怖い歌。 怖い怖い歌ってどんなのがある?

本当は怖い!童謡に隠された本当の秘密や都市伝説まとめ

怖い歌

ひな祭りとは? ひな祭りとは、 桃の節句とも呼ばれ 3月3日に 雛人形や 桃の花を飾り、 女の子の幸せや健やかな成長を願う伝統行事です。 雛人形を飾るのは、お雛様に 身代わりとして女の子の穢れ(死や疫病)など忌まわしく思われる不浄な状態を移して 厄災を引き受けてもらうためでもあります。 昔、節句に人の穢れを紙人形に移して川に流していた 「流し雛」という風習がありました。 それが転じて今の形になったと言われています。 ひな祭りには縁起のいい意味が込められた、ちらし寿司やはまぐりのお吸い物・菱餅や、ひなあられなど色とりどりで見た目にも楽しめる食べ物を食べます。 イベントって、こういう食べ物が楽しいですよね。 私はいつも意味はおいといてイベント事では食べ物の事しか考えてなかったのでちょっと反省です 笑。 ひな祭りの歌の歌詞。 ひな祭りの歌で一般的に有名なのは 「うれしいひなまつり」という歌です。 関連記事 右大臣 四段目に居るのは、 弓を持った二人の護衛。 しかし、左大臣はいまでいう内閣総理大臣で、右大臣はその補佐で左大臣が不在の時はその職務を務めます。 左大臣と右大臣が隋臣を兼用する事はなく、五人囃子の下にいる事や弓や刀を身に付けていることから四段目の二人は大臣ではなく隋臣。 なので右大臣と左大臣で広まっていますが、 実は大臣ではありません。 白酒 白酒とは甘酒とは別物です。 昔からひな祭りには 桃の花を酒に浸した桃花酒(とうかしゅ)を飲む風習がありその後、白酒が飲まれるようになりました。 アルコール度数は10%前後で、甘味が強いお酒です。 今でいうリキュールに該当します。 たまに甘酒と勘違いして家で作った事があるという人がいますが、白酒は家庭で作る事は法律上禁止されています。 5段目 ついでに説明すると5段目に居るのは、従者の三人組の仕丁(しちょう)です。 庶民出身の護衛・雑用係です。 君主が住民を無報酬で働かせる徭役(ようえき)という制度で1里50戸につき2人、3年交代で勤務しますが食糧などその全てが故郷の負担だった為かなり不評でした。 三人上戸ともいわれ、それぞれが泣き上戸・笑い上戸・怒り上戸の3種類となっています。 画像引用: ほんとだ。 怒ってるのがすぐ目について、ちょっと笑ってしまいました。 無報酬で働かせる制度自体に怒ってるのかなぁ。 歌のどこが怖いのか? 画像引用: 主にどこが怖く感じてしまうのかというと、二番のこの部分です。 「お嫁にいらした姉様に~よく似た官女の、 白い顔」 白い顔!ここ!この表現がなんとも怖く感じてしまうのです。 えっ?生きてる?生きてるよね?おばけの事?の様な感覚です。 ひな人形並べると、表情がなんとも言えず冷たく感じたりした事ないですか? そこに、この歌で「白い顔~」と言われるとちょっとゾっとするのです。 怖い歌詞の意味。 亡くなったお姉さんの事? 歌詞を作った、サトウハチローさんにはお姉さんがいました。 が、結核で亡くなられています。 しかも 結婚が決まった矢先に。 すごく可哀想ですね。 そんなお姉さんを想って作った歌詞だと言われています。 色白のお姉さんだったのか、病気で亡くなった時の白い顔なのか・・それはやっぱちょっと怖い気が。 画像引用: 美人の条件? もう一つ別の解釈があります。 この「うれしいひなまつり」という曲は、女の子を主人公として、その目線で作曲しています。 その女の子が官女の白い顔を見て、お嫁に行ったお姉さんを思い出しているのです。 「白い顔」と言えば少し怖いですが、 「色白」と言えば美人の条件でもありますよね。 そう聞くと、色白の綺麗なお姉さんだったのかなと思います。 表現一つで感じ方がだいぶ変わりますね。 地獄の三人官女 あと、しょうもない話で申し訳ないのですが三人官女で画像探しているとところどころにでてくるこの三人組がなんだか気になりました。 なんか似てない? 画像引用: 調べてみたら、五星戦隊ダイレンジャーの地獄の三人官女でした。 なるほど、似てたの納得。 この三人官女はやっぱり倒されたのかなぁ。 こんな事考えてたら、もう白い顔がこっちに思えてきて、ぜんぜん怖くなくなってきた。 むしろ面白い。 歌詞が間違ってる部分がある? 実は歌詞の中に二カ所間違っている部分があります。 「お内裏様とお雛様」 二番に 「お内裏様 だいりさま とお雛様 二人ならんで すまし顔」とあります。 お内裏様とは、男雛(おびな)と女雛(めびな)の事を指しています。 雛人形の最上段に飾られている男女一組を「お内裏様」と呼ぶのです。 「お雛様」とはひな人形全部の事を指す言葉です。 そう、お内裏様も五人囃子も三人官女もみんなひっくるめて雛人形の事を「お雛様」といいます。 「二人並んですまし顔。 」 歌を聴いている人はこの表現でお内裏様が男雛でお雛様が女雛かのような勘違いをしてしまいます。 この歌は誰しも一度は聞いたことがありますよね。 そう、広がり過ぎたことでこの勘違いは間違ったまま定着してしまっているようです。 「あかいお顔の 右大臣」 三番の 「赤いお顔の 右大臣」とあります。 画像引用: 先ほど左大臣の所で大臣という事自体も間違っていて、隋臣だと説明しましたがもう一つ大きな間違いが。 右大臣とは、左側の若者の事です。 左大臣が白いひげの長い年長者です。 そう、 赤いお顔は左大臣の方なのです。 逆、逆ー!という間違いですね。 これは作詞者のサトウハチローさんの勘違いで向かって右側に居る方を右大臣、左にいる方を左大臣と思ってしまった事が原因のようです。 ぱっと見はあってるように感じるのでややこしいですが、雛人形を並べる時に 雛人形と同じ方向を向いたらどちらが右でどちらが左になるかと考えてみると分かりやすいと思います。 この二つの間違いは、歌が発表された後に間違いを指摘し、訂正を求める声もありましたが歌が普及しすぎた為に訂正が追い付かずそのまま今に至るようです。 なので、作詞者のサトウハチローさんはこの曲を嫌っていたそうです。 そうですよね。 間違ってると思いつつ毎年ひな祭りの季節になるとスーパーでもどこでもこの曲が耳に入ってくるのでそう思うと嫌う気持ちもわかります。 間違ってても、この曲の事を知って私は好きになってきましたけどね。

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こわい短歌特集

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ひな祭りとは? ひな祭りとは、 桃の節句とも呼ばれ 3月3日に 雛人形や 桃の花を飾り、 女の子の幸せや健やかな成長を願う伝統行事です。 雛人形を飾るのは、お雛様に 身代わりとして女の子の穢れ(死や疫病)など忌まわしく思われる不浄な状態を移して 厄災を引き受けてもらうためでもあります。 昔、節句に人の穢れを紙人形に移して川に流していた 「流し雛」という風習がありました。 それが転じて今の形になったと言われています。 ひな祭りには縁起のいい意味が込められた、ちらし寿司やはまぐりのお吸い物・菱餅や、ひなあられなど色とりどりで見た目にも楽しめる食べ物を食べます。 イベントって、こういう食べ物が楽しいですよね。 私はいつも意味はおいといてイベント事では食べ物の事しか考えてなかったのでちょっと反省です 笑。 ひな祭りの歌の歌詞。 ひな祭りの歌で一般的に有名なのは 「うれしいひなまつり」という歌です。 関連記事 右大臣 四段目に居るのは、 弓を持った二人の護衛。 しかし、左大臣はいまでいう内閣総理大臣で、右大臣はその補佐で左大臣が不在の時はその職務を務めます。 左大臣と右大臣が隋臣を兼用する事はなく、五人囃子の下にいる事や弓や刀を身に付けていることから四段目の二人は大臣ではなく隋臣。 なので右大臣と左大臣で広まっていますが、 実は大臣ではありません。 白酒 白酒とは甘酒とは別物です。 昔からひな祭りには 桃の花を酒に浸した桃花酒(とうかしゅ)を飲む風習がありその後、白酒が飲まれるようになりました。 アルコール度数は10%前後で、甘味が強いお酒です。 今でいうリキュールに該当します。 たまに甘酒と勘違いして家で作った事があるという人がいますが、白酒は家庭で作る事は法律上禁止されています。 5段目 ついでに説明すると5段目に居るのは、従者の三人組の仕丁(しちょう)です。 庶民出身の護衛・雑用係です。 君主が住民を無報酬で働かせる徭役(ようえき)という制度で1里50戸につき2人、3年交代で勤務しますが食糧などその全てが故郷の負担だった為かなり不評でした。 三人上戸ともいわれ、それぞれが泣き上戸・笑い上戸・怒り上戸の3種類となっています。 画像引用: ほんとだ。 怒ってるのがすぐ目について、ちょっと笑ってしまいました。 無報酬で働かせる制度自体に怒ってるのかなぁ。 歌のどこが怖いのか? 画像引用: 主にどこが怖く感じてしまうのかというと、二番のこの部分です。 「お嫁にいらした姉様に~よく似た官女の、 白い顔」 白い顔!ここ!この表現がなんとも怖く感じてしまうのです。 えっ?生きてる?生きてるよね?おばけの事?の様な感覚です。 ひな人形並べると、表情がなんとも言えず冷たく感じたりした事ないですか? そこに、この歌で「白い顔~」と言われるとちょっとゾっとするのです。 怖い歌詞の意味。 亡くなったお姉さんの事? 歌詞を作った、サトウハチローさんにはお姉さんがいました。 が、結核で亡くなられています。 しかも 結婚が決まった矢先に。 すごく可哀想ですね。 そんなお姉さんを想って作った歌詞だと言われています。 色白のお姉さんだったのか、病気で亡くなった時の白い顔なのか・・それはやっぱちょっと怖い気が。 画像引用: 美人の条件? もう一つ別の解釈があります。 この「うれしいひなまつり」という曲は、女の子を主人公として、その目線で作曲しています。 その女の子が官女の白い顔を見て、お嫁に行ったお姉さんを思い出しているのです。 「白い顔」と言えば少し怖いですが、 「色白」と言えば美人の条件でもありますよね。 そう聞くと、色白の綺麗なお姉さんだったのかなと思います。 表現一つで感じ方がだいぶ変わりますね。 地獄の三人官女 あと、しょうもない話で申し訳ないのですが三人官女で画像探しているとところどころにでてくるこの三人組がなんだか気になりました。 なんか似てない? 画像引用: 調べてみたら、五星戦隊ダイレンジャーの地獄の三人官女でした。 なるほど、似てたの納得。 この三人官女はやっぱり倒されたのかなぁ。 こんな事考えてたら、もう白い顔がこっちに思えてきて、ぜんぜん怖くなくなってきた。 むしろ面白い。 歌詞が間違ってる部分がある? 実は歌詞の中に二カ所間違っている部分があります。 「お内裏様とお雛様」 二番に 「お内裏様 だいりさま とお雛様 二人ならんで すまし顔」とあります。 お内裏様とは、男雛(おびな)と女雛(めびな)の事を指しています。 雛人形の最上段に飾られている男女一組を「お内裏様」と呼ぶのです。 「お雛様」とはひな人形全部の事を指す言葉です。 そう、お内裏様も五人囃子も三人官女もみんなひっくるめて雛人形の事を「お雛様」といいます。 「二人並んですまし顔。 」 歌を聴いている人はこの表現でお内裏様が男雛でお雛様が女雛かのような勘違いをしてしまいます。 この歌は誰しも一度は聞いたことがありますよね。 そう、広がり過ぎたことでこの勘違いは間違ったまま定着してしまっているようです。 「あかいお顔の 右大臣」 三番の 「赤いお顔の 右大臣」とあります。 画像引用: 先ほど左大臣の所で大臣という事自体も間違っていて、隋臣だと説明しましたがもう一つ大きな間違いが。 右大臣とは、左側の若者の事です。 左大臣が白いひげの長い年長者です。 そう、 赤いお顔は左大臣の方なのです。 逆、逆ー!という間違いですね。 これは作詞者のサトウハチローさんの勘違いで向かって右側に居る方を右大臣、左にいる方を左大臣と思ってしまった事が原因のようです。 ぱっと見はあってるように感じるのでややこしいですが、雛人形を並べる時に 雛人形と同じ方向を向いたらどちらが右でどちらが左になるかと考えてみると分かりやすいと思います。 この二つの間違いは、歌が発表された後に間違いを指摘し、訂正を求める声もありましたが歌が普及しすぎた為に訂正が追い付かずそのまま今に至るようです。 なので、作詞者のサトウハチローさんはこの曲を嫌っていたそうです。 そうですよね。 間違ってると思いつつ毎年ひな祭りの季節になるとスーパーでもどこでもこの曲が耳に入ってくるのでそう思うと嫌う気持ちもわかります。 間違ってても、この曲の事を知って私は好きになってきましたけどね。

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いろは歌の本当の意味が怖い!実は作者不明の「呪いの歌」だった

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Contents• いろは歌とは?現代語訳と意味 「いろは歌」とは音の異なる清音の仮名 47文字を、一文字も重複させずに読み込んだ手習い歌(てならいうた)の一つです。 手習い歌とは、硬筆や毛筆の仮名を書く練習をするための手本とする和歌のことをいいます。 昔の人は習字をする時には「いろは歌」を使って練習していたのですね。 一般には仏教の教え、涅槃経(ねはんきょう)にある 「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」の教えを和訳した、 仏教の教えを説く歌といわれています。 いろはにほへとちりぬるを 香りよく咲き誇る花も散ってしまう わかよたれそつねならむ この世に永遠のものなどありはしない うゐのおくやまけふこえて 迷い多く悲しい奥山を越えて行こう あさきゆめみしゑひもせす 人生の儚い栄華に酔わないように すべて平仮名だと読みづらいので、漢字仮名交じりに書くとこうなります。 色は匂えど散りぬるを 香りよく咲き誇る花も散ってしまう 我が世誰ぞ常ならむ この世に永遠のものなどありはしない 有為の奥山今日越えて 迷い多く悲しい奥山を越えて行こう 浅き夢見じ酔いもせず 人生の儚い栄華に酔わないように これを読むと、すべての仮名を一度だけ使って仏教の教えを見事に表現していますね。 作者は空海だった? この説は大江匡房による『江談抄』という平安時代に説話集を集めた本にも見られており、 平安後期にはすでに広く知れ渡っていたようです。 空海は仏教だけでなく歌人としても有名で、留学先の唐で絶賛されるほど才能がありました。 そんな才能あふれる空海であれば、仮名を重複せずに全部使い、さらに仏教観を歌にすることもできたであろう。 というとても曖昧な理由で作者=空海説が広がっていました。 現在ではこの説はほぼ否定されています。 国語学的な見方から、歌の成立は平安中期頃とされています。 呪いの歌としての解釈 ではなぜこの「いろは歌」が呪いの歌と言われているのでしょうか。 本来、和歌というのはで五・七・五のリズムで区切りますよね。 日本最古の「いろは歌」は「金光明最勝王経音義』(こんこうみょうさいしょうおうきょうおんぎ) 承曆 3年、西暦 1079年! という仏教の解説書の冒頭に記されてます。 そこでは「いろは歌」は 7音で区切られています。 いろはにほへと ちりぬるをわか よたれそつねな らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし ゑひもせす 区切り方はとても不自然ですよね。 そしてこのそれぞれの行の下の文字だけを読むと「とかなくてしす 咎なくて死す 」、 つまり「罪がないまま死ぬ」となるのです。 実はこのことは昔から知られていて、江戸時代の国語辞書 にも記されていたのです。 当然学者たちは「単なる偶然」と片付けたが、それにしてはあまりにもでき過ぎていますよね。 江戸時代の儒学者の貝原益軒も子供の手習いには「あいうえお」を勧め、 「いろは歌」を「益なき」と切り捨てています。 深く立ち入ろうとはしないが、学者たちも「いろは歌」に不吉なものを感じていたのですね。 江戸時代から「いろは歌」は不吉な歌と認識されていたのは驚きですね。 作者は誰なのか?恨みを残して死んだ歌人が書いたのか? この暗号のような言葉は昔から多くの人の好奇心をかき立てました。 そして、作者を見つけようとさまざまな説ができました。 強大な権力によって、罪なくして殺されたであろう歌人、もしくは才能に溢れ、秀でた芸をもった貴人などという説があります。 菅原道真説 彼は詩人として名高く、学者としては異例の出世を遂げて右大臣の地位にまで上り詰めました。 しかし、優秀すぎたために藤原時平(ときひら)に妬まれ、事実を捻じ曲げられ九州へ左遷。 太宰府に流されます。 絶望と憤怒の中で死んだ道真は雷神となって都に祟ったとされ、祟りを収めるために太宰府天満宮が作られました。 左遷を「咎なくて死す」と表現するものか、少し怪しいところもありますが、 藤原道真の能力と境遇を考えると信憑性はありますよね。 小野篁(おののたかむら)説 彼は空海と同時期の学者詩人であり、天皇からの期待も大きい高級官僚でした。 しかし、直情型の彼は藤原氏の横暴に腹を立て、 職務拒否のうえに朝廷を批判する詩を書いて流刑にされました。 いつの時代にもこういう人はいるのですね。 小野には不思議な伝説が多く、昼は朝廷で官吏を、夜は地獄で閻魔大王の補佐!をしていたといいます。 天才でありながら、権力を恐れずに対峙した彼は後世の人気が高いです。 しかし、彼はのちに朝廷に呼び戻され、官吏として復位していることから、 呪いの歌をつくるほど冷遇されたとはいえません。 柿本人麻呂説 彼はあまりの才能に「歌聖」と称され、万葉の頃の宮廷歌人として朝廷に仕えていました。 だが、彼について歴史書には記載がなくその死は刑死であったのではないかといわれています。 定説とされる平安時代よりさかのぼりますがこの説を支持する人も多いです。 最後に 今なお謎に満ちた「いろは歌」。 これらの伝説は「いろは歌」の完成度が高すぎ、またはっきりとした資料が残っていないからこそ生まれたといえます。 我々現代人も含め、昔から人は歴史のかげに埋もれ、無実の罪で死んでいった無数の怨念をこの歌にのせていったのです。

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