただ、個人的には『』よりもずっと面白かったです(笑)。 自分にとっては『』があまり良い映画ではなかったので、余計に良く見えるのかもしれませんが、『』の方が『』よりもずっと宮さんの集大成という気がしますね。 元々、宮崎さんはもっとドラマチックなエピソードを盛り込み、クライマックスに大規模なアクションシーンを入れる予定でした。 ところが、 「その内容では尺が3時間を超えてしまう!」と鈴木プロデューサーから指摘され、慌ててストーリーを2時間に圧縮。 本来は画面に出ているだけだった「」という脇役を急遽メインキャターに昇格させ、無理矢理ドラマを再構成したのです。 これまでの作品でも、制作途中でエピソードを変更することはありましたが、中盤まで進んだ時点で後半以降の展開を大きく覆すというパターンは前例がありません。 もうひとつ、『』のストーリーに関する逸話として、次のようなエピソードが伝えられています。 ある時、社のマイケル・アイズナー代表が『』を観たんですが、ディズニー・スタジオが騒然となりました。 なぜなら、アイズナー氏は今まで日本の長編アニメーション映画を観ることを拒み続けていたからです。 しかも、アイズナー氏はどんな映画でも5分ぐらいしか観ないことで有名なのに、『』の時は最後まで席を立たなかった。 このことから、他のスタッフは「凄い出来事だ!」と驚いたわけです。 しかし、アイズナー氏は映画を観終わって、 「わからん!」と一言。 どうしてこれが日本で2300万人もの観客を集め、2. 5億ドル(300億円)ものを上げることができたのか 「さっぱり理解できない!」と何度も首を捻っていたそうです(笑)。 再生機種やモニターによっては赤がより強調され、全編夕暮れのような画面になってしまうケースもあったらしい。 これに対しては、「映像データは宮崎監督との監修に基づいて製作されたものです」とコメント。 鈴木プロデューサーも「DVD制作の際、の心情を表現するために敢えて色調を変更した。 特典の予告編に関しては色調管理の余裕が無かったので補正をしていない。 あくまでも本編ディスクの色調が正しい」と発表しました。 しかし、騒ぎはこの後も収まらず、2002年にはDVD購入者3名がを相手取り、 に提訴。 原告側は、証拠として色調異常を示すなどを提出し、正しい色調のDVDとの交換や慰謝料などを求める異例の事態に発展したのです。 この問題は2004年に和解が成立するものの、その後に発売された『』のブルーレイがまたもや赤くなっていたので再びファンの怒りが大爆発。 「いいかげんにしろ!」と再度クレームが殺到しました。 この「不自然な色調」については、「DVDマスター製作過程における設定の錯誤」とする説が有力視されていますが、今のところはっきりした真相はわかりません。 なお、北米やヨーロッパ、韓国で発売されたバージョンはなぜか赤くないそうです(なぜだ?)。 ・がその場を取り繕う為に平気で吐いた嘘って例の 「のDVD画面が赤いでござる事件」。 アニメの制作工程がアナログからデジタルに変わった場合「制作スタッフはカラーを三回行う必要が有る」。 1:データ納品時。 2:FILMレコーディング時。 3:メディア落し時。 ・1:データ納品時は解るよね、デジタルデータの色調整。 2:FILMレコーディング時は0と1のデジタルデータの色味をFILMでも同じ発色させる為にする色調整。 で、DVD等のメディアに焼く際にFILMから画像を落していれば問題は無いが、デジタルデータを焼く場合はそこで最終色調整が必須。 ・ソフトを観る限り、はデジタルデータじゃなくてFILMから画像を焼いている。 だから問題が発生しなかった。 しかしはFILMレコーディング時の調整だけで、DVDを焼く際に制作者が立ち会ってないハズ。 立ち会っていれば明らかにFILMと違う発色にOK出す訳が無いから。 これに対して多くのファンは「やっと劇場版と同じ状態で『』を観賞できる!」と安堵しているそうです(それにしても、さんが「赤いのは仕様だ!」と力強く断言していたのは何だったんだろう?)。 にもかかわらず、日本中で大ヒット。 その理由について多くの映画評論家やアニメ研究者たちが検証を行いましたが、いまだに明確な解答は出ていません。 ただし理由の一つとしては、「通常のとは別の次元で映画が成立しているからではないか」と言われています。 これはいったい、どういうことでしょう? 本作は、最初から最後まで「10歳の少女の目線」でストーリーが進行します。 つまり、その世界でが見たもの、体験したものしか描かれません。 必然的に、観客はと同じく 「わけのわからないものを、わからないまま」体験しなければならない。 これは要するに、映像とシチュエーションで強引に観る者を納得させているわけで、 全てに解答が用意された緻密な設定を初めから放棄しているということなのです。 さらに、新人スタッフや韓国のアニメスタジオによる作画が画面に不安定な印象を与え、それがの不安定な心理状態と偶然にもマッチング。 その結果、「思春期の少女の不安定な主観で彩られた奇妙な物語」として見事に結実することになったのでしょう。 こんな映画がテクニックや計算で生み出されるはずがなく、まさに究極を求めて働いた監督及びスタッフの 熱意と努力が奇跡を起こしたと言うしかありません。 この件について宮崎監督自身は「意図的にそうしたわけではない」と言いつつ、以下のようにインタビューで語っています。 「はっきりしているのは観客を明確に設定できたことですね。 その子たちにとってのリアリティを外してはならないっていうね。 それを非常に大きな枷として自分に課したんですよ。 それは多くの人はそういう人生を生きていることが多いから。 つまり、自分が一番困っている時には誰も助けに来なかったというね(笑)。 だけどには来たわけですよ。 だからこれは、 そういうことを受け入れられる人の映画なんです。 そこまで疑ってかかる人のための映画じゃないんですよ。 実際そういうことは身の周りでも起こっているんであって、ただ気が付いていないだけなんだと僕は思ってます。 あれぐらい親切にしてくれる人は周りにいるよって。 心を閉ざしているから気付かないだけ。 だから、観客として設定した子供たちがどう受け取ってくれたかっていうのはわかりませんけど、なんかそういうものを受け入れてくれたらいいなあって思いながら作ってましたね。 少し減らして50件ぐらいにしたものの、それでも結構な数には違いない。 インタビュー嫌いで有名ながそんな数を受け入れるとは思えません。 そこで鈴木さんは、「インタビューの数は100件の申し込みがあったけど交渉して45件まで減らしました」と嘘をついたらしい。 それを聞いた宮崎監督は、 「じゃあ仕方ないな」と全てのインタビューを黙々とこなしたそうです(笑)。 「『』の時ですけどね、冒頭、車に乗っていくと不思議の世界へ行く手前でお地蔵さんに会うんですけど、あのお地蔵さんってね、当たり前なんですけど立体なわけですよ。 つまりCGで作ってある。 それに紙(テクスチャー)を貼り付けて手描きのように見せかけたんですけどね。 これを観たカ人の記者が「今回の映画ではCGをいっぱい使ってらっしゃいますね」って訊いたわけです。 でも宮崎は『ひとつも使ってません!』って(笑)。 そうしたらね、そのカの記者も驚いちゃって、『最初のお地蔵さま、あれCGに見えるんですけど、違いますか?』『違います!』『え?じゃあどうやってやったんですか?』って(笑)。 現場の連中もひどいんですよ。 これ、バカにしてるみたいだけど、本当の話ですからね。

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