ケーキ を 切れ ない 非行 少年 たち。 「ケーキの切れない非行少年たち」の衝撃

なぜ非行少年たちは“ケーキを3等分出来ない”のか――医療少年院で受けた衝撃

ケーキ を 切れ ない 非行 少年 たち

「ケーキを切れないこと」自体は問題ではない。 著者である宮口さんが非行少年たちに 紙に書かれたケーキを三等分するように指示を出したところ、 ほとんどの少年が三等分することができませんでした。 そのことの何が問題なのでしょうか? 問題なのは、このような切り方をしているのが強盗、強姦、凶悪犯罪を起こしている 中学生・高校生の年齢の非行少年たちだ、ということです。 33ページより引用 言ってしまえば、小学生でもできるような簡単な問題です。 それをできなかった彼らが、これまでの人生で どれだけ多くの挫折をし、この社会が どれだけ生きにくかったことかが分かるのです。 非行少年を救うには? 認知機能を高める 非行少年たちは総じて 認知機能が弱いのです。 認知機能とは、見たり聞いたり想像したりする力のことです。 認知機能を高めるためには 「コグトレ」と呼ばれる認知機能向上トレーニングが有効です。 道具がなくてもできるものもありますし、手軽に作れる道具でできるものもあります。 どちらにしても 短時間で簡単にできるトレーニングが多いのが魅力です。 自己評価を高める また、 非行少年たちは「自己評価が低い」傾向もあります。 自己評価を高めるには 人に問題を出したり、教えたりするなど、人の役に立つことが大切です。 しかしながら、非行少年たちは 同学年の中では能力が低い子どもが多いのです。 こういった子どもたちを活躍させるためには、年齢で学年を区切る現在の教育システムではなく、 モンテッソーリ教育や イエナプラン教育を導入するべきなのかもしれません。 まとめ.

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ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキ を 切れ ない 非行 少年 たち

日本人の16%は知的障害である 宮口氏は、日常生活に支障を来すレベルの知的なハンディキャップを背負っている人が、実は人口全体の16%に上ると書いています。 これはどういうことなのか、書籍の内容を引用しつつ紹介したいと思います。 なお、『ケーキの切れない非行少年たち』の主題は非行少年に対しての教育や彼らの現状です。 この記事は書籍の紹介としては片手落ちであり、かつ該当書に記載されていない内容にも触れていますのでご注意ください。 知的障害の定義 まず、日本における現行の知的障害の定義として、法的に統一された水準はありません。 知能指数や生活能力を総合的に判断して公的機関によって認定されます。 おおよその水準として、IQテストで70未満の人は、通常の社会生活に障害があるとして知的障害者に認定されています。 この認定を受けると自治体から「療育手帳」が発行され、各種の福祉サービスの対象になります。 宮口氏のデータでは、日本人の2%程がIQテスト70以下に該当しますが、実際にこの手帳を持っている人は人口の0. IQ85を下ると普通に暮らすのは困難! 宮口氏はIQと日常生活の実態について、以下のように書いています。 この世の中で普通に生活していく上で、IQが100ないとなかなかしんどいと言われています。 IQ85未満となると相当なしんどさを感じているかもしれません。 宮口幸治. ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書) Kindle の位置No. 1010-1011. 新潮社. Kindle 版. 実際、1950年代までは、IQ85未満を軽度知的障害と定義していたそうです。 現在ではこのIQ水準の人は「知的ボーダー」として知的障害には認定してないのですが、かつての軽度知的障害の認定が間違いだったわけではありません。 実際にIQ70以上85未満の知的ボーダーの人々の中には、社会に溶け込むことができずに苦しんでいる人が大勢いるのです。 しかもそのほとんどの人が、自分が知的ボーダーであることを知らずに過ごしているため、助けを求めることもできないのです。 IQテスト85未満で生じる主な特徴 それこそ書籍のタイトルになっているように、一つのホールケーキを5人で平等に分けることができない人は、知的なハンディキャップを疑うに足りると言われています。 非行少年の多くは、ケーキを五つに分ける際に極めて独創的な切り方をします。 こうした人たちは、計画を立ててものを考えることや、見通しを立てることもできません。 そして何より、心に葛藤が生まれるほどにものを考えることもできないため、反省をすることもできないのだといいます しばしば、「不良少年」に対して鬼教官が口角沫を飛ばして「本当に反省しているのか」すごむ場面がありますが、反省しないのは不真面目だからではなく、本来なら社会福祉に守られなければならないほどに知能が低く、反省する能力がないからなのかもしれません。 こうした少年たちに対しての教育の仕方を宮口氏は研究しているそうです。 詳しくは氏の本をご一読ください。 占いのテーマとの関連性 こうした知的ボーダーの人々に関する認識は、占い師になるには必要な教養の一つといえるかもしれません。 ここではもう少し占いの現場に近い視点から知的なハンディキャップについて考えてみたいと思います。 夜の仕事と知的ハンディキャップの関係性 一時期、アダルトビデオ業界の暗黒面が取り沙汰された流れの中で、ポルノ女優の6割は知的障害であるという衝撃的なキャッチコピーがネット界隈を騒然とさせました。 実際、この6割という数字は全く根拠のない適当な数字です。 しかしながら、風俗業界を含む生産業に従事する女性の中には、知的なハンディキャップがあるのではないかと疑うべき女性が多数いることも事実です。 特に、計画性を持つことが極端に苦手で、明らかにおかしい男性にダマされがちな女性は、単純に「流されやすい」などという表現ではすまない場合もあるようにおもいます。 仕事が覚えられないのは努力では解決しない問題かもしれない 簡単なはずの仕事を全然覚えられない人も、実は知的なハンディキャップを抱えているという場合も十分にあり得ます。 本人は「ドジ」とか「不注意」というような表現で自己認識をしている場合もありますが、誰にでもできる単純な作業を計画立てて行うことができないのはハンディキャップに原因があるかもしれないのです。 これに対しても占い師にできることは限られていますが、転職の相談においてそれを意識したアドバイスや、あるいは福祉施設への相談を提案するという選択肢を持っておくことは損にならないでしょう。 謝れない人は知的ハンディキャップの恐れあり これは適切な表現かどうか自信がありませんが、ひどく謝ることができない人にも知的なハンディキャップがあるのではないかと考えることができます。 素直に謝ることができない人には、様々な他の障害による理由も考えられるとされています。 しかしながら、的確に反省することができないという知的ボーダーの特徴を考えると、意地を張って謝らないように見える人の中には、こうしたハンディキャップに原因がある場合も考えられます。 相手が反省せずに謝ってもらえないことに対してイライラしている相談者には、こうした知的なハンディキャップの存在を念頭に置いた説明をすることで、理解を得ることができる場合もあるかもしれません。

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「ケーキの切れない非行少年たち(宮口幸治)」の名言まとめました

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