もののけ 姫。 「もののけ姫」に関するQ&A

もののけ姫都市伝説14選!物語に隠された裏話や真実

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舞台は中世の日本。 エミシ一族の長の家系にアシタカという青年がいましたが、ある理由によって村を追われてしまいます。 そして旅立った先でたどり着いたのはタタラ場と呼ばれる場所。 アシタカはそこでタタラ場の人間たちと自然との対立を知りました。 その後、森の神々のもとで暮らす「もののけ姫」ことサンと出会い、人間と自然とが共に生きる術はないのか、と悩むのでした。 そんなアシタカの悩みを他所に、タタラ場では人間たちが森に住む神・シシ神の首を獲ろうとしていました。 そしてついに、人間たちと森の神々の戦いが始まってしまうのです。 今回はこのあらすじを元に、それぞれの場面に隠された意味や裏設定を、ストーリーを追いながら紹介します。 エボシの治めるタタラ場には様々な人がいます。 特に目立つのが包帯を巻いた人々。 彼らはハンセン病の患者だとされています。 ハンセン病は本作の舞台となった、実際の中世の日本においても差別の対象でした。 エボシはそんな患者たちを匿い、タタラ場に住まわせていました。 また働いているたくさんの女性たちは、元はエボシと同じく売られていた女性。 奴隷として売られていた彼女たちをエボシは引き取り、働かせているのです。 タタラ場の住人たちは鉄を作ることを生業としていますが、中世日本においては製鉄業に従事していた人々も身分が低いとされ、差別の対象でした。 そういった「弱者」たちへの優しさも、エボシがタタラ場の住人たちから慕われていた理由のひとつだと考えられます。 本作全体を通してわかるように、サンは人間を憎んでいます。 その理由は彼らがサンの暮らす自然を壊しているから。 彼女は作中でも「私は山犬だ」と叫ぶシーンがありますが、これも彼女が自身を人間だと認めたくないからと言えるでしょう。 サンには赤ん坊の頃、モロの君を恐れた人間から生贄として差し出された過去があります。 その後モロの君に育てられたため、山犬たちを家族のように慕うようになりました。 そんな悲しい過去を持ったサンには、ある都市伝説が存在します。 それはエボシがサンの母親なのではないかというもの。 そもそもサンが生贄にされたのも、自然を壊す人間たちが山の神々の怒りを買ったからであり、人間たちを守るためにエボシ御前が我が子のサンを生贄にしたのではないか、ということです。 サンがタタラ場を襲った際にも、エボシが彼女を殺さなかったことがその証拠とされていますが、もしもそれが本当だとしたらとても切ないですね。 朝廷からシシ神を討って良いとの許可を受け、エボシとジコ坊率いる人間たちは自分たちの邪魔をする森の神々との戦いを始めます。 人間たちと戦った森の神々は、モロの君、乙事主、そしてシシ神。 乙事主はイノシシたちを率いて人間たちと戦いますが、怒りの余りタタリ神となりかけます。 宮崎も「タタリ神の姿は怒りが高ぶった様子を表している」とインタビューで答えており、神々は人間への怒りで憎しみの余り、その姿を変えてタタリ神となってしまうのではないでしょうか。 戦いをやめてタタラ場へ戻れというアシタカの説得も虚しく、ついにエボシたちはシシ神の首を取りました。 そしてシシ神の体から出てきた不気味な液体によって、戦っていた男たち諸共、山もタタラ場も壊滅してしまうのでした。 壊滅した山を見て、森が死んだと絶望するサンを励ましたアシタカは、サンと共にシシ神の首を取り戻し、シシ神へと返します。 デイダラボッチとなったシシ神は首を取り戻すと、朝日を浴びると同時に倒れて消えてしまいました。 すると風が吹き抜け、それによってアシタカの呪いも解けるのでした。 神々との戦いで傷を負いながらも生き延びたエボシは、タタラ場の住人たちにもう一度良い村を作ろうと語りかけます。 そして「アシタカは好きだ。 でも人間を許すことはできない」と言うサン。 アシタカはそれぞれの世界で共に生きようと語りかけ、アシタカはタタラ場で、サンは森で暮らしていくことを決めました。 その後2人は恋人同士になると宮崎監督は語っています。 宮崎のアメリカでのインタビューによると、サンとアシタカはずっと良い関係を続けていくそうです。 そしてアシタカは、サンとタタラ場の人たちのためにいろいろな努力を払うことになるとのこと。 そのためにアシタカは引き裂かれて傷だらけになりつつも、それを曲げずに生きていこうと思い、両方を大切にしようと思い続けるのです。 だからこそ彼の生き方は、今の時代を生きていく生き方に共通するのだと語りました。 サンとアシタカがラストシーンの後に進んだ道は、決して簡単なものではないのかもしれません。 しかし苦難はあるにしても、共生し双方が幸せになる方法、それがまさにサンとアシタカが選んだ道だと考えられます。 アシタカの「互いの世界で共に生きよう」という言葉がそれを象徴していると言えるでしょう。 また宮崎駿が触れているように、これは現代を私たちが生きて行く上でも心に留めておくべきことではないでしょうか。 国際化が進み、さまざまな文化を持つ人が混ざり合う中でどうすればいいのか?この映画はそれを考えるきっかけを与えてくれているのではないでしょうか。 「自然と人間」という『もののけ姫』と同じような対立構造が取られている『風の谷のナウシカ』。 1984年に発表されたこの作品の結末は、ナウシカが伝説の「青き衣の者」なのだということが判明し、王蟲たちが森へ帰っていくというもの。 『風の谷のナウシカ』は、あくまでも「自然崇拝」というスタンスを守っています。 つまり理想郷の構築を物語の着地点として描いているのです。 一方『もののけ姫』では、対立関係の決着が付けられることなく物語が完結します。 サンは共生を拒む姿勢に変化はなく、エボシは新しい村を作ると決意。 アシタカだけが唯一、人間と自然との共存実現に奮闘することになるのでしょう。 自然が勝つわけでもなく、人間が勝つわけでもないという、『もののけ姫』は根本的な問題がそう簡単に解決されないことを伝えているのです。 今まで考察を進めましたが、『もののけ姫』を通じて宮崎はなにを伝えたかったのでしょうか。 その答えは、「荒川強啓 デイ・キャッチ!」というラジオ番組において彼が答えたインタビューで読み解くことができます。 「 今まで子供たちに エールを送るための映画を作ってきたんです。 しかし、実際の子供たちが出会っている現実は、そんなエールだけでは済まされない。 多くの問題を子供たちは全部知っているんですね、本能的に」 「人類がやっていることは本当に正しいのか……という根源的な疑問に真正面から答えないと、元気に希望を持って生きろと言いながら、本当は子供たちの一番聞きたいことに答えていないことになる。 エンターテインメントの道を踏み外すけど、この映画を作らないと私たちはその先仕事をすることはできないだろうと思いつめたんです」 グロテスクなシーンやハンセン病を思わせる描写、そして終わりのない課題で溢れたストーリーを、あえて子供たちに見せた宮崎。 そこには、世界の本質をみせる機会を奪ってきたエンターテインメント作品への問題意識が現れています。 今回は『もののけ姫』のストーリーと、裏設定やシーンの意味について振り返りました。 長年愛される大作なだけあって、それぞれのシーンに深いテーマがありましたね。 宮崎駿の想いも確認することができました。 ストーリー全体を通して根底にあるのは「人間と自然」というテーマ。 自然に関して多くの問題が浮き上がっている現代だからこそ、見る人の胸を打つ作品と言えるでしょう。 さらに森のことを思って必死に戦うサンや、サンを守るアシタカから、私たちは大切な人のために戦う姿の美しさを感じることができます。 またキャッチコピーの「生きろ。 」や、それぞれ悩みながらも生き抜く登場人物の姿を通して、生きるものたちの持つ力強さに気付かされた方も少なくないはず。 『もののけ姫』は中世を舞台にしたファンタジーのようにも見えますが、現代を生きる私たちの心に響くテーマをたくさん持った作品なのです。

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20世紀の日本のアニメ界において最も有名な、最もたくさんの人々に観られた長編アニメ映画といえばこの、【もののけ姫】を挙げる人も少なくないと思います。 そういうのも、20世紀の日本の歴代興行収入において第1位を獲得しているからです。 いまなおその魅力や人気は衰えることはなく、スタジオジブリも大きく盛り上がっていますが、当時はさらなる盛り上がりを魅せていました。 その【もののけ姫】魅力の一つに神格化された存在との共生、また戦いがありますかつて「猩々」もその一つとされていましたが作中ではそんな風には描かれていません。 今回は、そんな「猩々」についての正体やその秘密についてのご紹介をしていきたいと思います。 C スタジオジブリ 【もののけ姫】の作中で描かれている猩々は二ホンザルよりも大きな霊長類として描かれ、体は闇に溶け込むほどに黒く、目だけが赤く光っていてとても不気味です。 人語を解し、片言ではありますが会話も成立します。 この状況からも、見た目的にはオランウータンに近い存在と考えることができると思います。 性格は卑屈にして卑怯、森を奪っていった人間を憎んでおりに対しても人間であるという判断をし石を投げつけてきます。 人間を倒す知恵を得るために人間を食べようと考え、サンに重傷を負って倒れているを差し出すよう要求します。 また、と猪達との戦いの直後、森に入ってきたに恐れ慄き、逃げ出していきます。 「猩々」の秘密 この「猩々」、作中では卑劣で卑屈な存在として描かれていますが、本来は森の賢者とも謳われるほどに知能も高く尊い存在でした。 しかし、自然を食い荒らす人間たちの前に無力を悟り、人間を食べれば人間の知能を得ることができるというような浅はかな思いをもって行動してしまいます。 本来の「猩々」達は今なお自然を愛し、自身らの生きる森を守るために木を植え続け、森を生き返らせようとする一面も見られています。 このことからも、「猩々」の本当の姿は森を守り、繁栄させる存在で森の住人達からも尊敬される存在であったと考えることができます。 度重なる自然破壊、人間という自然界にとっての大敵の前に粗暴な言葉を使用してしまったり、森を荒らす人間たちに対し荒ぶる性格へと変貌していった、一番の被害者達なのかもしれません。 「猩々」の名シーン・名セリフ 「猩々」の名シーンや名セリフをご紹介していきたいと思います。 「人間食う、人間の力もらう、人間やっつける力ほしい。 だから食う」 C スタジオジブリ 上記状況の流れで「猩々」達が、サンやアシタカそして山犬に向かって浴びせた言葉になります。 人型をしているが、山犬の姫としてあがめていたサンですが、「猩々」達もうすうす本物の人間であることに気づき人間の味方をしていると罵ります。 この言葉により、完全に森の賢者としての尊厳は失われてしまい、山犬に「無礼な猿どもめが!首を引きちぎってやる!」と激怒されてしまいます。 しかし、そのような言葉にも立ち向かうでもなく離れた場所から石を投げて反撃するという卑怯な攻撃をしてきます。 まとめ 人間の行ってきた自然破壊による、森の住人や動物たちへの影響が描かれています、人間たちの繁栄の裏側では「猩々」達のように生きる場所を追われた動物たちの犠牲の上に成り立っていることを痛感させられます。 ついには山犬の姫 仲間 に対してまでも矛先を向けてしまうようになってしまったという現実、悲しいですがこれが宮崎駿監督の描く、自然破壊への嘆き、悲劇である事が伝わってきますね。

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もののけ姫都市伝説14選!物語に隠された裏話や真実

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画像引用元 舞台は中世の日本。 エミシ一族の長の家系の青年・アシタカは、村を襲ったタタリ神を退治。 その際に右腕に死の呪いを受け、村を追われてしまいます。 そして旅立った先で、タタラ場と呼ばれる鉄を作る村にたどり着きます。 アシタカは、森を切り開くタタラ場の人間たちが、犬神に育てられた「もののけ姫」のサンを筆頭とした自然と対立していることを知りました。 アシタカは、森と人が争わずにすむ道はないかと悩みます。 そんな彼にかまわず、エボシ御前率いるタタラ場では、森に住むシシ神の首を狙っていました。 そしてついに、森の神々と人間たちとの最終決戦が始まります。 サン役は『平成狸合戦ぽんぽこ』のおキヨの石田ゆり子。 ゴンザ役に『紅の豚』のマンマユート・ボスの上條恒彦、トキ役に『風の谷のナウシカ』のナウシカの島本須美。 過去のジブリ作品にも出演したキャストや、大物俳優たちが声優を務め、その迫力には息をのみますよ。 ぜひ、ストーリーだけでなく声にも注目してみてください。 美しいテノールが奏でる主題歌.

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