ハンムラビ 法典 ビール。 ハンムラビ法典(ハンムラビほうてん)とは

ハンムラビ法典(ハンムラビほうてん)とは

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ハンムラビ法典の概要 発布した人物や目的は? ハンムラビ法典を発布した王はバビロニア帝国の初代王である ハンムラビ王(紀元前1792年頃~紀元前1750年頃)になります。 就任時は弱小国家であったバビロン王国を率いたハンムラビ王は、周辺にあった数々のライバル都市国家を征服していき紀元前1757年頃にメソポタミア地方を統一します。 統一したメソポタミアの地を「バビロニア」と称することで、 ハンムラビはバビロニア帝国を建国したのです。 ハンムラビ法典はハンムラビ王の晩年に作られており、最大権力者であり頂点の裁判官であるハンムラビ王自身が下す 「裁判の方向性を表明したもの」になります。 ハンムラビ王が理想とする裁判のルールを記したものになり、現代の価値観で言えば「法典」となるものです。 ハンムラビ王はその法典を帝国各地に行き渡らせることで、 自身の治世の方針を民衆に伝えると共に、自分の子孫たちである後の世の王たちの「手本」になるようにハンムラビ法典を残したとされています。 【関連記事】 (出典:travel. prwave. ro) 現存している ハンムラビ法典は1901年にイランの古都スサで発掘されたものになります。 玄武岩で作られた黒い岩から削り出された石棒の表面に記されているものです。 その 高さは2. 25ートルで横幅は70センチ、 重さは4トンもあり、 アッカド語を楔形文字(くさびがたもじ)で記述した法令集です。 ハンムラビ法典の 法令の数は282条からなり、 3部構成から作られています。 王としてのどういう統治を行うかの前書き、282条からなる諸処の法律、後世についての願いなどが書かれた後書きがハンムラビ法典の構成です。 世界最古の法典ではない? ハンムラビ法典の成立は紀元前1750年頃とされており、ハンムラビ王がメソポタミアを統一した前後に制定されたものになります。 現存する世界最古級の法典ではありますが、それより以前にも 「ウル・ナンム法典」というものが存在し、それらが記された粘土板が発掘されています。 ウル・ナンム法典はハンムラビ法典よりも350年ほど古いものになり、紀元前2115年頃~2095年頃に制定されており、ウル・ナンム王はシュメールの各都市国家を征服して王朝を立てた人物になります。 シュメール語で書かれた法典であり、このウル・ナンム法典が「現存する最古の法典」です。 同じメソポタミア地方に位置した国家として、 ハンムラビ法典はウル・ナンム法典から法律のデザインを受け継いでいるものであり、それに付け加えるように 「同害復讐法」という新たな価値観を採用したものになります。 【関連記事】 「同害復讐法」とハンムラビ王の良心 「目には目を歯には歯を」 古代シュメールの法律を継承したハンムラビ法典ですが、 ハンムラビ法典が独自に採用した法律の方向性が「同害復讐法」となります。 「目には目を歯には歯を」という考え方であり、損害を受ければ同じような損害を与えることで罰とする、という方針のことです。 これらはウル・ナンム法典などの、より古いシュメールの法典にはないルールであり、ハンムラビ王が独自に採用した新たな方針となります。 公平な罰を与えるという試みであり、古代世界で見られた 過度の復讐を抑止するための方針です。 かつては 野蛮な方針と見做されてきましたが、 「犯罪に対してあらかじめ罰を用意することで抑止力にする」あるいは 「犯罪への刑罰の根拠とする」というものでもあります。 現在の「刑法」の祖とも言えるものであり、 復讐者の主観による無制限の報復よりも、客観的に規定された罰を使うことで、「過度な復讐を防いでいた」とも考えられるものです。 ハンムラビ王の賢さと良心 古代の王ですから現代人に比べれば残虐で野蛮な存在には違いがありませんが、ハンムラビ王の定めたルールには 公平さがあります。 上記のように刑法の祖となり、 過度な復讐や報復を防ぐことは社会をより安定させることにつながったと考えられるものです。 また女性が高い地位を持っていたメソポタミア文明の影響を残す土地でもあったため、女性の人権が家畜同然であった後の文明や中世国家に比べると保護されているのも特徴です。 ハンムラビ王は 軍事的な才覚を持った人物でありますが、ハンムラビ法典による 社会制度改革と、灌漑(川などから水を引いて農地を潤す/バビロニア帝国では欠かせない農法)事業を行い 農地改革を行ってもいます。 軍事的な侵略に成功したハンムラビ王ですが、彼が目指した治世と理想は高く評価することができるものです。 バビロニア帝国が衰退した後でさえも、ハンムラビ王の残した法律は継承国家にも受け継がれ、 ハンムラビ王の死後600年近くハンムラビ法典は尊重されることになります。 ハンムラビ王は古代世界の王たちのなかでは、 良心的かつ賢い名君であったのです。 ハンムラビ法典の内容 実は不公平な部分もある ハンムラビ法典の「同害復讐法」は一種の公平さを持ってはいますが、バビロニアは 身分制度を採用していたため、自由人と奴隷のあいだではその公平さは失われます。 奴隷が主人を殴るのと、子供が父親を殴るのでは刑罰の重さが異なるのです。 つまり、 立場や地位によってその罰は変わります。 あくまでも「同害復讐法」が機能するのは、同じ身分階級同士のことになり、 不偏的な人権にもとづく刑罰ではないことも特徴になるのです。 どんな法律なのか? 「同害復讐法」が有名なため刑法がメインという認識も先攻しがちなハンムラビ法典ですが、実際には 刑法だけでなく一般的な暮らしに対しての法律が多数記されているものになります。 ハンムラビ法典の法律• 土地の所有権:土地は町の中心である神殿が管理し、住民に貸し出される形で存在していました。 兵役の義務の免除:兵役が神殿への無償の奉公などが規定されると同時に、それらを免除することが可能な職種を定義してもいます。 聖職者や羊飼いなどは免除の対象です。 諸処の税金:いわゆる年貢や道路の使用税、水の使用料金、貿易に対する関税なども明記されています。 神殿から王が借金できる:王は町の中心である神殿から借金(金銭だけでなく食料などの物品も含め)することが可能であり、王以外の市民と同じように借金には利子をつけて返済する義務があります。 商売に関する賠償:出資者の隊商への前払いに対して、隊商が商売で失敗して利益を出せなかった時に回収していい金額や、隊商側が盗賊に襲われてしまった時の責任の有無を規定するものもあります。 商品への補償義務:建物や船などへのいわゆる補償期間が存在しています。 財産の相続権:未亡人や孤児などへの財産分与のルールが書かれています。 離婚の権利:離婚に値する理由や、その結果、夫が妻や子に対して支払うべき違約金などが記されています。 夫が兵役の最中に逃亡した場合などは、妻が離婚する理由となります。 あまり知られていない事実 以下は、ハンムラビ法典に関するあまり知られていない、興味深い事実です あまり知られていないハンムラビ法典の事実• 労働者の 最低賃金を確立した:労働時間や労働形態に対する金額を設定しています。 牛を使用した労働など、専用の道具の使用の有無や、職種によってそれらは増減します。 身分間の刑罰には公平性に欠ける:低い身分の者が高い身分の者に犯罪をすると罰が重くなる。 職業による罪の増減:医師や聖職者が犯した罪、またはそれらに対する犯罪は重くなる場合があります。 また船大工や行商人など、各種の職業により量刑の差が存在します。 推定無罪: 有罪であることが証明されるまで無実と見なされます。 多くの罪では被害者側に罪を立証する義務が求められてもいます。 領収証を保管する:取引の証拠となる領収証などの「契約書類の有無」に重きが置かれます。 上記のように被害者が自力で犯罪を証明する必要もあり、それが示さなければ刑罰も補償も行われないのです。 ビールを水で薄めた者は、水の中に投げ込まれます。 もしも 反逆者が酒場に集まっていたら、酒場の女主人は彼らをとらえて王宮に連行しないと死刑になります。 女性の聖職者が酒場を開いたり、ビールを飲むために酒場に入ったら火あぶりの刑になります。 ビアホールで 謀叛の密議などをしているのを知った店の主人はすぐに届け出ないと同罪に処されます。 いつも法典に従っていたわけではない ハンムラビ法典により法律は機能していたと考えられていますが、 発掘された粘土板などから読み取れた裁判の結果などは、絶対的にハンムラビ法典を履行してはいないものもあります。 そのためハンムラビ法典は実際に運用にされるにあたって、当時の事情に合わせた整備も行われていたと考えられているのです。 とはいえ王朝が変わっても当該地域に600年近くに渡って尊重されたハンムラビ法典は、多くの人々の生活を支える根拠となったのです。 まとめ• ハンムラビ法典はバビロニア帝国の初代王であるハンムラビ王により作られた• ハンムラビ法典は復讐を勧めている法律ではない• ハンムラビ法典よりも古いシュメール国家の法典が残されている• ハンムラビ法典は古いシュメールの法典を継承した部分があるが独自色も強い• ハンムラビ法典は刑法だけでなく幅広い法律が定められている• ハンムラビ法典にはビールにまつわる記述もある• ハンムラビ法典は女性の権利を守ろうとしている部分がある• ハンムラビ法典はバビロニアの王朝が滅びても受け継がれていった ハンムラビ法典はメソポタミアのの文明を支えていくことになります。 ハンムラビ法典は各種法律や義務からの「免除」も多く記されているのも特徴になり、 ある意味では慈悲深さをもった法律でもあるのです。 ハンムラビ王の理想を反映した法律は古代の人々の生活を守り、その後の文明社会への発展にも寄与する力を発揮したのです。

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ビールのネタ帳(6)ハムラビ王のビール

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「目には目を、歯には歯を」という言葉は「復讐してOK」という意図ではない!? 現時点で、人類史上最古の記録された法典と言われている『ハンムラビ法典』。 学生時代、世界史の授業でこの中の「 目には目を、歯には歯を」という一説を聴いたことがある、という方も多いのではないでしょうか? 「目には目を、歯には歯を」は、復讐について定めた一説です。 「こちらがやられたことと、同等の報いを相手にも与えてよい」という意味の一説であるのは確かなようですが、この法典をよくよく紐解けば、この一説の意図は 「復讐してヨシ!」という、単純なものではないようなのです。 では、ハンムラビ王は一体どのような意図で、この一説を法典に入れたのでしょうか? 『ハンムラビ法典』のこの一説の意図は? 弱小国を一代で盛り立て、バビロニア帝国の初代王となったハンムラビ王は、かなりの知性派!? ハンムラビ法典が定められたのは、紀元前1700年以前。 現在の研究情報の真偽を確実に確かめる手立てはないものの、ハンムラビ王がかなりの知恵者であったことは推察されます。 ハンムラビ王が父王から受け継いだ地域は、今でいうならかなりの弱小国。 大国からはあまり意識されない、ささやかな王国だったようです。 しかしハンムラビの治世になってから、大国アッシリアと同盟を結ぶなどして一代で勢力をのばし、ついに歴史に名高い「バビロニア帝国」の初代王として即位するのです。 現代人の知るハンムラビ王の一番の功績は、ほかならぬ『ハンムラビ法典』。 法律が定着していない時代に、これをまとめた王の意図とは? 『ハンムラビ法典』の形状は近代のような紙の書物ではなく、巨大な岩の彫刻です。 高さ2m以上の巨大岩を美しい形状に整えた上で、そこに楔型文字で、法の全文が刻み込まれています。 当時、多くの人間が「法典」として内容を確認するため、この形状になったのでしょう。 岩に刻まれた法典、と言っても短文ではなく、前書き・本文・後書きの3部構成からなる、282条ものボリュームで構成されています。 岩にぎっしりと刻まれた『ハンムラビ法典』。 この法典の真価のひとつは 「法を定め、法の下で生活する」という習慣が、人類全体に定着していなかったと思われる時代に、これを行った、ということにあるでしょう。 本文は、過去の慣習法(みんなになんとなく「そうすべき」と意識されていたルール)を、条文として整理した形でつくられたようです。 みんながなんとなく「そうするのが常識的じゃない?」と考えていても、法典がなければ、暴れ者の勝手がまかり通ってしまうこともあるでしょう。 『ハンムラビ法典』は、こうした無法者の抑止力として必要だ、と、ハンムラビ王が考えたからこそ、「ないところにつくった」のでしょう。 「目には目を、歯には歯を」という言葉は「復讐してヨシ」ではなく、「復讐はしすぎるな」という抑止の意図だった! そこで「 目には目を、歯には歯を」という一説の真意ですが、 「こちらがやられたこと以上の過剰な復讐をしてはならない」と、過剰な報復合戦を防ぐ目的で条文化されたのではないか?という学説が有力になっています。 つまり「やり返せ!」と煽るのではなく、むしろ 「やられて悔しい人は、同じ程度の復讐をする程度でとどめなさい」という、抑止の意図でつくられた、と考えられるのです。 『ハンムラビ法典』の後書きには、王の願いとして「強者が弱者を虐げないように、正義が孤児と寡婦とに授けられるように」との文言も記載されています。 条文だけでも法典として成り立つものを、あえて後書きに王の願いとしてこうした内容を記載しているあたり、ハンムラビ王は良心ある賢帝だったのであろう、と推測できます。 もちろん、現代的な価値観で見ると残酷に感じる内容も多々ありますが、ハンムラビ王は、国民の最大公約数が納得できる『法』とは何か?という課題に、誠実に真摯に向き合ったうえで、法典を編纂したのではないでしょうか?.

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No.5 ハンムラビ法典は世界最古のビールの法律│史学部│キリンビール大学|キリン

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[ ] 2015. 25 ビールのネタ帳 6 ハムラビ王のビール 知って飲めばますます美味しいビールのあれこれ。 パブで披露すれば今宵の主役はあなた!? 雑誌「ビール王国」から、ビールの小ネタをえり抜きでお送りします。 ハムラビ王のビール 「目には目を、歯に歯を」で知られるハムラビ法典は、 いまから3800年ほど昔にメソポタミアのハムラビ王が発布した法律です。 (研究が進んで、もう「世界最古の法律」とは言えないって知っていました?) なかにはビールに関する法律がありました。 そんな昔からビールが存在したのも驚きですが、恐ろしいのはその刑罰。 ビールを水増ししたり、代金を麦ではなく銀で受け取ったら、水に投げ込まれる。 犯罪者を店でかくまえば、死罪。 尼僧がビール屋を経営したり立ち寄ったりしたら、火あぶりの刑、などなど。 恐ろしくて違反する気にもなれません。 そんなメソポタミアでは、ビールは長いストローで飲まれていました。 液面や底にたまる穀皮などの不純物を避けて、中ほどの汁を吸っている絵が残されています。 「パブで絶対にウケる! ビールのネタ帳」は雑誌「ビール王国」に掲載。 バックナンバーはこちらから購入できます。 大英博物館に収められた「ブルーモニュメント」 当時の醸造の方法が楔形文字で記されている• 1978年東京生まれ。 杏林大学保健学部卒業。 看護師を経て、旅するビアジャーナリストに転身。 旅とビールを組み合わせた「旅ール タビール 」をライフワークに世界各国の醸造所や酒場を旅する。 ドイツビールに惚れこみ1年半ドイツで生活したことも。 詳しくはよりお問い合わせください。

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